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第三十九話 ギルドからの依頼

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 ギルドから指名依頼が伝えられた。今回の依頼はギルドも共に依頼主になっており、断ることが難しい。ただ、俺みたいな底辺の冒険者に個人依頼など、ほぼ無いので(知り合い以外)嫌な匂いしか感じない。とりあえずマリーサさんから話を聞く事にした。

 依頼内容は十日以内に月光ユリの根を採ってくる事。月光ユリの根は花が咲いていないと価値がないので、必ず狩れるとは言えない。採れなくても一日銀貨七枚は確約されている。失敗しても損にはならないこの依頼だが、大きな問題点があった。この月光ユリが狩れる場所が、俺の実力では到底潜る事の出来ない森の奥にある。俺はこの依頼と命を引き替える事は到底出来ないので直ぐに断った。しかし、マリーサさんは執拗に俺に依頼する。

「俺より実力のある冒険者がいるだろう」

「いま、ここにいる冒険者で月光ユリを探し当てる事が出来るのは、おっちゃんさんしか居ないんです」

 申し訳なさそうに頭を下げる。俺は薬草を穫るのは上手いが、今残っているギルドの中で一番とは思えない。

「狩り場は分からん事はない、ただ、月光ユリが採れるとこまで俺のレベルでは到底行き着けない。それに付け加えるなら、まだ月光ユリの花が咲くには時期が少し早すぎる」

 彼女は困った顔をしながら

「こちらでメンバーを募ってパーティを作りますから引き受けてください」

「俺は即席パーティに命は預けられんよ!」

 彼女には悪いと思いつつ強く否定した。すると窓口の奥から、青白い顔をした男が彼女に代わって窓口に座る。

「ギルドの依頼に断る事が出来ると思いになっているのですか?」

「時と場合によるな……今回は俺以外の冒険者が居ないと言いながら、俺は月光ユリを穫ってこれる冒険者を知っている」

 青白い顔をした男の顔が、一瞬だけ醜く歪んだ。

「今回は仕事が重なって・・・・・・・・無理でした」

 そう言われてしまうとぐうの音も出ない。俺は仕事を受けるにあたり、ある条件を出した。集めたパーティの目的は俺の命を守る事。もし守らなければ金貨100枚のペナルティーを負う。

「金貨50枚なら認めましょう」

 違約金を半分にされ、俺は少しだけ考える。

「まあいいだろう……」

 俺は渋々その条件で承諾したが、上から目線の依頼にいい気がしなかった。

「悪いがこの条件を紙面に残して俺にくれ」

 彼は意外そうな顔を俺に向け、了解したと告げた。

 翌日、ギルドの前に俺を含めて五名の冒険者が集まった。俺以外は同じパーティのメンバーで、リーダーを勤めるのが二十代後半の、コジコジと名乗る軽薄そうな男だった。パーティの中に女性の法力師がいたので、彼らの実力が低くなければ、この依頼は何とかなるだろうと感じた。簡単な挨拶を交わし俺たちは森に向かった。

 森に潜ってから二日が過ぎたが、魔物にも出会わず順調に事が運ぶ。ただ、昨日まで木漏れ日が地面を照らしていたが、奥に行くにつれ光が差さない場所が増えてきた。鬱蒼と生い茂る樹海の中を手探りにすすむ。思った以上に水分の含んだ地面に足を取られ、中々目的地に着かなかった。

「まだ月光ユリは見付からねえのか!」

 コジコジが 怒りと苛立ちを含んだ声を上げる。

「まだ狩り場にさえ着いちゃあいねえよ」

 俺が仕方なく答えた。月光ユリが生えていそうな場所はギルドに伝えてある。だからこそパーティを組んで、彼らと森の奥まで潜っている。月光ユリが生えていないのに見つける事は出来るはずはない。子供でも分かる理屈だが――リーダーのイライラをぶつけられたら堪らない。しかし、自分たちにさえ怒りの矛先がこなければ問題ないとばかし、彼の仲間たちは何のフォローもしない。ここで中鬼の一匹でも現れれば、彼のストレスが発散するだろうにと不謹慎な事を考えた。

 夜の帳が降りる頃、ようやく月光ユリが生えている場所に辿り着く。俺はここまでどの魔物にも会わなかったことに少しだけ不安を覚えた。暗がりの中、野営の支度を終わらせ簡単な食事を取った。リリリリリーと小さな虫の鳴き声を聞きながら、俺たちは明日に備えて眠りについた。
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