テンセイミナゴロシ

アリストキクニ

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第三章

3-39 ブレイカー13

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 一万七千百三十九番目の世界。いつもここで終わりを迎えている。全ての作業を終えてダウターが開けた導きの扉に向かって飛びこもうと走る。でも結果はわかっている。いつの間にかリーダーが僕の目の前を塞ぎ、彼にぶつかって終わりなのだ。これ以上先には進めない。
 それでも全力で身体を動かす。もはや自分の力ではどうにもならないことはわかっているが、神の奇跡やいたずらを期待しているのか、一度手を抜いてしまうとそこで気力が萎えてしまうことを恐れているのか、とにかく僕の身体は意識や思考を無視して最善の行動をとる。この先に失敗が待っていると理解していても。
(あれ……?)
 扉に飛び込む直前、いつもならリーダーに止められているタイミングで突如身体がふっと軽くなり、ほんの少しだけスピードが上がったように感じた。突風でも吹いたのか、それとも火事場の馬鹿力だろうか、何度繰り返しても届かなかったこの扉に身体が吸い込まれていく。その時僕は初めて一万七千百三十九番目の世界を超えることができた。
 一万七千百四十番目の世界に降り立った先には既にリーダーが待っていた。そりゃそうだ、どんな力が働いたのかはわからないが、短縮できたのは一秒か二秒ぐらいだろう。ならばいくら一万七千百三十九番目の世界を超えることができたとしても、その先にタイムアップが待っているのは変わらない。でも……
「十数回繰り返してやっと一つ前進かい。これじゃいつまでかかるかわからないね」
 リーダーの軽口も気にならない。とにかく僕は一つ進んだのだ。拳を握りしめ身体を振るわせてそれを実感する。
正直言ってあのままずっと一万七千百三十九番目でタイムアップを繰り返していたら、いつか僕は折れてしまっていただろう。暗い闇の中でやみくもに身体を動かしていた僕に、ようやく息継ぎをする余裕が生まれた。
「どうする? もう次に行くかい?」
 違和感に顔を上げる。一万七千百三十九番目でずっと詰まっていた時は、リーダーは無言で僕の胸に手刀を突き立てていた。
(もう、次に行くかい……)
 まだ僕にできることでもあるのだろうか。随分久しぶりに頭を働かせてみる。ここまで何度も何も考えずにただただ世界を通り過ぎてきただけだったので、まだ思考にモヤがかかっているようだ。
 リーダーに返事もせずに考え込む。僕の視界の隅にギリギリ入り込むようにダウターが動いた。飼い主にかまってほしい時の猫がやるようなその動きは、言いたいことを言い、やりたいことをやるダウターの性格から考えると随分控えめな動きだったので、かえって僕の目に留まったのだ。
 ダウターは両手からルービックキューブを召喚してはそれをぐるぐると動かして弄んでいる。縦横奥行きが五マスずつのそれらのキューブは、なんと百二十五個の魔法で構成されているのだ。そしてそのキューブが五つ空を舞っている。必要な魔法の数は……六百二十五個!!
(改めて考えるとすごいな)
 もちろんあのマス全てが別々の魔法というわけでもないだろう。もしかしたらキューブを構成している魔法の組み合わせは全て同じなのかもしれない。それでも百以上の魔法を制御して自由に動かすにはどれぐらいのセンスがいるのだろうか。
 ダウターは一旦全てのキューブを消し、右手と左手を軽く前に出す。手のひらを上に向け、右手に赤い立方体、左手に青い立方体を召喚した。促されるように僕も両手を出し、彼と同じことをやろうと試みる。
(ぐ……想像以上に難しいぞ)
 全能の力がここでも足を引っ張る。右手に赤い魔法を出したいと思った瞬間に、赤く燃え上がる魔法が即時に召喚される。これを四角く成型するにはどうすればいいか、『四角く成型された赤い魔法を右手に出したい』と、ここまでを一度の思考で達成しないとできないのだ。ではダウターと同じようにするにはどうしたらいいか。『左手に四角く成型された青い魔法を、右手に四角く成型された赤い魔法を出したい』。ここまでやってようやく両手に一つずつキューブ状の魔法が召喚できた。
 ダウターはそれを見て召喚するキューブのマス目を増やした。たった二×二×二の簡単なキューブだ。あれが魔法でなく、本当に実在するルービックキューブであったなら、幼稚園児にでも解くことのできる簡単なものだ。
 しかしそれを魔法で召喚しようとすると難易度がまるで違う。あんな単純なキューブを作るのでさえ、八個の魔法が必要なのだ。
(うぎぎぎ)
 なんとか同じものを召喚しようとしてみるが、組み合わせる八つの魔法やその場所と形を指定している間にどうしても思考が中断されてしまい、中途半端なものしかできあがらない。
 そんな僕を尻目にダウターは召喚するルービックキューブをどんどん複雑なものに変えてはそれを自由自在に動かして見せた。
 僕が召喚した所々が欠けたボコボコのキューブを彼と同じように宙に浮かす。これだけでもかなり集中力を必要とするし、何よりもその間は他の事を考えられそうにもない。僕にとって考えられないということは、すなわち何の能力も発動できないことを意味するのだ。
 天聖軍にいた時の事を思い返してみても、僕は相手の攻撃を視認して『相殺する』、『より強いもので相手ごと飲み込む』、などと考えて大技をぶっ放すような戦い方ばかりだった。『ありとあらゆるバフを』と考えるだけで無数の補助魔法が次々にかけられていくし、そのおかげで能力差で相手を圧倒することができていたのだ。
 しかしアンタッチャブルのメンバーと行動を共にしてからは、自分の弱点ばかり気づかされる。
(能力を同時に発動することもできないとはね……)
 ゲームに例えると一ターンに一つずつ魔法を詠唱しているようなものなのだ。それに比べてダウターは一ターンで百以上の魔法を同時に展開している。
(もしもあれと同じことが僕にもできたら……)
 いきなり十も百も同時に出せるようになる必要はない、たった二つ三つで十分なのだ。
 アカシックレコードを発動。医学に関わる部分をコピー。解毒の呪符を作成。医学書と呪符を世界中に散布。
「もうタイムアップだよ。たとえこれから先の世界を直したとしても、ブレイカーはもう壊れてしまった。もう間に合わないんだ」
 リーダーを再び無視してもう一度同じ手順を繰り返す。
 アカシックレコードを発動。医学に関わる部分をコピー。解毒の呪符を作成。医学書と呪符を世界中に散布。
「おいおい、君まで壊れてしまったのか? 一体何をやっている?」
 何度も何度も挑戦するが、どうしてもこの手順通りにしか能力を発動することができない。
 それでも僕は諦めずに同じことを何度も繰り返す。これさえできるようになれば、今の何倍もの速さで世界を直していくことができるはずだ。ブレイカーを救うことができるとしたらこれしかない。だが……
(畜生! だめだ!)
 どうしても一つずつしか発動できない。思い浮かべるだけで最適な能力を自動的に発動するこの全能の力がある限り、能力を二つ同時に発動するためには二つの事柄を同時に思い浮かべる必要があるのだ。
 僕は自分の無力さにうなだれ、力なく地面に座り込む。
(どうすればいい? ダウターにやり方を聞いてみるか? もしかしたら僕にでもできる画期的な方法を知っているかもしれない)
 しかしそれで正解を教えてもらえたとして、これからもそうやって何かに躓くたびに周りの誰かに答えを聞いて回るのか。それじゃいつまでも僕は無能のままじゃないか。
(ふふ……)
 思わず自嘲の笑いが溢れた。
(そもそも僕が有能だったことなどあっただろうか?)
 これまでの人生を順番に思い返してみる。一度目は天聖軍のトップまで上り詰めることができた。しかしこれはアンタッチャブル達が僕の目の前で自決していっただけだった。それを知らない周囲の天聖者達が大騒ぎして、僕もそれに便乗していただけなのだ。何から何までリーダー達の手のひらの上で、この転生世界の事すら何も知らずにいい気になっていた。
 二度目などは更に滑稽だった。能力の使い方すら知らずに天聖学院に入り、何度も死にかけた。
(それでもあの時は、彼らの役には立てたきがする)
 ゴエモン、ハカセ、バンコの顔を順に思い出す。記憶も能力も忘れた中で仮初の時間だったかもしれないが、それでもF組の仲間達との協力したあの時は僕にとってかけがえのないものだった。
 ゴエモンが前、僕が後ろに立ってハカセとバンコを挟んで守り、相手の攻撃に合わせてハカセが指示を出し、七色の盾の色をどんどん変えていく。全能ではなかった僕の貴重な戦闘経験だ。
(七色の盾か……)
 僕の最初の個人技とも言えるこのスキルを発動してみる。ダウターの恩師、ケイハさんの世界で天聖者に襲われた時にも使ったこの技。七種類の属性シールドを重ねただけの簡単なものだったが、ダウターはたくさんの色を重ねたシールドがシャボン玉のように不思議に輝く様子を見て、その摩訶不思議な美しさに感嘆していたものだった。僕もぼんやりと重なったシールドが映す万華鏡の様な美しさを眺める。そして突然、衝撃的な事実に気付く。

(何故こんなものが僕に使えるんだ……!?)
 ブレイカー救出への道が開けた瞬間だった。
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