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第十話 断りにくい依頼

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 ギルドの掲示板を眺めていると、受付のマリーサさんから声をかけられた。今日はいつもより薬草が高く売れたので、食事のお誘いかなとありもしない失礼な想像をした。

「サイチュウ草の入荷が遅れて、ギルドとしては困った事になっています。指名依頼とは違いますが、それを採ってきて欲しいんです」

「狩れるとこは知っているが、あそこの狩り場は一人で行けないのよ」

 遠回しに断る。しかし、彼女は申し訳なさそうに

「では、こちらから冒険者を二人ほどつけますからお願いします」

 こう言われてしまうと簡単に断れなくなってしまった。サイチュウ草は採取する苦労の割に買い取り価格が低い。しかもメンバーが増えれば、さらに一日の稼ぎが悪くなる。それを察した彼女は 

 「おっちゃんさんに同行させるメンバーの日当はこちらで支払いますので、何とか依頼を引き受けてください」

 そういって手を握られる。もちろん営業スキンシップとは分かっているが、いつもお世話になっている、美人ギルド職員の頼みを無碍に断ることも出来ない。

「ランクは問わないので二名用意してくれ。ただし、俺の命令を絶対守ることが条件だ」

 彼女の顔がパアッと赤くなり頭を深々と下げた。

「汚れても良い格好で、狩り場に行く準備する旨を伝えてくれ」

 そう言い残しギルドを出た。この依頼は安いからしたくないのではなく、パーティーで狩りをしたくないというのが本音であった。

 翌日の朝、ギルドにまだまだあどけなさが残る二人の冒険者が待っていた。彼らの名前はローラとシュージ。ローラは体付きがほっそりしており、緑髪のおさげが一層子供を強調させる。シュージは目つきが鋭い生意気盛りの男子中坊。マリーサさんの人選に少し失望したが、この依頼を受ける冒険者のレベルを考えると仕方がないかと思い直した。

 「おっさん、こんな年でよく薬草採りを続けられるね」

 なんかいきなりディスられる俺。

「失礼よシューちゃん!」

 彼の言葉を彼女は打ち消す。先行きは不安だが、指示さえ聞くのであれば問題ない。しかし、山道を進みながら短剣で草木を切り遊ぶ中坊をなんど注意しようと思ったか……。三時間ほど歩いてサイチュウ草の群生地に着く。そこは草に覆われた湿地帯で、足を踏み込むと靴が泥に沈み歩きにくい。ここで俺は二人に注意を徹底させる。

「ここから採集に入るが、蛙のような形の小さな魔物が噛みついてくる。これを絶対に傷つけるな! お前らの仕事は俺が草を狩っている間、足に噛みついてきたり、踏み潰しそうになった魔物を丁寧に追い払うことだ」

 魔物と聞いて二人は黙り込む。湿地からケロケロと魔物の声が響く。

  湿地の奥に進むにつれ化蛙がわらわらと噛みついてくる。噛みつくと言っても、服の上から張り付くという感じなので痛くはない。グゲゲッと瞑れた声がしたので後ろを振り返ると、シュージが化蛙を放り投げていた。

「何してやがる! 魔物を傷つけるなと言ったばかりだりだろッ」

 彼の腕を捻り上げた。

 「イテテテテッッ!」

 俺の力が思ったよりあったので軽口を返さなかった。

 「ご免なさい、ちゃんと仕事するようにシューちゃんを見張るから」

 頭を下げるローラ。見張りの見張りって……心の中で突っ込みを入れる。

「ここで魔物を殺すと生き残れない可能性がある!」

 シュージはそっぽを向き、むくれて謝罪などしやしなかった。採集を二時間ほど続け、袋に一杯になったサイチュウ草をソリに載せ帰路につく。

 「簡単な仕事だったじゃねーかッ」

 「そうよね、思ったより楽だった」

 二人の会話を聞きながら、薬草の狩り場と安全を確保したから出来た仕事だと、説教をたれようと思ったが我慢した。

 ギルドの受付でサイチュウ草を換金する。担当がマリーサさんではなかったので、労いが無くて損した気分。『あなただから仕事を受けたんじゃないんだからね!』というギャグを用意していたのが無駄になる。

 今日は一杯引っかけて帰りたい気分だったが、泥だらけの服を見て諦める。一日の稼ぎを全部美味しい酒にかえて、生意気な|冒険者(ガキ)のことは飲んで忘れようと思う。この行動をもう一人の自分が冷静に見ており完全なおっさんだなと呟く。

 数日後、ギルドの掲示板を眺めていると、後ろからマリーサさんに声をかけられた。

「今日は行かなかったんですね」

「今から近場の薬草でも狩りに行こうと思ってたところだ」

 不思議そうな顔をした彼女は

「サイチュウ草ではないんですか?」

「サイチュウ草は採ってきたが――そうかあの日はマリーサさんが受け付けにいなかったからか」

 そう言った瞬間彼女の顔はみるみる青くなる。

「あ、あの子たちと行っているとばかり……」

「ああ、あの糞坊主を連れていったな」

「そうじゃなく……てサイチュウ草を採ってきてもらえるよう、貴方に今日・・依頼しました」

 彼女は続けざま

「シュージ君が貴方に伝えることになっていたの……」

 このやり取りでことの全体像が見えてきた。彼らは俺に依頼を伝えると嘘を言い、自分達だけでサイチュウ草を採りに行ったらしい。彼女が依頼してからもう数時間以上たつ。

「二人が無事に帰ってくるのを待つしかないな」

 俺は重苦しい口調で答えるしかなかった。彼女は下を向いたまま「ええ」と呟く。

 日が傾いても、彼らがギルドの門を開けることはなかった。
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