テンセイミナゴロシ

アリストキクニ

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第三章

3-41 ブレイカー15

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 リーダーはそのローブからわずかに覗く細い足から想像もできない程早く動いた。僕は彼が移動したことだけをなんとか認識できたが、その時には既に彼の右手が僕の腹部に突き刺さっていた。
「ぐおっ!」
 自分の口から勝手に情けない呻き声が漏れ出る。リーダーはまた素早く身体を動かし、今度は僕の胸部に鈍い痛みが走る。
「あが!」
 彼の攻撃は僕の身体に大きなダメージを与えるようなものではない。一旦距離を取ろうと後ろに跳躍したが、まるで反応できない彼の速さのせいで、僕は攻撃から逃げる事ができなかった。
 そこからまた何度か手刀が撃ちだされたが、その全ては僕の身体のいたるところにしっかりと命中し、僕は何度も情けない声をあげる事となる。たまらず僕は自分の全能の力を使い、物理攻撃無効を発動した。
「というわけで御覧の通り」
 リーダーは手を下げ、その代わりに口を開く。
「君のその素晴らしい全能も、他人から借りたスキルを改良して進化させる能力も、実戦において先手を取られた時点で何の意味もない。超巨大兵器のような突拍子もない想像をそのまま現実にしてしまえるような君の力も、相手の攻撃に反応することができなければ終わりだ」
 彼は僕に見せつけるかのように恐ろしい速さで移動を繰り返す。彼がわずかに速度を緩めた瞬間に残像がその場に現れては消えていく様はまるで分身の術だ。
「君にもこれぐらいはできるだろう。やってみなさい」
 現れては消えるリーダーの残像があらゆる方向から語り掛けてくる。彼はまるで容易い事であるかのように言っているが、僕は自分の力だけで彼の様に早く動くことなどできない。
(早く動く)
 こう考えた瞬間に脳裏に様々な加速や移動のスキルがリストアップされる。その一つを無作為に発動し、自分の移動速度をリーダーと同じにする。幸いな事に、この時に『自分の速度を上げる』ための身体機能なども強化される。急に何倍にもなった自分のスピードに酔う事や、身体中の筋肉がそのスピードに負けて引きちぎれるような事もない。まこと天聖者の能力というのは都合がよくできている。
「何の研鑽もなく私と同じステージに立つことができる君には嫉妬すら覚えるよ。それではそのまま私の様に分身はできるかな」
 また僕が分身したいと考えると、該当するスキルが一覧となって脳裏に現れる。また無作為に一つ選ぶと、自分の姿が五つに分裂した。といっても僕からは自分の周りに自分のコピーが四体出てきたようにしか見えないし感じられない。
「私はたくさんの能力者達と戦ってきた。分身をする相手への対策で一番いいのは範囲攻撃だ。全ての分身を同時に攻撃してしまえばいい」
 そういって彼は野球のバッターの様に身体を大きく捻る。
(防御を固めなければ!)
 リーダーの攻撃予告に僕の意志は防御を要求する。自動的に分身は解かれ、脳内には防御系のスキルがズラズラと並ぶ。彼の攻撃が繰り出される前に可能な限りのそれらを発動させた。
「オールはさっき既に物理攻撃無効を発動していただろ? そう怯える必要はない」
 リーダーは身体を捻ったその体勢から、細い腕を目いっぱいに伸ばしてそれをバットの様にフルスイングをする。その速度は僕が反応できなかった一番初めの手刀と同じであったが、今は僕も加速しているので今回は目で追うことは出来た。
(そう。こんな単純な攻撃が僕に通用するはずがないんだが……)
 物理攻撃無効どころか用心の為に魔法効果無効も一緒に発動している。魔法攻撃無効ではないのはダウター戦で痛い目をみたからだ。これで魔法を使ったバフを自分にかけることはできないが、スキルなら問題ない。
 彼の腕が僕の身体に触れるその瞬間まで、僕は防御スキルを発動させ続ける。そして彼の腕が僕の首に勢いよくぶつかり、そのまま止まった。
「ほら、なんのダメージもないだろう」
 リーダーは移動を続けながらその腕を引く。
「さあもう一度だ。次はタダのビンタさ。もしかしたらその物理攻撃無効も必要ないかもしれないよ」
 僕が余裕をもって動きを確認できるぐらい、ゆっくりとした速さでリーダーの手が右手が揃えられ、正面から相対する僕の左頬に近づいてくる。
(確かにこの速さと今までの攻撃の威力から考えると大した防御の必要はないかもしれない。しかし……)
 僕はまた彼の手が僕の頬に触れるまでのしばらくの間、ありとあらゆる防御スキルを発動し続ける。
(もしこれがあの時の威力を持っていたら……)
 ブレイカーが裁判所で暴走し、ダウターは僕の身代わりとなって死に、僕自身も自殺に近い特攻攻撃をするぐらいしかできなかった。それほどの力量差のあるブレイカーを、このリーダーは片手から撃ちだした魔法だけで制圧したのだ。この一見して老人が孫をなでるような動きにしか見えない張り手に、どれほどの威力が隠されているかわからない。あの時のリーダーはこの老木の姿ではなく、生命力に満ち溢れた肉体に神を思わせるオーラを纏っていた。それでも今の目の前の老人に、その力が出せないと誰が証明してくれるというのだ?
 そして僕のその用心を杞憂とでも笑う様に、リーダーの手のひらが僕の顔にそっと触れる。それはビンタといえるようなものですらなく、本当にただ僕の顔に優しく触れただけのように思えた。いくら防御系のスキルを重ねているとはいえ、相手の攻撃の強さは周囲への衝撃や鳴り響いた音などである程度は推察できる。しかし彼のこの優しい接触は、僕の髪を揺らすほどの風すら起こさなかった。

「まあこんなところだろう」
 リーダーが高速移動をやめて静かに立ち止まる。僕もそれに合わせて高速移動のスキルを解除し、発動させていた防御スキルも解除や時間切れで効果を失った。
「お優しいことですなあ」
 僕たちのやり取りを見ていたダウターがリーダーに声をかける。
「オールはちゃんと自分で全能の進化した使い方に気づいたからね。そこから先、戦闘を繰り返すことで得られる経験や知識を教えることはズルにはならないさ」
「まあ確かにそうですわな。そこまで全部自分でやろうとしたら、経験なんてもんの前に死んでまうかもしれん。命は一つやし、大切にせんとですね」
「それにほんのちょっとだけ、一瞬オールがよからぬ顔をしたからね。力に溺れたり過信したりする人の入口の入口に彼は立っていた」
「そら転生世界中のチート能力を組み合わせて使うことができるなんて、俺やったら大笑いして好き勝手やりますわ。合体ロボやらなんやらを見た時にも思いましたけど、ほんまにオールが転生能力に無欲でよかったです」
 ダウターがケラケラと笑う。リーダーも表情こそフードの奥に隠れて見えないが、なんとなく一緒に笑っているように感じた。
「さあ、オール。色々気付けた事があっただろう。聞かせておくれ」
 二人は談笑をやめ僕の方を向いて問う。
「そうですね……」
 あの一瞬の、ほんの数度の攻撃を受けただけでも、僕の全能の弱さが如実に表れていた。
「まずは僕がどれだけたくさんの能力を使えるのだとしても、身体能力を使った動きには限界があるということ」
 リーダーは自分の加速と減速でたくさんの分身を作り出していたが、僕はそれができなかった。加速と減速を使っていることは理解できても、実際に自分の速度をどう変えれば分身したように見えるかがわからなかったからだ。結局僕は誰かのスキルを使って分身したが、僕の全能で使うスキルは実際に発動するまで詳細は分からない。『分身したい』と考えて発動したスキルなので分身をすることだけは保証されているが、分身の数や性質などはまるでわからないのだ。
「それに物理攻撃無効とか、そういったスキルにたいして意味がない事」
 桁違いの力を持った相手の攻撃を、『攻撃無効を発動してるから』と何の疑いもなく受ける事ができる人間がどれだけいるだろうか? どこかの誰かが使っていたこの能力のどこかに落とし穴がないと誰が言い切れる? 
「相手の攻撃予告に対してとても簡単に後手を踏む事」
 『防御しよう』と思うような動きを相手にされた時点で、僕は防戦一方になってしまう。よっぽど格下であるような相手でさえ、致死性の何かを隠した攻撃である可能性はゼロではない。天聖軍に居た時、たくさんの敵を圧倒的な力で撃ち滅ぼしていたあの時なら、自分の全能に何の疑問も持たず、自分の無敵に自信を持って攻撃に転じられたかもしれないが、これまでに理解を超える強さを散々目のあたりにしてきてしまった今の僕には到底無理だ。
「そうだね。君がブレイカーと戦った時、まるで相手にならなかった理由もそこにある。君は自分が勝利を確信できる相手としかまともに戦う事ができない」
 全くひどい話じゃないか。強い相手には防戦一方になってろくに戦えず、格下の相手の時だけは全能を使った圧倒的な勝利を収めることができるなんて。ヒーローや救世主なんかとは程遠い。自然と僕は俯いて視線は下を向き、頬は涙に濡れていた。
「それでも……そんな僕でも……」
「それでも?」
 そう。それでもだ。
「僕はブレイカーを助けることができる」
 嬉し涙を袖で拭い顔を上げ、深くかぶられたフードの奥をじっと見つめる。彼の顔を実際に見ることはできなかったが、なんとなく笑っているように思えた。
「その通りだ」
 リーダーが大きく頷いた。

 ここで出来ることはもう残っていないだろう。次の人生へやり直すためリーダーに殺してもらう準備をしていると、ダウターが寂しそうに笑いながら近づいてくる。
「お別れやなあ、オール。この世界ではブレイカーを助けることはできんかったけど、次のブレイカーはよろしゅう頼む」
 まるで永遠の別れのような雰囲気を出すダウターを見て、彼にしてはつまらない冗談だなと思う。
「いやいや、僕が何回もやり直してることも知ってるでしょ。どうしたんですか急に。また次の世界で会いましょう」
「ハハハ、せっかく涙の別れを演出しとるちゅうのにちょっとは乗っかれや。まあブレイカーが助かったらリーダーがその当たりも教えてくれるわ。行ってこい!」
 ダウターがバンバンと僕の背中を強く叩いてくるのに辟易したが、何はともあれリーダーに殺してもらえるよう目を瞑り、全身から力を抜き、それを待っていたかのようにリーダーが僕の身体を貫いた。

「お別れや、オール。世界を……みんなを頼んだで……」
 薄れゆく意識の中、ダウターの声だけが僕の頭に響いていた。
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