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第三十六話 料理の鉄人

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「イヤァーーーーーー!」

 風呂場から悲鳴が聞こえる。台所で山盛りに切った食材に埋もれながら、料理を作っていた手を一端止めて風呂場に走る。そこにはレイラとルリに抱き抱えながら口をパクパクさせて、湯あたりしているテレサがいた。レイラが俺の顔を見るなりニシシと笑ったので、何が起こったのかはおおよその見当はついた。

「メモリをいきなり最大にする奴があるか」

「何もしてないし」

 取り敢えず裸のテレサを床に寝かせて、二人に彼女の身体を冷やすため仰ぐように指示をする。冷蔵庫から出した冷たい水をコップに注ぎテレサに飲ませる。ボーとした顔をしながら一気に水を飲み干した。

「あ……ここはどこだ?」

 まだ夢から覚めていない

「ふあ!」

 意識が完全に戻り慌てて胸を両手で隠す。俺は下半身は隠さないんだなと呑気に思った。

 レイラが正座をさせられ、テレサの説教を受けている姿をみながらデジャブを感じた。俺はそんな馬鹿はほっておいて、部屋に置いてあるドワ―フ国で購入したシャツを取りに戻った。

「お土産だ」

 三人にアニマル柄のシャツをプレゼントした。彼女たちはそれを、呆れた顔をして受け取った。大昔、友人に沖縄土産に海人うみんちゅうと大きく描かれたティーシャツを渡したときもこんな顔をされたのを思い出した。しかし、その後の展開が全く違い、その生地の柔らかすぎる手触りを感じ、雛鳥は驚嘆の声を上げる。

「「「何これ! こんなのどこで手に入れたのよ!!」」」

「ドワーフ国で買ってきたぞ」

 彼女たちはあんぐりと口をあけたまま、それじゃあ一月は帰ってこれなかった訳だと納得した。その後、普通の土産として無地のシャツも彼女たちに手渡し台所に戻った。

 三人の雛鳥のため次から次に食材を油に投入する。油の匂いで料理を食べる前からお腹がふくれる。

 おっちゃんが無事に帰ってきたパーティー略して「おちゃパ」が自宅で急遽開催する運びになった。もてなされるはずの自分が、料理をひたすら作り続けた結果、何も食べてはいないのにお腹が膨らむとは――理不尽な事実に少しだけ憤慨する。しかし、その怒りも料理をテーブルに運んだとき氷解した。

 俺の渡した服を着たレイラたちの姿は凄かった。少しきつめのシャツがはち切れんばかりに胸を強調していた。それに負けず劣らずテレサの尖った胸を強調させるティーシャツ姿に、自分のお土産センスに拍手を送る。るりはどわーふさいずがちょうどあっていてかわいい(棒読)。

 「乾杯!」の合図と共に可愛い雛鳥たちは一心に料理をついばむ。その姿を親鳥が温かい目で見守った。俺はこの家に無事に帰って来られた事を心から喜んだ。突然、玄関の呼び鈴がなる。俺の代わりに誰か出てくれないかという目で彼女たちを見たが無視された。仕方がないので重い腰をあげて玄関に向かう。扉を開けると――――

 金髪のエルフが立っていた。

「ここがおっちゃんがいる家ね」

 一度も出会った事もないエルフが、俺の許可のないままドカドカと部屋に入ってきた。俺は慌てて彼女の後を追う。

「なーんだ、腕の立つ料理人と聞いたから来たけど、たいした料理じゃなかったわ」

 テーブルの上の料理を勝手に摘み、一人で悦には入るエルフ。異世界の女は、よそ様の家に勝手に入る事は問題ないのかと、この異様な現状に頭を抱える。

「クリオネさんお久しぶりです」

 テレサが不審者に声をかけた。

「あら、貴方が教えてくれたおっちゃんの料理が気になって、仕事帰りに寄ったけどガッカリだったわ」

「ご免なさい。このキノコの天ぷらとか、唐揚げなんて食べた事のない料理でしたから……」

「それは認めるわ。でもこんな調理法では、庶民料理の域を超えていないの」

「でもこの唐揚げ美味いけどな」

 レイラは唐揚げを頬張りながら、クリオネに唐揚げを飛ばす」

「うぐっ」料理が黙れと言わんばかりにクリオネの口に収まる。目を白黒させながら、ゴクリと飲み込む。

「うっ!?何よこの肉を揚げた食べ物は」

 少しだけ彼女の顔が蕩けた。

「なんだ美味しいんじゃねえか」

 レイラは勝ち誇るように彼女を見て笑う

「ち、違うわよ。この下味に驚いただけ……塩で漬けているのではない……発酵の味が微かにするわ」

 俺はたまり醤油を下味に使って唐揚げを作っているが、醤油を知らないこのエルフが発酵と気付いた舌に驚いた。今更ではあるが――

「お前はだれだよ」

 突っ込みに近い形で尋ねた。

「私は国王直属の宮廷調理人、クリオネ様よ! そういうあんたこそ名前を名乗りなさいよ」

 家に勝手に入ってきて偉そうな物言いにあきれ果てたが

「静岡音茶だ」

「あんたがテレサの言っていたおっちゃんだったの! 余りにもさえない顔をしていたから、この家の下男かと勘違いしちゃった」

 レイラがジョッキをテーブルに打ち付け爆笑した。

「まあ、下男でも良い……もう満足したんだからとっとと帰ってくれ」

 俺は彼女にしっしっと手を払った。

「この下味は何を使っているのか教えなさいよ」

 俺は飲みかけの酒を吹き出した。

「料理人が簡単にレシピを教える馬鹿がいるのか?」

 俺はどこぞの陶芸家が息子を見下すような目でエルフを叱咤する。

「うぬぬ……」

 目に涙をためて俺を睨み付ける。しばらくしてその青い瞳から大粒の涙が溢れる

「うわーーーん」

 レイラだけでなくルリとテレサまでが、小さい子を泣かした俺を白い目で見やがる。

 「な、泣くなよ……そのレシピを教えてやるから」

「グス。…本当に教えてくれる?」

 物語の中のエルフを百倍可愛くした生き物だと思ってしまった。俺は台所から小さな容器に入った、たまり醤油を小皿に入れ彼女に舐めさせた。

「味噌から取ったたまり醤油という液汁だ」

 彼女は指で醤油をすくいペロリと舐めた。

「反則じゃないのっ……この調味料の味は!」

 さっきまで泣いていたのが嘘のように元気になる。

「これで満足しただろ」

 彼女は鼻をひくひくさせ台所に走っていく、そして俺の命の次に大切な壺を抱えて帰ろうとした。

「待ちやがれ! たまり醤油をあげた覚えはないぞ」

「あんたに使われるより私が使う方が100倍有意義よ」

 何その理屈……俺はもう言い争う気を完全に失ってしまった。彼女から壺を取り上げ他の容器に移し入れる。

「お前に半分やるがこれは取引だ。お前ならこのたまり醤油より良いものが手に入るはずなので、さっきのレシピ代込みで俺に渡せ」

「こんなちんけな味の調味料より凄いものみつけてくるわよ」

 そういって大きな壺を抱えて家から去っていった。俺はげっそりとした表情でテーブルに戻ってテレサを恨めしげに見つめた。

 テレサは俺から目をそらしながら料理を食べ続けた。
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