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第三話 優しくない世界

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 木と石造りの建物が雑多に並んでいる町並。人々の頭髪は青、赤、金髪で占めているが、珍しい俺の黒髪に目を指す人はいない。言葉も通じない、金もない、さてどうしたものか。

 彼らはウール生地のような服を着用している。コットンやシルク地はあまり見かけない。それより動物の皮を服にした人が目立つ。しかも大半の人の服は破れていたり継ぎ接ぎだったり、日本でこのような格好をして出歩けは、絶滅危惧種に指定されるだろう。

 異世界は識字率が低いらしく、看板には文字よりイラストが多く使われている。肉屋ならマンガ肉のようなマークを掲げていたり、武器屋なら槍や剣をあしらっている。よく考えれば武器屋って凄いよな……。沢山の商品が並ぶ町並を歩きながら、一軒の服屋に入る。店頭に服を雑多に陳列している店ではなく、一見さんお断りの雰囲気を醸し出す店。

 自分の着衣していたスーツとカッターシャツが、金貨4枚と数枚の銀貨に変わる。革ジャンも欲しいと言われたが、一番長持ちしそうな服なので手放すことはやめた。ちなみに今の服装はTシャツの上に革ジャンで、下はウール地のスエット。売るときは鞄も込みだったので、店で貰ったずたぶくろのようなものを肩からかけている。

 ゼスチャーでの商談だったのでほとんど言い値。ただ、俺の服をさわって驚いたり、鞄は絶対つけろといった押しから鑑みて、たぶん安い買い取り価格だとは思わなかった。例えるなら、ブランド物を現金に換えた感じ。はたしてこの金貨がどれだけの価値を示しているのだろうか……。

  もう少しだけ町中を散策したかったが、この数日間の疲れが足にきた。いくつか宿屋のような看板の中から、食事マークのついた安宿に入る。銀貨で払うと黄銅貨と銅貨数枚が返ってきた。金貨を見せ両替を頼むと嫌そうな顔をしながら銀貨20枚になった。これで俺が生存できる絶対防衛ラインが分かった。宿屋は朝夕の二食付きで、夕食を食べた俺は次の昼過ぎまで泥のように眠る。
 
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 この世界にきて3週間、俺は重たい荷物を運んでいる。言葉の通じない自分が出来る仕事などほとんどない。この荷物運びも一週間探し続けて、ようやく見つけ出した仕事だ。一日働いて黄銅貨6枚と銅貨3枚。銀貨1枚が黄銅貨10枚の世界なので悲しい仕事だ。ただ、寝泊まりする部屋は無料で用意されているので、この世界では優良会社だ。四人部屋ですが何か?

 相部屋で歯の抜けた元商人のおじいさんに言葉と文字を習う。この底辺の職場で文字を書ける人は少なく、一日につきビール一杯で俺の先生になってもらった。今更文字を習ってなんになるという、同僚からの目線は痛かったが、底辺脱出に文字習得は最低条件だと……。

 一年を過ぎると腹の筋肉が自然に割れていた。万年腹ポチャ男がこんな姿に変身するとは想像もしなかった。一年前の恰幅体型のときの方が、店の対応がよかったのは悲しい現実。同僚とも楽に日常会話ができるようになり、稚拙ながらも、手紙を代筆できるおっちゃんという地位にまで昇格した。基本的に日本人おとちゃはまじめなので親方からも好かれた。ただ、身体を壊せばろくでもない地位まで転げ落ちる環境には変わらないのだが……。

 異世界三年目、いつでも戻ってこいよと円満に職場退社。冒険者ギルドの門をたたく! 俺の戦いが始まった。
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