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第六十三話 九つの匣【回答編】

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 冒険者が潜っている森は『魔王の森』で名前が通っていた。しかし、百年前は『北の森』という名称だったそうだ。今でも地図上では『北の森』と書いてある。なぜこうなったのかとマリーサさんに酒を飲みながら尋ねた

 百年前の北の森一帯は様々な魔族が闊歩しており、冒険者達とのいざこざは日常茶飯事だった。しかし、魔王が代替わりをしてからは、魔族の国を次々と実行支配していくうちに魔族と人間の交流が徐々になくなってくる。北の森の資源は膨大なものであり、人が獣や薬草を狩り尽くすことなど無いように思えた。魔王が代わったところで土地の占有権を求めたりはしなかったが、人間の方が魔族を追い出そうと突如兵を挙げたのだ。

 ローランツ王国は若き王子が40万の兵隊を率いて、魔王討伐を旗印に北の森へと進軍した。しかし、一週間して傷だらけの兵一人と一つの箱だけが王国に戻ってきた。兵がその手に持った箱を王様に手渡したとき王室内の時は止まった。

 箱から王子の生首がゴロリと転げ落ちた――その箱の中には一通の手紙が入っていた……
 『王家の序列順に首を九つ届ければ不問にしてやる。さもなければ貴国は、誰一人生き残らないことだけは約束しよう』

 王は烈火の如く怒り総力戦を宣言した。しかし、結果から先に言えば王を含めた九つの箱は魔王に届けられた。

 四十万の兵といっても、正規兵より農民や町民から駆り出された人数の方が断然多い。当時は魔物は強いが戦争で人が負けると考える国民は誰一人いなかった。魔法は使えてもただの獣に過ぎない、こんな風潮が支配していた。もちろんこれは間違いではなく冒険者も数さえそろえば魔物を簡単に狩った。

 この惨敗劇と手紙の内容が、市中村々に漏れ広がったことで宮廷の意見を一変させた。主力兵を失った王都に対して、詰め寄る国民を御するには到底兵が足らなかった。

魔王が決めた理は

人間が森にはいるとき、集団で十人を超えてはならない。それ以上は宣戦布告と受け止める。

森から逃げ出せば手を出さない、森から魔物は出てはいけない。

魔物と人間のいざこざは力で解決――力こそ正義。

薬草は狩ってもいいが、森の木を伐採して売り物にしてはならない。

 この宣言は完全に守られたわけではない。

 一部の冒険者は森で出会ったという屁理屈で十人以上の隊を作って利益を上げようとしたが、森から誰一人帰ってくることは出来無かった。魔王側も同じこと……小鬼、中鬼も森から出れば生きて帰ってこないことを覚えた。『北の森』はいつしか『魔王の森』と呼ばれることになった。

 エルフやドワーフとは冒険者を通して小さな商売こうりゅうはあったが、この戦争を境に平和裏に交わることは、ほぼ無くなっていくことになる……。

 求心力を失った王家は、血の薄い跡継ぎを巡って国が三つに割れた。小さな小競り合いを十年間続けたが、百年たった今それを知る人は殆どいない。ローランツ王国は小さくなったが、潤沢な農地があり魔王の森から得る利益で、国民の数は倍以上に膨れあがった。ただ『九つの匣』という戒めだけは、今でも色褪せることなく語り続けられている。

 朝起きたとき少し酒が残っていたが、身体に影響するほどでもない。昨日の酒を水風呂でながし、雛鳥に与える朝食を準備する。酒のつまみの話など翌日サッパリ忘れるのだが、『九つの匣』のインパクトが大きかったせいか忘れていない。ただ、俺の補完が正しいかは別ではあるが――
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