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第三章
3-42 ブレイカー16
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僕はまた裁判所で目覚める。この目覚めがこれほど嬉しいのは何回目ぶりだろうか? リーダーとはお互いに軽く頷くだけですぐに出発する。導きの扉から出た一番目の世界には前回と変わらずダウターが待ちくたびれたようにして立っていた。
(杞憂だったね)
まるで今生の別れであるかのような物言いをしていた前回のダウターを思い出すが、たまたま大げさだっただけのようだ。それともブレイカーを救う算段が付いた安堵などから感情の振れ幅が大きくなっていたのかもしれない。
「メディカルキュアコピーブレイクアウトレコード」
破壊された世界を元に戻すための能力を発動する。この効果をただズラズラと並べただけの、正直いって格好いいとは言えない技名だが、自分の思考を切らさず目的の能力をちゃんと発動するには、こうやって一息で声に出して言ってしまうのが確実なのだ。
目の前に光り輝く本が現れ、増殖しながら世界のどこかへ飛んでいった。後は本が決まった数まで自動的に増殖してはまた世界のどこかへ飛んでいくだろう。たったこれだけの手順で終わり。今までと比べて必要な時間は圧倒的に短縮された。
「行こう。ダウター」
彼は既に導きの扉を召喚し、その扉を大きく開けて僕を待っていた。今回の彼はどこまで知っているのだろうか。
淡く光る銀色の膜に飛び込む。あとはこれをひたすら繰り返すだけだ。
(待っててくれよ。ブレイカー)
僕はまた次の世界で能力を発動した。
「ああっ! そんな!」
中空から降り注ぐ豪雨のような攻撃はブレイカーの身体を通り抜け、その全てが自分の両親であるヨーコとケータに突き刺さる。
「たすけて! オール……! ダウター! リーダー! 誰か……誰か助けてえ……!」
ブレイカーは両手をしっかりと握る。この手が少しでも離れてしまえばこの二人はすぐに消し炭になってしまう。何があっても離すわけにはいかない。
「ぐぐああ……」
二人の顔はひどく歪み、口からは苦しみの呻き声が漏れ続ける。一見して彼らの身体には何の異常も見られないが、それはブレイカーの全治の力が働き続けているからだ。空から降りそそぐ攻撃は本来であれば彼らの命を一秒もかからず奪い去っていただろう。しかしそんな絶死の攻撃もブレイカーの力で全てその瞬間に治してしまう。二人に絶死の痛みだけを残し続けて。
「どうすれば……どうすればいいの……」
こんな時にリーダーがいれば、必ず正解を教えてくれた。ダウターがいれば、大丈夫やろと笑ってくれた。コネクターとルイナーがいれば、すでに敵は塵と化しているだろう。ナビゲーターがいれば、はるか離れた場所に逃げられただろう。
(誰か……)
しかし今ここには誰もいない。激しい痛みに身体をよじらせる両親の姿を、じっと眺める事しかできない無能の自分がいるだけなのだ。
「ケータさん、ヨーコさん。大丈夫だからね。きっとボクの仲間がすぐに助けてくれるから」
自分に言い聞かせるように話しかける。二人は身体中に脂汗を流し、強く目を瞑り歯を食いしばりながら首を上下に振る。
なんともどかしく、なんと辛い時間だろうか。
ブレイカーは自分の一番最初の、全治の力だけを与えられて転生し、人間兵器となって痛みを失うまで己が身をすり潰していた時を思い出した。
(あの時以上に辛い事なんてないと思っていたのに……!)
この両手を離せば自分の両親は死ぬ。しかし離さなければ死ぬほどの痛みを無限に味わい続ける。自分は運よく痛みを失うことができたが、そこに至るまでに一体どれだけの時間を費やした? 数年などという甘い話ではない。そんな遥かに長い時間、自分の両親の苦しむ顔を見続ける事ができるだろうか。
(無理だよ……)
彼らの口から叫び声や呻き声が聞こえるたび、彼らの手を握る力が弱くなる。それでもすぐに思いなおして力を入れなおすが、自分も両親もそう長く耐えられるとは思えなかった。
(それに……)
この全治の力は呪われた破壊の力だ。自分は両親の事を良く知っている。両親がとても良い人たちだと知っているから彼らを自分の操り人形に直してしまわずにすんでいるのだ。しかし万が一、彼らが自分にとって良い人ではなくなってしまったとき、自分の両親は別の何かに書き換えられてしまうだろう。
(怖い……怖いよ……)
知らず知らずのうちに身体が震えだす。こんな感情はいつぶりだろうか? 第一世代が天聖者達が神の間に集められ、神によって自分たちが行ってきた事を知らされたとき、あのリーダーでさえも最初は死を選んだ。しかしあの時にあったのは激しい後悔と自己嫌悪であり、恐怖ではない。
ブレイカーの身体の震えは彼女の両手を通り、その手に握る両親にと伝わり二人の身体を激しく揺らす。
(と、とめなきゃ)
ブルブルと震える自分の腕に力を込める。しかし震えは一向に収まる気配を見せず、それどころかガチガチと大きく歯を鳴らしてしまうほど、彼女の震えは大きくなっていった。
(止めなきゃ……止めなきゃ……!)
もはやパニック状態にあるのは明らかだったが、本人だけはなんとか自分の震えを止めようと試行錯誤している。
「大丈夫だからね! 大丈夫だからね!」
手を握る二人に言っているのか、それとも自分に言っているのかすらわからない。とにかく何か喋っていないとブレイカー自身が先に壊れてしまいそうだったのだ。
「大丈夫……大丈夫……。リーダーならきっとすぐに気付いてくれる。すぐに誰かが助けに来てくれる……」
地面に突っ伏せるかのように身体を小さく丸め、それでもその両手は決して離さず、ブレイカーは身体を震わし続ける。
「私が助ける……ボクが助けるんだ……助けるよ……大丈夫……大丈夫……」
手を離せばパパとママは死ぬ。手を繋げばパパとママは死に続ける。手を繋げばパパとママは壊れてしまう。手を離せばパパとママは消えてしまう。
ブレイカーの頭に『離す』と『繋ぐ』が無限に浮かんでは消え、グルグルと回っては上下に飛び跳ねて脳を揺らす。
繋ぐ、離す、繋ぐ、離す、繋ぐ、離す。
もはや言葉の持つ意味さえあやふやになる。目の前で苦しみもがく二人の転生者が、パパとママだということはわかっているのに誰だかわからなくなる。彼らと繋いでいる両手の感覚が消えていく。それを逃がすまいと力を入れるが手ごたえはなく、自分の両手を見ても細い紐が自分の肩からぶら下がっているだけのように見えた。
「うわ……うわあああああああ」
ブレイカーは限界だった。人を殺す代わりに自分を殺し続けた優しい少女にはもはや限界だった。このままではさほど時間を置かずして、彼女に三度目の自我の崩壊が訪れる事は確実だった。その時……
ブレイカーは目の前に倒れこんだ。もしかして自分は力尽きてしまったのだろうか。一瞬思考が途切れた。しかしそうではなかった。自分の両手には感覚が戻っており、その両手が強く引かれていたのだ。
地面に仰向けに倒れている両親が、それぞれ繋いでいるブレイカーの手を強く引いたのだ。神経を焼き尽くすかのような痛みの中であるはずなのに、その手にはしっかりと力が込められていて、ブレイカーは自分の両親の間にうつぶせに倒れこむような形になった。
「恵子……」
遥か彼方の昔に呼ばれていた自分の名前に目を大きく見開く。慌てて立ち上がろうとするが、両脇から二人がそれを阻止するように身体全体でブレイカーを包み込む。
「恵子。大丈夫だ。パパとママは大丈夫だよ」
ケータとヨーコは空いている方の手でブレイカーの頭や背中をやさしくさする。
「パ……パパ……? ママ……?」
両脇から抑え込む力はとても優しく、まるで小さなころ親子三人、川の字になって寝ていたころのようだった。そういえば私が怖い夢を見て泣いたりしたときに、パパとママはこうして両側から優しく自分を包み込んでくれていた。
「大丈夫よ恵子。私たちは大丈夫」
そういって頭を撫でられているだけで、つい先ほどまで感じていた吐きそうになるほどの苦しみが溶けてなくなるようだ。
「私の事がわかってたの!?」
あの病院でずっと静かに座っていたころの私と、今の私では姿かたちから言動まで何もかもが違う。共通点など何もあるはずがないのに。
「当然だろう。私たちは恵子の親なんだ。あの裁判所のような不思議な場所で恵子を見た時から、パパとママはちゃんと気づいていたよ」
その言葉を聞いてブレイカーの目に涙が一気に溢れる。
「パパ……! ママ……!」
「そうよ。パパとママよ。恵子、大きくなったわね」
小さな子供がするように、ブレイカーは両親に抱かれながらワンワンと泣き続ける。痛覚と共に失ってしまった何もかも全てが、この身体に戻ってくるようだった。
「パパ! ママ! ごめんなさい! 私のせいで! 私のせいでこんなことに!」
謝らずにはいられなかった。生まれてからは死ぬまで病院の上で過ごし、他の親子がするような事を何もしてあげられなかった。死んでからは神によってこの呪われた力を与えられ、数えきれないほどの人を殺し続け、自分も死に続けた。そして今は自分の両親を殺し続けているのだ。大好きなパパとママを!
「謝る必要なんてない。恵子に会えただけでパパとママは本当に嬉しかった。恵子が元気に歩いている姿を見るだけで、どれだけ僕たちが嬉しかったことか」
「そうよ。私たちはずっと謝りたかった。元気に生んであげられなくてごめんなさい。私たちのせいであなたがずっと学校にも行けず、子供らしいことを何一つさせてあげられなかった。親らしいことを何もできなかった。ずっと謝りたかったの」
つないだ手に力が込められたのが分かった。自分もしっかりとその手を握り返す。
「パパとママのせいじゃない! 私は……! 私は幸せだった! 幸せだったよ! ずっと……ずっと幸せだったの!」
そうだ。私はずっと幸せだった。パパとママは私の治療費の為に一生懸命働きながら、空いた時間は全て私の為に使ってくれていた。私のせいでパパとママはずっと疲れていたはずなのに、パパとママはずっと笑ってくれてた!
「ありがとう……。パパとママもずっと幸せだった。恵子と過ごした時間はそのどれもが宝物だ。姿かたちが変わっても、それは決して変わらない」
ああ! パパとママも幸せだったんだ! よかった……! よかった……!!
「アナタ……」
「ああ、大丈夫だ、洋子。きっと恵子もわかってくれる」
「え……?」
パパとママは何かを決心したように、また強くブレイカーの身体を抱き、繋いだ手に力を込めた。
「恵子……。パパとママは本当に幸せだった。あの病弱だった恵子がこんなにも強く、そして優しく育ってくれて、本当に嬉しかった」
「……やだ……やだ……」
過去形で話をしはじめた父親に、何か嫌な予感を感じて拒絶の言葉を吐く。
「私たちは恵子が苦しんでいる姿を見るのが何よりも辛い。それが私たちのせいならなおさら」
続けて母親も言葉を繋いだ。二人に自分の能力の説明など一度もしたことはなかった。それでも彼らは、「まるでブレイカーの力やその苦しみを全て理解しているかのようだった。
「ちがう……、ちがうよ……。何もつらくなんてないの。パパとママがいてくれたら、私は大丈夫なの」
何度も首を横に振りながら、ダダをこねるようにすがりつく。しかし内心ではブレイカーも理解していたのだ。この時間が永遠に続くものではないと。
「恵子はパパとママの一番の大切な宝物だ。そして……弱いパパとママを許してほしい。恵子の為にこの痛みを耐え続ける事ができない、弱い僕達を許してほしい」
そうだ。今まともに会話ができているだけで、それは奇跡のような出来事なのだ。こうしている間にも空から降り注ぐ数多の攻撃は自分の両親を殺し続けていて、その痛みを全身に与え続けている。
「ごめんなさい。恵子。でも私たちは恵子が無事なら、他は全部なんだっていいの。そしていつか私たちがこの痛みに負けた時、あなたによくない言葉を投げつけてしまわないかが一番怖いの」
ブレイカーを突然ひどい悪寒が襲った。このまま二人を喋らせてはいけない。この先の言葉を聞いてはいけない。もしそれを聞いてしまったら、一生後悔するような、自分が壊れてしまうような出来事が起きてしまう。
「恵子。自分の子供にこんなことを頼むのは本当に情けないし、すまないと思っている。だが……」
ダメだ! ダメ! その先を言っちゃだめ! きっと……きっと変えてしまう! 大好きなパパとママを! 別の何かに変えてしまう! 私のこの呪われた力が……、二人を直してしまう!
「私たちに思い残すことはないわ。元気で過ごすのよ。ずっと見守っているからね」
止めて! 二人を止めて! 何でもいい! 誰でもいいから!
「だから……」
助けるって言ったじゃない! 私を……ボクを……!
「たすけるっていったじゃない! オールゥゥゥゥゥ!」
瞬間、彼らの周りに何層にも重なったシールドが現れた。たくさんの色が重ねられたそのシールドは、シャボン玉にゆらめく模様の様に美しく幻想的に輝き、空から降り注ぐ全ての攻撃を防いでいた。
「ああ、言ったよ。助けるって」
僕は光の剣を召喚した。
(杞憂だったね)
まるで今生の別れであるかのような物言いをしていた前回のダウターを思い出すが、たまたま大げさだっただけのようだ。それともブレイカーを救う算段が付いた安堵などから感情の振れ幅が大きくなっていたのかもしれない。
「メディカルキュアコピーブレイクアウトレコード」
破壊された世界を元に戻すための能力を発動する。この効果をただズラズラと並べただけの、正直いって格好いいとは言えない技名だが、自分の思考を切らさず目的の能力をちゃんと発動するには、こうやって一息で声に出して言ってしまうのが確実なのだ。
目の前に光り輝く本が現れ、増殖しながら世界のどこかへ飛んでいった。後は本が決まった数まで自動的に増殖してはまた世界のどこかへ飛んでいくだろう。たったこれだけの手順で終わり。今までと比べて必要な時間は圧倒的に短縮された。
「行こう。ダウター」
彼は既に導きの扉を召喚し、その扉を大きく開けて僕を待っていた。今回の彼はどこまで知っているのだろうか。
淡く光る銀色の膜に飛び込む。あとはこれをひたすら繰り返すだけだ。
(待っててくれよ。ブレイカー)
僕はまた次の世界で能力を発動した。
「ああっ! そんな!」
中空から降り注ぐ豪雨のような攻撃はブレイカーの身体を通り抜け、その全てが自分の両親であるヨーコとケータに突き刺さる。
「たすけて! オール……! ダウター! リーダー! 誰か……誰か助けてえ……!」
ブレイカーは両手をしっかりと握る。この手が少しでも離れてしまえばこの二人はすぐに消し炭になってしまう。何があっても離すわけにはいかない。
「ぐぐああ……」
二人の顔はひどく歪み、口からは苦しみの呻き声が漏れ続ける。一見して彼らの身体には何の異常も見られないが、それはブレイカーの全治の力が働き続けているからだ。空から降りそそぐ攻撃は本来であれば彼らの命を一秒もかからず奪い去っていただろう。しかしそんな絶死の攻撃もブレイカーの力で全てその瞬間に治してしまう。二人に絶死の痛みだけを残し続けて。
「どうすれば……どうすればいいの……」
こんな時にリーダーがいれば、必ず正解を教えてくれた。ダウターがいれば、大丈夫やろと笑ってくれた。コネクターとルイナーがいれば、すでに敵は塵と化しているだろう。ナビゲーターがいれば、はるか離れた場所に逃げられただろう。
(誰か……)
しかし今ここには誰もいない。激しい痛みに身体をよじらせる両親の姿を、じっと眺める事しかできない無能の自分がいるだけなのだ。
「ケータさん、ヨーコさん。大丈夫だからね。きっとボクの仲間がすぐに助けてくれるから」
自分に言い聞かせるように話しかける。二人は身体中に脂汗を流し、強く目を瞑り歯を食いしばりながら首を上下に振る。
なんともどかしく、なんと辛い時間だろうか。
ブレイカーは自分の一番最初の、全治の力だけを与えられて転生し、人間兵器となって痛みを失うまで己が身をすり潰していた時を思い出した。
(あの時以上に辛い事なんてないと思っていたのに……!)
この両手を離せば自分の両親は死ぬ。しかし離さなければ死ぬほどの痛みを無限に味わい続ける。自分は運よく痛みを失うことができたが、そこに至るまでに一体どれだけの時間を費やした? 数年などという甘い話ではない。そんな遥かに長い時間、自分の両親の苦しむ顔を見続ける事ができるだろうか。
(無理だよ……)
彼らの口から叫び声や呻き声が聞こえるたび、彼らの手を握る力が弱くなる。それでもすぐに思いなおして力を入れなおすが、自分も両親もそう長く耐えられるとは思えなかった。
(それに……)
この全治の力は呪われた破壊の力だ。自分は両親の事を良く知っている。両親がとても良い人たちだと知っているから彼らを自分の操り人形に直してしまわずにすんでいるのだ。しかし万が一、彼らが自分にとって良い人ではなくなってしまったとき、自分の両親は別の何かに書き換えられてしまうだろう。
(怖い……怖いよ……)
知らず知らずのうちに身体が震えだす。こんな感情はいつぶりだろうか? 第一世代が天聖者達が神の間に集められ、神によって自分たちが行ってきた事を知らされたとき、あのリーダーでさえも最初は死を選んだ。しかしあの時にあったのは激しい後悔と自己嫌悪であり、恐怖ではない。
ブレイカーの身体の震えは彼女の両手を通り、その手に握る両親にと伝わり二人の身体を激しく揺らす。
(と、とめなきゃ)
ブルブルと震える自分の腕に力を込める。しかし震えは一向に収まる気配を見せず、それどころかガチガチと大きく歯を鳴らしてしまうほど、彼女の震えは大きくなっていった。
(止めなきゃ……止めなきゃ……!)
もはやパニック状態にあるのは明らかだったが、本人だけはなんとか自分の震えを止めようと試行錯誤している。
「大丈夫だからね! 大丈夫だからね!」
手を握る二人に言っているのか、それとも自分に言っているのかすらわからない。とにかく何か喋っていないとブレイカー自身が先に壊れてしまいそうだったのだ。
「大丈夫……大丈夫……。リーダーならきっとすぐに気付いてくれる。すぐに誰かが助けに来てくれる……」
地面に突っ伏せるかのように身体を小さく丸め、それでもその両手は決して離さず、ブレイカーは身体を震わし続ける。
「私が助ける……ボクが助けるんだ……助けるよ……大丈夫……大丈夫……」
手を離せばパパとママは死ぬ。手を繋げばパパとママは死に続ける。手を繋げばパパとママは壊れてしまう。手を離せばパパとママは消えてしまう。
ブレイカーの頭に『離す』と『繋ぐ』が無限に浮かんでは消え、グルグルと回っては上下に飛び跳ねて脳を揺らす。
繋ぐ、離す、繋ぐ、離す、繋ぐ、離す。
もはや言葉の持つ意味さえあやふやになる。目の前で苦しみもがく二人の転生者が、パパとママだということはわかっているのに誰だかわからなくなる。彼らと繋いでいる両手の感覚が消えていく。それを逃がすまいと力を入れるが手ごたえはなく、自分の両手を見ても細い紐が自分の肩からぶら下がっているだけのように見えた。
「うわ……うわあああああああ」
ブレイカーは限界だった。人を殺す代わりに自分を殺し続けた優しい少女にはもはや限界だった。このままではさほど時間を置かずして、彼女に三度目の自我の崩壊が訪れる事は確実だった。その時……
ブレイカーは目の前に倒れこんだ。もしかして自分は力尽きてしまったのだろうか。一瞬思考が途切れた。しかしそうではなかった。自分の両手には感覚が戻っており、その両手が強く引かれていたのだ。
地面に仰向けに倒れている両親が、それぞれ繋いでいるブレイカーの手を強く引いたのだ。神経を焼き尽くすかのような痛みの中であるはずなのに、その手にはしっかりと力が込められていて、ブレイカーは自分の両親の間にうつぶせに倒れこむような形になった。
「恵子……」
遥か彼方の昔に呼ばれていた自分の名前に目を大きく見開く。慌てて立ち上がろうとするが、両脇から二人がそれを阻止するように身体全体でブレイカーを包み込む。
「恵子。大丈夫だ。パパとママは大丈夫だよ」
ケータとヨーコは空いている方の手でブレイカーの頭や背中をやさしくさする。
「パ……パパ……? ママ……?」
両脇から抑え込む力はとても優しく、まるで小さなころ親子三人、川の字になって寝ていたころのようだった。そういえば私が怖い夢を見て泣いたりしたときに、パパとママはこうして両側から優しく自分を包み込んでくれていた。
「大丈夫よ恵子。私たちは大丈夫」
そういって頭を撫でられているだけで、つい先ほどまで感じていた吐きそうになるほどの苦しみが溶けてなくなるようだ。
「私の事がわかってたの!?」
あの病院でずっと静かに座っていたころの私と、今の私では姿かたちから言動まで何もかもが違う。共通点など何もあるはずがないのに。
「当然だろう。私たちは恵子の親なんだ。あの裁判所のような不思議な場所で恵子を見た時から、パパとママはちゃんと気づいていたよ」
その言葉を聞いてブレイカーの目に涙が一気に溢れる。
「パパ……! ママ……!」
「そうよ。パパとママよ。恵子、大きくなったわね」
小さな子供がするように、ブレイカーは両親に抱かれながらワンワンと泣き続ける。痛覚と共に失ってしまった何もかも全てが、この身体に戻ってくるようだった。
「パパ! ママ! ごめんなさい! 私のせいで! 私のせいでこんなことに!」
謝らずにはいられなかった。生まれてからは死ぬまで病院の上で過ごし、他の親子がするような事を何もしてあげられなかった。死んでからは神によってこの呪われた力を与えられ、数えきれないほどの人を殺し続け、自分も死に続けた。そして今は自分の両親を殺し続けているのだ。大好きなパパとママを!
「謝る必要なんてない。恵子に会えただけでパパとママは本当に嬉しかった。恵子が元気に歩いている姿を見るだけで、どれだけ僕たちが嬉しかったことか」
「そうよ。私たちはずっと謝りたかった。元気に生んであげられなくてごめんなさい。私たちのせいであなたがずっと学校にも行けず、子供らしいことを何一つさせてあげられなかった。親らしいことを何もできなかった。ずっと謝りたかったの」
つないだ手に力が込められたのが分かった。自分もしっかりとその手を握り返す。
「パパとママのせいじゃない! 私は……! 私は幸せだった! 幸せだったよ! ずっと……ずっと幸せだったの!」
そうだ。私はずっと幸せだった。パパとママは私の治療費の為に一生懸命働きながら、空いた時間は全て私の為に使ってくれていた。私のせいでパパとママはずっと疲れていたはずなのに、パパとママはずっと笑ってくれてた!
「ありがとう……。パパとママもずっと幸せだった。恵子と過ごした時間はそのどれもが宝物だ。姿かたちが変わっても、それは決して変わらない」
ああ! パパとママも幸せだったんだ! よかった……! よかった……!!
「アナタ……」
「ああ、大丈夫だ、洋子。きっと恵子もわかってくれる」
「え……?」
パパとママは何かを決心したように、また強くブレイカーの身体を抱き、繋いだ手に力を込めた。
「恵子……。パパとママは本当に幸せだった。あの病弱だった恵子がこんなにも強く、そして優しく育ってくれて、本当に嬉しかった」
「……やだ……やだ……」
過去形で話をしはじめた父親に、何か嫌な予感を感じて拒絶の言葉を吐く。
「私たちは恵子が苦しんでいる姿を見るのが何よりも辛い。それが私たちのせいならなおさら」
続けて母親も言葉を繋いだ。二人に自分の能力の説明など一度もしたことはなかった。それでも彼らは、「まるでブレイカーの力やその苦しみを全て理解しているかのようだった。
「ちがう……、ちがうよ……。何もつらくなんてないの。パパとママがいてくれたら、私は大丈夫なの」
何度も首を横に振りながら、ダダをこねるようにすがりつく。しかし内心ではブレイカーも理解していたのだ。この時間が永遠に続くものではないと。
「恵子はパパとママの一番の大切な宝物だ。そして……弱いパパとママを許してほしい。恵子の為にこの痛みを耐え続ける事ができない、弱い僕達を許してほしい」
そうだ。今まともに会話ができているだけで、それは奇跡のような出来事なのだ。こうしている間にも空から降り注ぐ数多の攻撃は自分の両親を殺し続けていて、その痛みを全身に与え続けている。
「ごめんなさい。恵子。でも私たちは恵子が無事なら、他は全部なんだっていいの。そしていつか私たちがこの痛みに負けた時、あなたによくない言葉を投げつけてしまわないかが一番怖いの」
ブレイカーを突然ひどい悪寒が襲った。このまま二人を喋らせてはいけない。この先の言葉を聞いてはいけない。もしそれを聞いてしまったら、一生後悔するような、自分が壊れてしまうような出来事が起きてしまう。
「恵子。自分の子供にこんなことを頼むのは本当に情けないし、すまないと思っている。だが……」
ダメだ! ダメ! その先を言っちゃだめ! きっと……きっと変えてしまう! 大好きなパパとママを! 別の何かに変えてしまう! 私のこの呪われた力が……、二人を直してしまう!
「私たちに思い残すことはないわ。元気で過ごすのよ。ずっと見守っているからね」
止めて! 二人を止めて! 何でもいい! 誰でもいいから!
「だから……」
助けるって言ったじゃない! 私を……ボクを……!
「たすけるっていったじゃない! オールゥゥゥゥゥ!」
瞬間、彼らの周りに何層にも重なったシールドが現れた。たくさんの色が重ねられたそのシールドは、シャボン玉にゆらめく模様の様に美しく幻想的に輝き、空から降り注ぐ全ての攻撃を防いでいた。
「ああ、言ったよ。助けるって」
僕は光の剣を召喚した。
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