テンセイミナゴロシ

アリストキクニ

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第四章

4-2 世界の仕組み②

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 記憶の安全装置が外されたことにより、封印されていた過去の記憶が録画されたテープの様に再生されていく。
(これは……天聖学院にいたころの僕か……)
 ゴエモンやハカセ、バンコと一緒に切磋琢磨していたころではなく、一番最初に僕が転生した時、天聖軍を順調に出世し、ついに最高位にまでたどり着いた時の記憶だ。
 天聖学院の転生者達は、時に天聖軍の遠征や戦場に同行して共に戦うチャンスを与えられることがある。そこで目まぐるしい活躍をした者には天聖軍でのエリートコースが待っているというわけだ。
 当時の僕は拷問まがいの仕打ちを受け、いやいやながら転生者として生活をしていたはずなのに、いつの間にか全能という大きな力を使える事に酔いしれるようになっていた。僕は天聖学院の中でも極一部の者だけが在籍できるSSクラスの中でトップになり、生徒はもちろん教師に至ってまで僕に勝てるものはいなかったのだ。
(まあそのSSクラスってのが実は厄介払いのゴミ箱やったんやけどな)
 ダウターが茶化すように話しかけてくる。僕の意識に直接言葉を割り込ませているような形での会話なので当然表情を見たりすることはできないが、どうせいつものように笑っているのは明らかだった。
 映し出されている記憶の中の僕はそんなSSクラスの仲間たちと楽しそうに何かを話している。天聖軍の中でも最大規模の戦いに参加する権利を与えられていたのだ。といっても回復や補給などの後方支援での参加なので、僕たちはさほど緊張などをすることなく、のんきに天聖軍と共に行軍を続けている。
(一体この先にどんな真実が眠っているというのだろうか)
 天聖軍と共に戦ったのはこの時だけではなかった。ハカセ達と共に学院生活を送っていたあの時も、天聖軍と共に大量の魔物と戦った。その時の記憶ははっきりと覚えているし、そこにはリーダーが散々脅かしてくるような邪悪な真実というものは見受けられなかった。
 記憶の中僕たちは目的地に到着し、それぞれ配置についていく。
(さあ、来るよ。オール、自分を見失わないように、私たちがついている)
(まじでどぎついからな。まあ俺らも通ってきた道やし、この罪はお前だけのもんじゃない)
 意識の中で皆が思い思いの励ましの声をかけてくれている。
(さあ、くるよー!)
 ブレイカーの言葉を皮切りに、布陣している天聖軍の正面方向の遥か彼方にたくさんの巨大な黒い穴があいていく。そしてそこからインクが染みていくように、黒い塊がぞろぞろと流れ込んできた。
(『百聞と百閒』)
 僕は覚悟を持って自動探知スキルを発動する。それはあの黒い塊にフォーカスをあて、正確にその正体を露わにしていく。
(ぐうぅっ……)
 やはり人であった。あの黒い巨大な穴から無限に這い出てくる黒い者の正体は、やはり人であったのだ。
 ブレイカーの言は正しかった。地球に存在していないモンスターや魔族などの正体は、人間であると言った彼の言葉は真実だったのだ。
 薄々は理解していたし、覚悟もしていたとはいえ、地平線や空を埋め尽くすかのような人間の行進には正直怖気がとまらなかった。しかも彼らの身体はおかしなほどに変形し、人間には本来不可能な動きや機能を可能にしているようだ。
 天聖軍めがけて全力で走りこんでくる人間達の顔は皆一様に恐怖や怒りといった負の感情で占められている。彼らは救いを求めるかのように両手を前に突き出し、何か呻き声や叫び声をあげながらその身体を全力で動かしていた。
(正直これはただ見ているだけでも精神にかなりくる……)
 それでも耐えられないわけではない。覚悟はもうとうに済ませていたのだ。これから僕やSSクラスの仲間たちが彼らを笑いながら屠っていくのだとしても、その罪を背負う決心はしていたのだ。
 天聖軍の陣営が膨れ上がった。空を飛べるものが飛び上がり、召喚士は龍や精霊を呼び出していく。彼らは皆自分たちが正義だということに一片の疑いももっていないようで、迫りくる大量の人間達に対して目をランランと輝かせ、敵意をむき出しにしていた。
 僕はこれから起こることを目に焼き付けなければならない。自分が犯した罪、この世界の邪悪で醜悪な真実。人間を苦しめるためだけに作られたこの転生というシステムに対して、決して鎮火する事のない怒りの炎を心に燃やさねばならないのだ。
 そう自分に言い聞かせた時、リーダーが終わりの一言をつぶやいた。
(ルイナー。最後の封印を、天聖の鎧によってかけられた、この世を歪める封印を破壊してくれ)
(あいよ!)
 彼らの掛け合いが終わったのと同時に、僕の意識にドクンと大きな脈動が走った。そして頭の一番奥のところで何かが割れるような音が聞こえ、僕が見ている世界にさざ波が走っていくのと同時に、僕が見ていた景色はどんどんと塗り替えられていった。
(おごべげええええええええええ!!!)
 そして剥き出しとなった世界の真実を直視した瞬間。僕は意識の中で激しく嘔吐する。
(ご……ごれだっだのだ……! がれらのいヴじんじづどは! ごれだっだのだ……!)
 死なねばならない。そう強く思った。僕は光の剣を召喚士として、すぐにそれを思いとどまる。代わりに両の拳を全力で頭に振り下ろし、とにかく自分の命を終わらせようと思った。
(…………させないよ)
 僕は自分自身の身体への攻撃だというのに、全力をもって一切の手加減なしで拳を叩きつける事が出来ていた。脳を破壊し、生命活動を終えるために振るわれたその腕は、本来であればそれほど時間をかけずに僕の命を散らせることができるはずのものであった。
(やめでぐれ! ごろじでぐで!)
 しかしダウターの全治の力がそれを許さない。僕が救った彼女の『ヒーラー』としての力は、僕の性格や内面的な性質を何一つ変えることなく、僕の身体にできた傷だけを正確に、瞬時に治していった。
(目をそらすな。オール。これが私たちの背負う罪、この世界の真実なのだ)
 リーダーがいつもと変わらぬ声で諭すように話しかけてくる。
(ぶざげるな! ぶざげるなああ!)
 こいつらは正気じゃないのだ! これを目の前にして、どうして平静でいられるものか! こんなものだとは思いもしなかったのだ。せいぜい僕たちはたくさんの人間を殺していただけだと思っていたのだ!
(迫りくる魔物を次々と撃ち倒す天聖者。カッコいい光景よなあ。でもな、なんで魔物側はこんな圧倒的な力の差を目の当たりにしても、逃げ出さずに、その速度を緩めずに天聖軍に対してそのまま襲い来ることができたんやろうか?)
 ダウターの解説も今は煩わしいだけだ。わかったよ! もうわかったから! 終わりにしよう! もうみんな終わりにしてくれ!
(魔力って一体何だと思ってたー? 僕たちが使ってるこの力、物理法則の通じない謎の不思議で都合のいい力だよねー。これってなんだと思ってたの?)
 ブレイカーが重ねて畳みかけてくる。ふざけるな! お前たちはそれを知っていてずっと使っていたのか! この呪われた……魔の力を……!
 僕たちがいるのは僕の意識の中で、胃も喉もここには存在しているはずがないのに、そのどちらもが焼けるように熱かった。僕はずっと意識の中でありとあらゆるものを吐き続け、目からは涙が止まることなく流れ続けている。
(あーあー、こりゃもうダメなんじゃない? ママ)
(彼を信じるしかないわ。ここで目を塞いでしまうなら、今回の私達は終わりよ)
 随分と冷静な声で会話をしているルイナーとコネクター。お前達にもこの景色が見えているんだろう!? どうしてそんなに平静でいられるのだ! お前たちはもう人の心を完全に失っているのか!?
(顔を上げるんだ、オール。そしてその目と心に焼き付けなさい。この転生世界で何が起きているのかを)
 どうして……どうしてこんなことをさせるんだ! やっぱり転生なんてするんじゃなかった! 全能なんていらない! アンタッチャブルも天聖軍ももうどうだっていい! とにかく僕を殺してくれ……こんなことには僕は耐えられない……
(君がここで折れてしまえば、この景色はこれからずっと世界のどこかで繰り返されていくのだ)
(うぎぎ……ぐうぅ……)
(見たまえ、私たちが魔物と呼んだ彼らの顔を。私達が使うこの呪われた力を。それを奮う者達の顔を。しっかりと見るんだ)
(くそぉ……クソおおおお!)
 怒りか悲しみか、とにかくありとあらゆる感情がまぜこぜになったそれを爆発させ、僕は顔をあげて目を見開く。
そこでは丁度僕とSSクラスの仲間たちが、嬉々として自分たちの力を見せつけているところだった。
 瞬時に意識の底から吐き気が沸き起こる。なんとかそれを口元で抑え込むと、グプゥ……と嫌な音がした気がした。
 天聖軍と僕たちが着ていたはずの純白の鎧はいつの間にか色とりどりの肌着に変わっていた。迫りくる人間達のその表情に変わりはなかったが、皆一様に涙を流している。

 クラスの仲間が弓を引き絞り、たくさんの矢を放った。弓は赤く、矢は白かった。
 召喚士が何かを召喚した。それは小さく、四つん這いの姿で這いまわっていた。
 魔術士は魔法を撃った。そのどれもが表情を持ち、泣くようにして人間達を粉々にした。
 僕は……僕は光の剣を……光の剣だと思っていたものを嬉々として振り回していた。

 肉と骨だった。
 僕たちが武器だと思って使っていたものは全て肉と骨だったのだ。
 人間達は取り戻しに来ていたのだ。
 肉と骨を取り返そうとしていたのだ。
 そこにはまだ生きている肉もあったから。
 
 魔法はまさに魔の法だった。そのどれもから憎しみの色と気配が伝わってくる。それが一体何かであるかははっきりとはわからなかったが、よくないものであるのはすぐにわかった。
 天聖軍は……、色とりどりの肌を鎧の様にして着た天聖軍は、赤と白を人間達に叩きつけていた。そしてある人間にそれが叩きつけられる時、その人間は歓喜の涙を流し、両手を広げてその肉を抱きしめようとして死んでいった。

 僕たちは……天聖軍は……恐らくではあるが……人間の子供のような物を使っていた。それらを使役し、時には撃ち放ち、時には叩きつけていた。
 魔法が一つ放たれるたび、そこから子供の泣き声や叫び声が上がっているように聞こえた。撃ちだされた火の玉にはその表情がくっきりと浮かび上がり、怨嗟の声を風切り音として飛んでいた。
 人間達の叫びはどれもこれもが人の名前のようだった。彼らはその名を持つ誰かを探して……そして取り返すために天聖軍に向かって走っていた。どれだけ力の差があろうと、どれだけ周りの人間が無残に殺されようと。我が子をその手に取り戻そうと両手を突き出して走っていた。

 そこは……地獄であった。

 
 
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