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第四十八話 園芸教室
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山には入って黙々と野草を狩り続ける。近頃、少しだけ腰に痛みを感じる事がある。日本にいたとき会社の上司がよく腰の痛みを訴えていた。その時は部長も年ですねと笑い飛ばしていたが、自分もその仲間入りに近づいたかと思うと気が重い。腰に負担を掛けずに仕事をする事は出来ないが、休憩を取り負担を最小限に抑えたいものである。
辺り一面、木々に覆われているのに虫の音一つしない。岩に腰掛け水を飲みながら木々を眺める。風も吹いていないのに、大木に混じった小さな木がゆらゆら動く。違和感を感じて目をこらすと、その木の枝振りが妙におかしい。地面から生えている幹が二股になっている。近づいて触ってみると――
「うひゃあ」
突如、木が喋った。俺はひっと息を飲み腰を抜かす。
「あの……大丈夫ですか」
木が俺を気遣ってくれたのは、初めての経験だった。異世界では木も喋れるのかと一瞬考えたが、それが魔物のトレントであることに気がついた。冒険者は彼らを木の精霊と呼んだ。性格は温厚で人に危害は全く与えないので、魔物ではあるが精霊扱いにされていた。山で道に迷っていたら正しい道を教えてくれたとか、遭難していたところを救ってくれたなど、酒の与太話ではよく聞く話だった。
杭ぐらいの身体から枝のような手足が伸びていて、山に溶け込んでいなければ正体は簡単に分かる。しかし、少し目を反らしてしまうと風景と同化してしまう不思議な魔物だった。可愛い目が二つ上部についてい、頭から毛のように枝が広がっていた。トレントがこんな浅い森の中で出会った話は聞いた事がなかった。
「驚かしてすまん。冒険者の静岡音茶だ、おっちゃんと呼んでくれ」
まずは挨拶をしてみた。
「ボ、ボク……ミントなの」
ぺこりと頭を下げ返事を返してきた。
「トレントがこんな所まで来るなんて珍しいな」
「薬草を探しているうちにかなり奥まで来たみたいなの……」
「ここまで一人できたのか?」
ミントは身体を震わせ悲しそうな声で
「お父さんと一緒だけど、もう動けないの……色々な薬草を食べたけど効果が無くて今は根を下ろして休んでるの」
「それは大変だよな」
俺は人ごとのように素っ気ない態度で会話を打ち切ろうとした。
「助けて欲しいの!」
トレントの身体からツルのような枝が伸び腕に巻き付く。
「んー……ポーションぐらいしか持ってないぞ」
俺は鞄から小瓶を取りだしミントに見せた。
「もしかしたら効くかもしれないので欲しいの」
これも何かの縁と思いポーションを渡した。彼の顔色は分からなかったが
「ありがとなの! 」
そういって森の中に消えていった。俺の腕にツタが絡まったまま――
「死ぬかと思ったぞ!」
俺は顔を真っ青にさせぷりぷり怒った。頭にはトレントのように枝木が刺さっていた。
「ごめんなの……」
頭を下に向け、ミントがかなりしょげているのが伝わった。
「あーもういいから頭を上げろ。で、親父はどこにいるんだ?」
「目の前にいるもん」
俺にはただの二股の大木にしか見えなかった……。ミントがツルを伸ばして、大木の上に瓶を運んだ。ゴクリとポーションを飲んだ音が小さく聞こえたが変化はなかった。
「駄目かもしれないもん」
ミントは丸い目からポロポロ涙を流した。俺はその涙は樹液なのかと心の中でゲスな突っ込みをしていた――。
大木もといトレントをじっくり観察してみた。よく見ると枝についている葉の葉脈間が黄色く変色している。葉の色自体もうすい緑で辺りの木々と比べるとあまりにも弱々しい。
「いくつか思い至ることがある。ミントはここで数日待つ事は出来るのか?」
「全然大丈夫なの、ボクたちは数ヶ月ご飯を食べなくても死なないもん」
俺は彼と近くの拠点まで足を運び、数日の間ここで待って貰う事にした。タリアの町に戻り市場を回る。最初に肉屋に行き大量の骨を安価で買い取った。店主は可愛そうなお金のないおじさんに、パンの耳を売るような生暖かい目をしていた……。次に魚屋を回るが、なかなかお目当てのものが見付からなかった。市場を隅々まで回りようやくそれを見つける事が出来た。それはこぶしぐらいのウソガイという淡水の二枚貝で、こちらではスープにいれたりして食べられる食材であった。俺は店にあるウソガイを全部買い占め家に戻った。
大鍋に買ってきた骨を入れ水でぐつぐつ煮込んだ。部屋一杯に肉の嫌な匂いが広がり死にそうになった。何回も水を代え骨が出し殻になるまで煮詰めた。そしてウソガイの身を剥き、貝殻を網で高温で焼いた。魔道コンロから青い炎が貝殻を燃やす。貝は次第に白色していき、器に入れ替えたときにはボロボロ崩れた。
玄関からドタバタト音がして
「なんだ!この臭い匂いは」
俺は玄関まで飛び出していき、有無を言わせずレイラに先ほどまで茹でていた骨を水洗いするように指示を出した。レイラは嫌そうな顔をしながら引き受けてくれた。最後の貝殻が焼き終えた頃、ルリとテレサも汗を掻きながら骨を洗ってくれているのが嬉しかった。
洗った骨を軽く火で乾かし終えるのに、深夜まで掛かってしまった。俺たちは軽く食事を取ってぐっすりと眠った。まだ日が昇りきっていないにもかかわらずテレサを起こした。
「すまんがこの骨を出来るだけ細かく切ってくれ」
俺は頭を地面になすり付け懇願した。彼女はくすりと笑い
「私はお前の剣だから仕方がないか」
そういって宝剣の無駄使いを許して貰った。彼女は瞬く間に骨を粉砕してくれた。俺はそれを袋に詰め更に細かく打ち付け粉にしていく。日が昇った頃、3人はそれぞれの仕事に出かけた。
昼過ぎまで貝と骨を細かくする地味な作業が続く。俺はもしテレサがいなければこの作業を投げ出していたと痛感した。最初にあった材料はソリで山積みにして運んだが、粉にしてみると十分の一にも満たなかった。俺は少し不安になったが、取り敢えず足早に拠点の森に向かった。
拠点には誰も居なかった……。俺はミントを呼んでみた――
「あっ……おっちゃん!」
俺の斜め向かいから声が聞こえた。彼は木に紛れて立寝していた。トレントは立って寝るのかと聞いてみると、当たり前のようにそれが何か? みたいな答えに笑ってしまった。彼に手を引っぱられながら親父の元まで走らされた。大木を見ると足下に黄色くなった葉が沢山落ちており、昨日より葉の色も弱々しく感じた。
「トレントは肉は食うのか?」
「うん、草も動物も食べるよ。木に擬態して獲物を待ち構え絡み取るの」
「人間は食べないのか?」
「美味しくないから食べないもん」
けろりとした顔で新事実が語られた。
彼は身体からツタをうねうね動かした。
俺はソリから骨粉を取り出し木の器に一日三回、貝の粉を一日1回時間を空けて食べるようにミントに説明し、薬のように処方してみた。大木からツタがするりと伸び、器を上手く絡め上に持っていく。ゴフゴフという堰のような音が上部から聞こえた。
「これで治るのかな?」
「正直わからん……ただこのまま朽ちるよりましだと思う」
少し冷たい発言だとは分かっていたが、希望を持たすほど自信は無かった。
俺は毎日薬草狩りのついでに、この親子の所に顔を覗かせた。数日はミントと世間話をするしかなかったのが、その翌日劇的な変化が訪れた。なんと木の上から声が聞こえた。
「おっちゃんとやらずいぶん世話になったの」
「元気になったのか!?」
俺の前に太いツタが伸びてきて、ツタについている葉の葉脈間が黄色から緑に変わっていった。
「まだ、完全と行かないが、身体はかなり動けるようになってきた」
「お父さんが元気になったもん」
ミントが嬉しそうに飛び跳ねる。
翌日、拠点に足を運ぶと見た事もない人形が立っていた。それは木で出来た等身大のデッサン人形だった。恐る恐る近づいてみるとデッサン人形から聞いた声がした。
「なんとかここまで回復する事が出来たぞ! あの魔法の薬のおかげだ」
それがトレントだと気がついた。その横に小さなデッサン人形がちょこちょこ歩いて俺にしがみついた。
「ありがとなの!」
俺はこの小さなデッサン人形の胸が少しあるのを見て、ミントが女性だと分かり苦笑した。父親の経過観察を数日して別れる事になった。トレントに骨粉の作り方、消石灰の作り方を説明して、どれが効いたのか判らないので体調が悪くなければ無理に飲まないように話をした。一応、葉脈が黄色くなっていたので、リン酸石灰と、消石灰を腹に入れたら植物なら何とかなると思っただけの事だった。
今回は簡単な知識が上手くはまったが、もしトレントが立ち枯れしたらどうなったんだろうと考えたが、すぐに頭の中からそれを打ち消した。
終わりよければすべてよし――
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杭ぐらいの身体から枝のような手足が伸びていて、山に溶け込んでいなければ正体は簡単に分かる。しかし、少し目を反らしてしまうと風景と同化してしまう不思議な魔物だった。可愛い目が二つ上部についてい、頭から毛のように枝が広がっていた。トレントがこんな浅い森の中で出会った話は聞いた事がなかった。
「驚かしてすまん。冒険者の静岡音茶だ、おっちゃんと呼んでくれ」
まずは挨拶をしてみた。
「ボ、ボク……ミントなの」
ぺこりと頭を下げ返事を返してきた。
「トレントがこんな所まで来るなんて珍しいな」
「薬草を探しているうちにかなり奥まで来たみたいなの……」
「ここまで一人できたのか?」
ミントは身体を震わせ悲しそうな声で
「お父さんと一緒だけど、もう動けないの……色々な薬草を食べたけど効果が無くて今は根を下ろして休んでるの」
「それは大変だよな」
俺は人ごとのように素っ気ない態度で会話を打ち切ろうとした。
「助けて欲しいの!」
トレントの身体からツルのような枝が伸び腕に巻き付く。
「んー……ポーションぐらいしか持ってないぞ」
俺は鞄から小瓶を取りだしミントに見せた。
「もしかしたら効くかもしれないので欲しいの」
これも何かの縁と思いポーションを渡した。彼の顔色は分からなかったが
「ありがとなの! 」
そういって森の中に消えていった。俺の腕にツタが絡まったまま――
「死ぬかと思ったぞ!」
俺は顔を真っ青にさせぷりぷり怒った。頭にはトレントのように枝木が刺さっていた。
「ごめんなの……」
頭を下に向け、ミントがかなりしょげているのが伝わった。
「あーもういいから頭を上げろ。で、親父はどこにいるんだ?」
「目の前にいるもん」
俺にはただの二股の大木にしか見えなかった……。ミントがツルを伸ばして、大木の上に瓶を運んだ。ゴクリとポーションを飲んだ音が小さく聞こえたが変化はなかった。
「駄目かもしれないもん」
ミントは丸い目からポロポロ涙を流した。俺はその涙は樹液なのかと心の中でゲスな突っ込みをしていた――。
大木もといトレントをじっくり観察してみた。よく見ると枝についている葉の葉脈間が黄色く変色している。葉の色自体もうすい緑で辺りの木々と比べるとあまりにも弱々しい。
「いくつか思い至ることがある。ミントはここで数日待つ事は出来るのか?」
「全然大丈夫なの、ボクたちは数ヶ月ご飯を食べなくても死なないもん」
俺は彼と近くの拠点まで足を運び、数日の間ここで待って貰う事にした。タリアの町に戻り市場を回る。最初に肉屋に行き大量の骨を安価で買い取った。店主は可愛そうなお金のないおじさんに、パンの耳を売るような生暖かい目をしていた……。次に魚屋を回るが、なかなかお目当てのものが見付からなかった。市場を隅々まで回りようやくそれを見つける事が出来た。それはこぶしぐらいのウソガイという淡水の二枚貝で、こちらではスープにいれたりして食べられる食材であった。俺は店にあるウソガイを全部買い占め家に戻った。
大鍋に買ってきた骨を入れ水でぐつぐつ煮込んだ。部屋一杯に肉の嫌な匂いが広がり死にそうになった。何回も水を代え骨が出し殻になるまで煮詰めた。そしてウソガイの身を剥き、貝殻を網で高温で焼いた。魔道コンロから青い炎が貝殻を燃やす。貝は次第に白色していき、器に入れ替えたときにはボロボロ崩れた。
玄関からドタバタト音がして
「なんだ!この臭い匂いは」
俺は玄関まで飛び出していき、有無を言わせずレイラに先ほどまで茹でていた骨を水洗いするように指示を出した。レイラは嫌そうな顔をしながら引き受けてくれた。最後の貝殻が焼き終えた頃、ルリとテレサも汗を掻きながら骨を洗ってくれているのが嬉しかった。
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「すまんがこの骨を出来るだけ細かく切ってくれ」
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そういって宝剣の無駄使いを許して貰った。彼女は瞬く間に骨を粉砕してくれた。俺はそれを袋に詰め更に細かく打ち付け粉にしていく。日が昇った頃、3人はそれぞれの仕事に出かけた。
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「まだ、完全と行かないが、身体はかなり動けるようになってきた」
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俺はこの小さなデッサン人形の胸が少しあるのを見て、ミントが女性だと分かり苦笑した。父親の経過観察を数日して別れる事になった。トレントに骨粉の作り方、消石灰の作り方を説明して、どれが効いたのか判らないので体調が悪くなければ無理に飲まないように話をした。一応、葉脈が黄色くなっていたので、リン酸石灰と、消石灰を腹に入れたら植物なら何とかなると思っただけの事だった。
今回は簡単な知識が上手くはまったが、もしトレントが立ち枯れしたらどうなったんだろうと考えたが、すぐに頭の中からそれを打ち消した。
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