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第十六話 プレートの花嫁【前編】

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 突然、ギルドの職員に別室に呼び出された。某かの依頼や、報酬の支払いなどの用件ならば窓口で十分に事足りる。上級冒険者なら話は違ってくるだろうが、底辺冒険者が個室に呼ばれて、いい話など期待できない。

 個室に入るとギルドに来るには似つかわしくない、上品な服装をした30代半ばと思われる紳士が椅子に座っていた。その隣には、青髪の毛を低くまとめてロール状にした淑女が座っている。俺はマリーサさんに、テーブルを挟んだ彼らの前の椅子に座るよう促された。俺の前に座った二人はカストロール伯爵という貴族だった。
 
 マリーサさんはテーブルの上に置かれているギルドプレートを指さし

「先日、おっちゃんさんがギルドに届け出たプレートで間違いないですか?」

 プレートを手に取り階級、プレートに刻まれた文字を確認する。

「先日、二つのプレートを山で拾ってきたのは確かなんだが、それかと聞かれたら分からねーな」

「そうですか……このプレートを拾った経緯を二人に話して頂けませんか」

「そう言われても。ギルドで話した事ぐらいしか話せないぞ」

 前に座っている二人は、俺の言葉に失望した表情を見せた。

「お願いいたします! 何でもいいんでお話しください」

 少し声を荒げて顔をにじり寄せてきた。納得するかは分からないが、山に入って一時間ほど歩いた林道で二つのプレートを拾ったこと、そこには冒険者の遺骸や道具は落ちていなかったことを話した。俺の前に座っていた紳士がおもむろに

「このプレートは、男に騙され家を出て行った私の娘だ……」

 室内を重苦しい空気が包む。紳士の横に座っている彼女の顔が一瞬曇った。 


「私たちをプレートを拾った所まで案内してくれませんか?」

 すがるような目に見つめられ、俺は少し考え込みながら

「素人一人なら何とかなるが、二人を山で守りながら案内する力はない」

「儂は行かんぞ!!」

 即座に拒否する彼を見て、この依頼には複雑な理由が絡み合っていると感じた。

「改めてお願いいたします、プレートを拾った所まで案内してくれませんか」

 俺はマリーサさんのほうに顔を向けた。それを察した彼女が

「この依頼ギルドで引き受けます」

  カストロール伯爵夫人から寂しそうな笑みがこぼれた。

                 *     *     *

 カストロール伯爵はギルドに夫人を残し、先に帰ってしまった。明日、伯爵夫人を案内することで一つの問題が出た。

「伯爵夫人が着ている服装では山に入れないぞ」

 彼女は不思議そうに自分の衣服をさわる。

「とりあえず山に入るための支度をするから、買い物に付き合ってくれると助かる」

「分かりました」

 彼女をギルドから連れ出し街に出る。大通りに出ると沢山の人や荷物が行き交う。普段はこんな猥雑な所にこないせいか、彼女は通りに並ぶ商店を物珍しそうに眺める。彼女を促し最初の店に入ると、店内から皮の匂いが広がる。

「素足に柔らかく、靴底が丈夫な品を彼女に見繕ってくれ」

 店員はヘイと返事を返すと、彼女の足のサイズを測り靴を選んで持ってくる。真っ白いふくらはぎを露わにし靴を履く姿がなんだか悩ましい。

「似合いますか」

 無邪気な笑顔を見せ、とんとんと足踏みしながら靴を鳴らす。どんな店でも女性は買い物好きだなと、遠い昔につきあった彼女との買い物を思い出した。

「似合ってるな、山の中を歩くので痛いところが少しでもあれば言ってくれ」

「特に痛い所はないようね」

「少しでも靴になれてほしいので、そのまま履いていて欲しい」

 彼女からさっきまで履いていた靴を預かりお金を支払う。もとい彼女が金貨二枚を支払う。高級店ではないがこの世界では衣服は非常に高い。自分の履いている皮のブーツも移転当初は真っ黒であったが、今ではどの色の靴であったか分からないほど補修して履いている。もし、ブーツ型の革靴を履かずに移転していたら、靴代を稼ぐだけで重い荷物をあと半年はかついでいたかもしれない。

   次に鞄の店に入る。彼女は目を輝かせながら高そうな革鞄を選ぶが、どれだけ軽くても布鞄の軽さには負けてしまう。目的重視で肩にかけられる鞄を彼女に手渡す。少し納得していない顔をされた。

 最後に服を買いにいく道すがら、高級焼き菓子店の前を通る。俺は彼女の手を引き店に入る。店の中には綺麗な皿やオシャレなバスケットに並んだ色々な焼き菓子が並ぶ。

「山中で食べれられるような菓子を選んでくれ」

 彼女はなるほどといった顔をして、焼き菓子を吟味しだす。伯爵夫人という身分の人が、山の中で数時間歩き続けるとは思えない。そこでエネルギー補給と気分転換を考えてこの店に入った。まさか鞄一杯買うとは思わなかったが、それに近いぐらい買い込んでいたのに苦笑した。

 服屋の店内で明日の服を買うのに小一時間かかっている。俺は動きやすいズボンを買って直ぐに、買い物を終わりたい気分だったが彼女の好きにさせた。危険な場面に出くわしたら、その時彼女はこの世にいないだろう。山で歩きやすければそれでいい……しかし、女性の買い物は長い。買った衣服を包んで貰いギルドに帰る。

「この服を伯爵の前で着ていけば問題があるので、ギルドで着替えて欲しい」

 俺の言った意図を察した彼女は笑みを浮かべた。

「分かりました……今日は付き合ってくださりありがとうございます」

 色気のこもった只の挨拶に、俺は思わず目をそらしてしまった。

 明日、出発する時間を決めて彼女と別れた。その帰り際、彼女に道中に必要な飲み物を入れるようにと水筒を手渡す。一応、甘い飲み物や酒は入れてこないように軽く言っておいた。ムスッとした顔でそれぐらい分かります! 鼻をぷくっとさせて怒られてしまった。
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