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第十四話 ○○○サロン

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 この見事で反り返ったアレには惚れ惚れしますぞ。いやいや、この黒くてむっちりと詰まった身体がそそるでござる。このサイズで十分満足ですぞ。秘密のサロンで怪しげな会話が飛び交う。

「いやはや、この見事な大きさのエンペラーカブトをよく手に入れたものですな」

「流石ダブリン氏、色々なつてを持っていて羨ましいでおじゃる」

 ダブリンの周りには、多くの貴族や子爵を親に持つ昆虫マニアが集まっていた。ここは色々な虫を持ちこんでは、情報を交換する秘密のサロンであった。

 かなり無理をして買ったかいがあった。周りの称賛を浴びて、自尊心がくすぐられ心地よい気分に浸る。

「どんな大きな虫を持ってきたのかと見に来たらプププッ」

 カストルス公爵の跡継ぎジョフランが、集まったマニアの中に割って入ってきた。何かにつけて因縁をつけてくる男に舌打ちをする。

「失礼ですぞジョフラン氏! この素晴らしいカブトはそうそう見られないサイズですぞ」

 サロンに集まった仲間の一人がたしなめる。ジョフランは口元を広角に上げながら、パチンと指を鳴らす。どこからか彼の従者が虫籠を持ってきた。

「三十センチのエンペラーカブトをご覧あれ」

 そう言って、虫籠に被せてあった布を取り去る。大型個体のエンペラーカブトがテーブルに置かれた。

 サロンのメンバーが響めく。たかが二センチの差、しかし、虫マニアにとってはとてつもなく大きく開いた数字。先ほどまで舞台の中心で踊っていた踊り子が、客席にまで叩き落とされる。新しい踊り子はそれを横目に、舞台の中心でワルツを踊る。舞台下で肩を震わすダブリン。

 カブトムシの大きさで負けただけではなかった。自分が手に入れた虫は、ジョフランが懇意にしている虫屋から手に入れた一品だった。あまりにも素晴らしいサイズだったので飛びついて買ったが、冷静に考えればジョフランが先に飛びつく代物だ。彼に完全にはめられたと歯軋りをする。しかも、さっきまで天狗になっていたので更に恥ずかしい。

「顔を真っ赤にして、風邪でも引いたでおじゃるか」

 ダブリンの悔しそう中を見ながら、ニンマリと笑みをこぼすジョフラン。さらに、自分の虫籠をダブリンの持ち込んだ籠の横にわざと並べる。こうなれば、否が応でも大きさが比べられる。しかも、並んだことにより如実にその存在感の違いが分かり、サロンの会話もこのカブトムシ一色に染まった。 

「二匹を見比べて見ますと、このムシの貴重さがよく分かりますな」

 ジョフランの取り巻きの一人が、彼の意を汲み取り虫を褒める。

「これほどのサイズは、もう見つからないでござろう」

「フハハハハ……ダブリン氏のサイズなら誰でも手には入るからの」

 わざとらしい勝ち誇った笑い声でダブリンをさげすむ。小さく虫のようになった彼の醜態を楽しもうと彼を捜すが見あたらない。

「さてさて、あまりにも恥ずかしくなって隠れてしもうたか」

「置き場所がなかったもので」

 とん……小さい虫籠がジョフランの籠の上に置かれた。

「どこにお隠れになっていたと思ったら、そんなケチな虫を取りにいってたのかえ」

 ダブリンはニッコリと微笑み

「せっかく同好の士が集まっているのだからケチ・・な虫を見るでござる」

 取り巻きの一人が残念という目でその虫籠見ながら

「初めて招いた会員でさえ、レインボークワガタなど持ち込まないですぞ」

 ジョフランが嫌みを込めてそれを否定する。

「いやいや、たまにはこういう平凡な虫を楽しむのも一興ですぞ 」

 サロンは笑いに包まれる。そのときメンバーの一人が声を上げた。

「こ、これはただの虫ではないですよ!」

 一斉に小さな虫籠に視線が集まる。

「左右の羽根が赤と青に分かれていて、さらに大あごの大きさが違ってる!」

 「このサロンでも時々持ち込まれる、左右羽根の色が違う雌雄同体の蝶――それと同じく身体の半分が雄でもう片方が牝に分かれた――クワガタですぞ」

  ざわつくサロン。

「なんと見事な造形! これは神の悪戯としか言いようがない」

「背中の虹色の金属色が二つに分かれるなんて、これは至高の芸術品」

「王立博物館でも展示されてもおかしくない一品ですぞ!」

「このような虫に出会えたことをダブリン氏に感謝します」

 サロン内は大盛り上がり。至宝の下でギチギチとなくただの虫。

 血走った目でダブリンを睨めつけるが、冷ややかな目で返される。そして彼の耳元で囁く。

「ただの虫を持ってきてすいません」

 この価値も知らないお馬鹿さんという意味が込められた言葉に、ジョフランはぐうの音も出なかった。
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