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第五話 冒険者の逝き先

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 今日も俺は独り寂しく薬草を狩っている。いや、実際は一摘みいくら稼いだかと、チロル算で楽しんでいる。一日中、重たい荷物を担いで銀貨一枚以下の世界に比べたら、冒険者で生活できている自分に感謝だ。一摘み摘めば母のためェ~なんて歌っていると、森の奥から悲鳴が聞こえた。俺は声の方にゆっくりと足を進める。

 そこには元いたパーティーが小鬼と中鬼に襲われている。ナターシャはレンの後ろでガタガタ怯えて話にならない。レンは彼女をかばいながら完全に意識を失っている。ドンは血だまりに沈んでいた。今、飛び込めば魔物を蹴散らすことは可能だ。しかし、中鬼はソロだとかなりきつい相手だ。ここは見捨てるのが冒険者の生き残る道だ――腕から血を流しているルリと目が合った……彼女は助けを求めない。

 「チクショー」俺は草陰から飛び出し、中鬼の背中を袈裟切りにし、ルリにもう一方の中鬼に法力をかけることを指示する。血まみれの彼女は震える声で法力をかける。俺は法力で動きの鈍った中鬼の腹を突く。魔物の群れはこの突然の不意打ちに反撃を選ばなかった。二匹の中鬼を蹴散らしたら、後は散るように逃げていった。
 
 「なんで早く助けに来ないのよ!!」

 ナターシャの金切り声が森に木霊す。俺はそんな彼女を放っておき、くそ高いポーションをリーダーに飲ませ、血だらけのルリをそっと拭いてやる。彼女の傷は見た目より浅く胸をなで下ろす。ドンはすでに事切れており、ポーションを使うことさえ出来なかった……。

 それぞれのソリにレンとドンを乗せて、魔物が血の臭いに釣られて駆けつけてくる前に森から離れた。

 パーティーはレンの左足とドンを失い冒険を終了した。

 あれから数日後、ギルドでレンからの言付けをもらい、彼らの泊まっている宿屋に行く。包帯姿の痛々しいレンがベッドに横たわっている。

 開口一番「すまなかった」謝罪の言葉がきた。

 俺をパーティーから捨てた後の話を聞かされた。俺と別れたパーティーは、山に入ってもなかなか獲物が見つからない。今まで貯めていたお金を切り崩しつつ、冒険者を続けていたという。おっちゃんの影のサポートが大きかったことを痛感させられたと……。その現状を簡単に打破する選択肢、俺をもう一度呼び戻すことが出来なかったのは若さ故だと感じた。

「助けてもらったのにポーション代さえ返せない」 

 苦痛な表情で彼は話を続ける。

「もう少ししたらナターシャと村に帰るよ……だからルリを頼む」

 彼の言いたいことは分かった。ルリを連れて帰っても彼女に良い未来などないと言うことだ。では、レンとナターシャはどうして帰ることが出来るのか? という疑問が頭をかすめたが、それを今更聞いても嫌な気分にしかならない。

「了解した」
 
 素っ気ない返事をして宿屋から出た。

 俺はルリを仲間にして、新しい道を選ぶことが出来なかった。彼女が嫌いなのではなく、彼女が持つ大きな潜在力を恐れたからだ。数年たてば彼女はかなりランクの高い法術使いになるだろう。そこでもう一度俺が捨てられたらもう立ち上がれる気がしない。彼女がそんなことをするはずはないと頭では分かっている。しかし、彼女の倍以上の人生経験をしている俺は、不幸の未来を払拭することは出来なかった。

   俺はギルドでもかなりランクの高いパーティーに頭を下げてルリを引き取ってもらうことにした。ルリがコンビを組みたがっていることは分かっていたが、俺にしたことや助けてもらったことが負い目で何も言わなかった。

 これから彼女は俺の届かない高みに行くことだろう。
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