歌舞伎町ドラゴン

ユウジン

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第一章 龍と虎

侵入

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「さていくか」

龍と水祈は襲撃者を退け、カジノ・ユートピアに再びやって来た。

時間は現在午前11時過ぎである。

そして先日と言うか時間的には先程派手に脱出したばかりのユートピアは、先程まで警察が来ていたのもあり、24時間営業のなのだが流石に今は閉めているようだ。

「あれだけやったら騒ぎになるだろうしね」

と水祈は言いながら上を見ると、梶原の部屋の電気は着いている。

「梶原はいるみたいだし、どうやっていく?」
「見つからないように行った方がいいだろ。時間ないし」

そうね。と水祈は言うと、二人が裏口に回り込む。人がいないのを確認し、二人は入り口のドアノブを回すが、

「当然施錠されてるか」

当たり前だが鍵がかかっており開かなかった。水祈が大きくため息を吐きながら周りを見回し、

「無理矢理こじ開けるわけにもいかないしなぁ」
「そりゃそうよ」

龍の馬鹿力なら強引に開けられるかもしれないが、静かにはいくまいと水祈も分かっている。そんな時、

「龍。あそこからなら入れるわ」
「ん?」

水祈が指差す方へ龍が視線を向けると、窓が空いている。少し高いが、龍が足場になり、水祈の身軽さがあれば十分だろう。

「つうわけで足場宜しく」
「はいよ」

と龍は壁に背をつけ構えると、水祈は龍に向かって走り出した。

そしてそのまま水祈は龍の構えた手に足を掛け、タイミングを合わせて龍は上に向かって水祈をあげると、水祈も合わせて飛び上がった。

「よっ!」

タイミング良くジャンプして、水祈は空いていた窓に手を掛けると、そのまま中に入る。

中は倉庫のようで、色々な道具が散乱していた。

「少し待ってて。すぐ開けるから」

水祈は少し中を見回してから、窓から顔を出して龍に伝えると、倉庫の出入り口に手を掛け、

「っ!」

素早く後ろの飛んで散乱している道具の山の影に隠れる。

そこに入ってきたのは黒服の二人で、大きな荷物を抱えていた。

「ったく。梶原さんにも困ったもんだぜ。配達屋の水祈を無傷で捕まえろって無茶だろ。向こうは九十九 龍もいるんだぞ」
「だが笑えるよな。車で九十九 龍に突っ込んだ挙げ句引っくり返らされて車壊れたらしいぜ?」

それは笑えるなぁ。と二人は言い、道具を適当に置くと、

「でもよ、配達屋の水祈なら自分のものにしたいって気持ちわかるよな」
「だよなぁ。裏社会に身を置いてるくせに傷ひとつない綺麗な顔してるしよ、スタイルもいいよなぁ」
「マジでそうだよな。前にコート脱いでる所見たんだけどよ、マジで胸でかいんだぜ?」

本人がいないところで随分好き放題いってくれるではないかと水祈は頬をひきつらせたが、

「でも九十九 龍と出来てるんだろ?」
「いや、聞いた話じゃセフレだって聞いたぜ?」
「だけど何時もつるんでるじゃねぇか。九十九 龍の頼みなら何でも聞くって言うぜ?」
「この界隈って色んな奴等がつるんだり裏切りあったりしてるけど、あのコンビが一番謎なだよな」
「謎でも何でもあの体を好きに出来るんだから羨ましいぜ」

何て笑いながらいる二人に水祈はため息を吐きながら、一気に走り出すと、

『え?』
「だらぁ!」

空中に飛び上がった水祈は、クルリと前に回って遠心力をつけると、そのまま浴びせ蹴りを顔面に叩き込み、素早くもう一人の股間を蹴り上げ、押さえて怯んだところに、後ろ回し蹴りで沈めた。

「さて、どうしたもんかなぁ」

何て思いながら水祈は気絶した黒服を見ると、

「ふむ……古典的だけど良いかもしれないわね」

と言い、水祈は黒服達の服を脱がして持っていく。それから、

「お待たせ」

そのまますんなりと下に迎え、扉を開けると龍が待っている外に出て、

「はい」
「なんだこれ?」

渡されたのは黒服たちが着ているスーツだ。

「まさか着るのか?」
「なんか問題でも?」

サイズがなぁ、と龍がぼやくように、確かに明らかにサイズがあってない。だが文句も言ってられないと龍は無理矢理それを着て、サングラスを着ける。中々様になっていた。すこしパッツンパッツンではあったが。

水祈も同様に黒服を着る。女性としては比較的身長は高いが、流石に男物のスーツを着ると少しブカブカな印象だ。しかしこちらもそこまで違和感はない。

「さ、このまま一気に行っちゃいましょう」

とサングラスを掛けながら言う水祈に、龍は了解と頷きつつ、二人は中に乗り込んだ。




















「はぁ」

梶原は椅子に座ってため息を吐く。

今回は酷い目に遭った。カジノは滅茶苦茶。車も滅茶苦茶。

まぁ正直、これはそこまで痛くはない。いや厳密には痛いのだが、それ以上に痛かったのは今回水祈を物に出来なかったことだ。

初めて水祈と出会ったのは、ある知人の紹介で 、腕の立つ女配達屋がいる。そう教えられ、紹介されたのが水祈だった。

キリッとした整った顔立ちに、均整の取れた体つき。そして何よりこの世界の何もかもを疑ったような雰囲気が堪らなかった。

いつか自分だけの物にして、自分にしか見せない顔を見たい。そう考えるようになるまで、そう掛からなかった。

だが水祈は仕事以上の関係を望まなかった。金を積んでもブランドを渡そうとしても水祈の態度は変わらない。今までの女は金を見せれば簡単に抱けたのにだ。

だからこそ燃えた。あしらわれればあしらわるほど熱が入ってくる。

しかし今回の一件で物に出来なかったのはキツイ。完全に水祈には嫌われる。と梶原は思っていた。

まぁ元々嫌われていたのだが。

「水祈ぃ……」
「呼んだ?」

何気なく呟いた言葉に返事があった。しかもこの声は聞き間違えるはずがない。

「っ!」

梶原は声に反射的に振り替える。そこには扉の前に立つ黒服がおり、その黒服がサングラスを外すとそこには会いたかった顔があった。

「水祈ぃ!」

梶原は反射的に飛び付こうとした。

何でここに?と言う疑問が一瞬浮かんだものの、そんなことよりあんなことがあった直後に依頼もないのに水祈が来てくれたと言うだけで、梶原が大興奮だ。しかし、興奮しすぎたのと位置的に死角だったのもあり気付かなかったが、もう一人いた。そしてその顔を見た瞬間、

「げぇ!九十九 りゅむぐ!」
「さぁて、ちょっとお話するか梶原さんよ」

顔面を龍に捕まれ、ジタバタ暴れる梶原だったが、そのまま部屋に連れていかれると水祈が扉を閉めた。

それを確認し、放り捨てるように梶原を離すと、

「いっで!なにしやがんだ九十九 龍!」
「それはこっちの台詞だ!良くも俺の事を売りやがったな!」

龍の叫びに、梶原は小さく舌打ちする。

「ったく。大人しく殺されてれば良かったのによ」
「おあいにく様。こちとら悪運だけは強くってな。それでだ。アイツら何もんだ?」

龍の問いに梶原は、先程までの態度は消え、

「い、言えねぇ」
「なに?」
「言えねぇって言ったんだ!俺はまだ命は惜しい」

梶原のそんな答えに、龍はやれやれと肩を竦め、

「おいおい梶原。お前あんな良く訳もわからん連中にヒヨるタイプじゃねぇだろ」
「何とでも言え。だがな、アイツらはそれくらいヤバい連中だってことだ。俺が言えるのはこれまで……」

と梶原がそこまで言うと、水祈が尻餅を突いたままのの梶原の前にしゃがみこみ、顔を覗き込む。

「な、なんだ水祈。悪いがお前の頼みでもこればっかりは言えな」
「デート一回」

たったそれだけ水祈が言うと、梶原の全身に電流が走る。

「デート……だと?」
「えぇ、貴方が何でも全部答えてくれるならデート一回」
「う、嘘じゃ無いだろうな?」
「これは仕事としてよ。私は貴方に私の時間を配達する。それだけの事。そして私が仕事として請け負ったときに嘘を吐いたことがあったかしら?」

そう言われ、梶原は口をつぐむ。水祈は仕事に関しては絶対に嘘は吐かない。だからこそ水祈はこの配達屋業界内でもトップクラスの信頼を得ているのだ。

そしてその水祈が、今までどれだけ金や宝石を積んでもデートの依頼を受けなかった彼女が自ら申し出ている。これは千載一遇のチャンスだった。

だが同時にあの連中を裏切るのは危険だと思う自分もいる。そんな中水祈は更に顔を近づけると、

「何処でも良いわよ?」
「ど、どこでも?」
「えぇ、何処でも何時まででも付きってあげる。さよならして別れるまでがデートよ」
「なっ!」

それは余りにも梶原にとって素敵すぎる話だった。そしてそんな話を聞けば、さっきまでの恐怖心はどっかに吹っ飛ぶ。

「分かった。全部話すよ」
「取引成立ね」

あっさりゲロる気になったらしい梶原に、水祈は笑みを浮かべると、

「それで?そもそもあの虎白って何者?」
「それは知らん」

ガクッと水祈と龍はずっこける。

「言っとくけど、何も知らぬ存ぜぬならデートは無しよ」
「分かってるって。そもそも俺だってあの陳って奴に頼まれただけなんだ。その虎白ってガキが何者かなんて教えられてねぇよ」

じゃああの陳って何者なんだ?と龍が問うと、

「リャオヤー」
「なに?」

りゃおやー?どこかで聞いたような?っと龍が首を傾げると、

獠牙リャオヤー……中国の上海を根城にする巨大マフィア。もう歴史的には100年以上続く古いマフィアだけどね?でも代々勢力を伸ばし続け、今や中国のみならず世界中に自分の配下組織を持つとんでもなく大きな組織。そして……」
「思い出した。天空さんたちと争ったのも」

水祈と龍の間に、重い空気が立ち込めた。

一年前のあの戦争によって天空が命を落としたあの一件は、未だに記憶に新しい。

「だがあの事件で獠牙リャオヤーは撤退したはずだ。なのに何故うろついている?」
「俺に聞くなよ。俺は知ってるのはアイツらは虎白ってガキを追っ掛けてきたってだけだ」
 
そういう梶原に、水祈は顎に手をやると、

「大量の中国紙幣を持ってたり獠牙リャオヤーに狙われたり……いよいよ只者じゃなさそうね」
「んで?ソイツらはどこにいるんだ?」
「アイツらなら帝獄ホテルを拠点にしている筈だ。少なくとも俺はそう聞いてる」

嘘をついている気配はない。と龍と水祈は顔を見合わせると、

「帝獄ホテルまでどれくらいだ?」
「車を飛ばせば30分も掛からないわ」

じゃあ行くぞ。と龍が言うと水祈も頷き、二人は出ていこうとするが、

「ちょっと待ちな」

と梶原に呼び止められ、二人は振り替える。

「今思ったんだけどよ。俺が教えたせいで水祈が行っちまって万が一死んだらデートは出来ないわ、俺も俺で獠牙リャオヤーに喧嘩売るわで良いことないよな?」
「死なないわよ。私の運の強さは知ってるでしょ?」

それでも万が一がなぁ。と梶原は言うと、背後で何かゴソゴソしだし、

「おいなにして……」

と龍が言ったところで、突然の浮遊感に襲われた。と言うか、床が無くなっていた。

『はぁああああああ!?』
「ふははははははは!こんなこともあろうかと、俺のスイッチ一つで落とし穴が作動する仕掛けなのさ!安心しろ!下にはクッションがあるからな!」

そう梶原は笑い穴を覗き込むと、

「悪いわね」
「ぷぎ!」

何と龍が両手両足を伸ばして突っ張り棒の様にして止まり、水祈がそれを足場にして飛び上がると、壁面を更に蹴って上がっていき、覗き込んだ梶原の顔面を蹴り上げた。

「いっでぇ!くそ!マジかよ!」

鼻血を出しながら尻餅を着いた梶原の顔面に、水祈は蹴りを叩き込んで気絶させると、

「龍!もう少し頑張ってね!」
「おーう!」

 龍に声を掛けてから、部屋のカーテンを全部取って端を結んでロープ代わりにし、穴に垂らした。

「龍!良いわよ!」
「お前大丈夫か!?俺は重いぞ!」
「ベンチプレス自己ベストをこの間更新させたわ」
「そりゃ頼りになる」

と龍は笑ってカーテンロープを掴んでぶら下がると、

「うっ!」

水祈が引っ張られそうになり、急いで体勢を戻して耐える。

「あ、あんた少し太ったんじゃない!?」
「マジか!?お前を見習ってこの事件片付いたらジムに通うかな」
「それなら私が行ってる所行きましょうよ。紹介すると色々特典つくから」

何て軽口を叩きつつ、水祈が必死に踏ん張る中、龍も懸垂の要領で上っていき、穴の縁を掴んで這い出て来た。

「あっぶねぇ……」
「さて」

息を整える龍を横目に、水祈は気絶した梶原に近づくと足を掴み、

「どうするんだ?」
「ゴミはゴミ箱にってね」

と言うと、水祈は梶原を穴の中に放り込んだ。

「そんでっと」

水祈は梶原から奪っておいたリモコンを操作すると穴が閉じる。

「これでよし」
「お前容赦ねぇなぁ」

そう言いつつも、龍も止めるつもりはない。

「あとこれも借りていきましょ」

水祈は壁に掛けてあった車のキーを取って見せてきた。

「前に梶原が頼んでもないのに車のコレクションを自慢してきてね。結構アイツ良い車持ってるのよ」
「そりゃ最高だな」

二人はニヤリと笑い、サングラスをつけ直すと扉に手を掛け、

「あ、忘れてた」

と水祈が言ってメモ帳とペンを取り出すとサラサラと迷惑料とだけ書き、梶原の机に置いて、二人は部屋を後にするのだった。
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