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第十三話 マニアの時間

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 ギルドで薬草を換金をすました後、ギルド職員のマリーサさんからデルモント伯爵家から指名依頼がきたことを伝えられる。俺は了承してギルドを出た。

 この街で大きな商いをしているのがデルモント伯爵。その息子である次男のダブリンが依頼主。実際は、依頼というより遊びに来いという連絡だ。ダブリンは俺の数少ない友人の一人で、彼から初めての依頼を受けたときから付き合いが始まった。

 翌日、町の中心街まで足を運ぶ。石で出来た高級住宅が立ち並ぶ中、鉄柵で覆われた敷地内には綺麗に刈り取られた芝生が敷き詰められ、入り口には大きな門扉がある。そんな一際、目立つデルモント伯爵の豪邸が目的の場所だった。

 門番にダブリンに会いに来たことを告げ、家の中に入ることを許された。

「やあ! よく来てくれたおちゃん|氏(うじ)」

 ふくよかな身体を揺らしながら、金髪の青年が 嬉しそうに近づいてくる。

「ダブリン久しぶりだな」

「いつでも遊びに来いといっているのに、どうしてこないでござるか」

 下腹がプルプル震える。

「貧乏暇なしってやつよ」

 メイドがお茶とお菓子をテーブルまで運んでくる。高そうなお菓子を手に取り一口食べようと――これを見てくれと、いきなり水槽をテーブルに乗せてきた。

「大きさ二十八センチのエンペラーカブトですぞ♪」

 虫籠から取り出したのは、黒光りした大きなカブトムシ。三本の大きな頭角を持つそれを、ムズリとつかんで俺に見せた。体からキーキーと威嚇するような音を鳴らす。

「これは見事な個体だな」

 そう言うと、この虫を手に入れた経緯を一方的に早口でしゃべり出す。こうなるとマニアは止まらない。そう俺と彼とは虫友だ。以前ギルドの依頼で彼と知り合い気に入られる。菌糸ビンでクワガタの大型個体を作るこつを教えたら、このことは絶対外部には漏らさないように誓約書まで書かされた。

 彼の自慢話は延々と続く……俺は懐から小さなケースを取り出しテーブルに乗せた。

「ほほーレインボークワガタでござるか。レアな部類ではありますが、こいつの存在と比べたら、フヒヒヒヒ」

「身体全体が青の金属色に光るクワガタムシにみえるか――」

 もう一度、クワガタムシを見直す。

「ううううっ……左右の羽根で赤と青に分かれているでござる!」

「よくみてみろ! それだけじゃないだろ」

「大あごの大きさが違う……」

 両目をパシャパシャさせながら虫籠を見つめる。

「雌雄同体だよ、たまに蝶などで左右羽根の色が違う個体が採れるだろ。そう、身体の半分が雄でもう片方が牝に分かれた――クワガタ」

   彼はテーブルに乗ったケースを掴み取りブルブル震えた。

「どこで捕まえたのでござろうかッッ」

 捕まえた日と場所を伝えると

「我が輩も(捕れた日の)数日前にそこを通ったでござる、あの木で捕れることは知っていたのに何たる大失態」

「(まあ、同じ虫が捕れるとは思わないが……)良い虫を捕るには樹液を丹念に探す必要があるからな」

「い、いくらでござるか」

 俺は意地の悪い顔をしながら

「こんなレアな生き物を売る気はない。見せたかっただけ♪ フヒヒヒヒ」

 ダブリンに死の宣告をしてやる。

「意地悪をいうでないおっちゃん氏!」

「そういや、あのただ・・のカブトムシが金貨十枚と言ってたよな」

「今月は金を使い過ぎたで……」

 泣きそうな顔をして虫籠に入った虫を物欲しそうにじっと見つめる。

「金貨一枚でいいさ」

「さ、さすが我が友でござるぅ~」
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