テンセイミナゴロシ

アリストキクニ

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第三章

3-36 ブレイカー⑩

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「やあ、いらっしゃい」
 もう何度も聞いたこの言葉に目を開ける。そこに広がる景色は想像通りいつもの裁判所で、唯一異なる点があるとするならば今目の前に立っている男だった。
 白く大きなローブで全身を覆い隠し、そこからわずかに伸びた四肢は老木の様に細い。フードの奥に潜むその顔には深い皺がところせましと刻まれており、もし彼の背が少しでも曲がっていたのならば誰もが死を間近に控えた老人にしか見えなかっただろう。
 しかし彼の発する言葉や動作には微塵の震えすらなくしっかりとしており、外見とのちぐはぐさに激しい違和感を覚える。
 ……そう。いつものリーダーだ。
「その姿に戻ったんですね。それともその老いた姿はフェイクなんですか?」
 目の前の男に尋ねる。
 僕がここで目を開く前、彼に心臓を貫かれながら見た彼の姿。全身を引き締まった筋肉の鎧で包み、たった片手一本であの暴走状態のブレイカーをまるで赤子の様に制圧した男。神によって桁違いの能力を与えられた第一世代の天聖者達を率いた最強の天聖者。僕はこのリーダーの事を未だに何も知らない。
「私は自分の力を自分の為に使うことをよしとしていない。確かにアレは私の真の姿と言っていいかもしれないが、長時間あの姿になれるのは世界が救われたときか、世界を諦めた時のどちらかだけだ」
(また訳の分からない事を……)
 僕の疑問や質問に対して明快な答えが返ってきたことは今まで一度もないのではないか? 彼を始めとするアンタッチャブル達が謎めいているのか、それとも僕が物を知らなすぎるのか、一体どっちなんだろうか。
「それじゃ転生世界をどうこうするのは諦めたんですか?」
 嫌味と皮肉を込めてまた尋ねる。
「まさか。この転生などというふざけた仕組みをこの世から消し去ることは私たちの悲願だ。どれほどの時間が過ぎようともそれを諦める事はない」
「ではどうして?」
「あの世界ではもうどうにもならなかったからさ。ブレイカーは救われず、彼女の全治の力がなければオールを縛る心の封印を解くことはできない。君が間に合わなかった時点で、あの世界は詰んでいたのだ」
「だから僕を?」
 殺したのか。とまでは言わないでおく。そもそもリーダーに殺されるのはこれが初めてではないし、この死に戻りにも慣れてしまった。
「騙すような形になったのは申し訳ないと思ってるよ。しかし君は自分の事を随分と卑下しているようだが、君の全能はまぎれもなく最強クラスのチート能力なのだ。特に君が一度警戒態勢に入ってしまえば、君を傷つける事はかなり難しくなるだろう。何かの間違いが起きてはいけないからね、しっかりと死んでもらった」
 随分な事をあっさりというものだ。これでは怒る気すらしてこない。
「それで、今はいつなんですか?」
 自分の居場所を確認しなくてはいけない。とにかくブレイカーを一人にせず、彼女とその両親も一緒に行動すればあんなことにはならないはずだ。
「そうだね。今ちょうどブレイカー達がまた天聖者に襲われている頃かな」
「……なっ!?」
 リーダーは彼の仲間が今絶体絶命の危機にあるというのに、焦れた様子も一切なく僕とここで喋っていたというのか?
「なぜそんなタイミングに!」
 もっと過去にでも戻せばよかっただろう! とにかく今すぐ彼女の元に向かわなくてはならない。
「行きましょう! リーダー! こんなところで話をしている暇はない!」
 導きの扉に向かって走る。しかしリーダーはその老いた身体には到底似つかわしくない俊敏な動きで僕の前に回り込んだ。
「何を……?」
 フードの奥から覗く彼の表情からは何も読み取れない。
「ダメだよ。ブレイカーは今親子水入らずで大事な話をしているところなんだ。それを邪魔するなんて野暮だろう?」
 そういって彼は導きの扉のドアを開く。
「こうして一度私が開いてしまえば、君はどうやっても目的地にはたどり着けないってわけだ」
 ……何だ!? 一体リーダーは何を言っている!?
「何を馬鹿な事を! 今まさにブレイカーが襲われているんでしょう? 何故それを助けないんですか!」
 とにかく扉を閉めさせようと彼の腕をつかむ。しかし少しでも力を入れてしまえば折れてしまいそうなそのリーダーの腕は、僕がどれだけのスキルや能力を発動しても全くビクともしない。
「馬鹿な……」
 確かに彼の身体は自分より大きいが、とはいえ今のこの姿でこれほどの力が出せるものなのか? 転生世界で外見や年齢などは全くあてにならない事をよくしっているが、この光景はあまりにも常識離れしすぎている。
「私の罪名はホールダー。そして聖名はこの名の通りリーダーだ。ブレイカーを助ける事ができたのなら、何もかも理解できるときがくる」
 彼の腕をつかんでは押したり引いたりしている僕を横目で見ながら、今までとかわらぬ調子で喋るリーダーのその姿に、抵抗する気力がそがれてしまう。僕がどんな手を使ったとしても現状を変えられない事が本能で理解できてしまったのだ。
「さあ、急ぎなさい。今は時間が何よりも惜しい」
 そういってリーダーは掴んでいる扉をより大きく開いた。ここに入れと言う事なのだろう。彼の無言の圧力に負け、素直に銀幕の中へ身体を沈めた。



「やっときたんか。なんかあったんかと思ったわ」
 扉の先にはダウターが待ちくたびれたという様子で立っていた。周りをぐるっと見渡すとどうにも見覚えがある世界だ。
「さあ、どんどん世界を戻していってブレイカーを助けたろうで」
 ダウターの言葉に状況を理解する。つまり今はブレイカーを助けるために、彼女が全治の力を使って壊れてしまった世界を直していく旅の最初の一歩なのだ!
 早速アカシックレコードを発動し、この世界の過去を本にまとめようとすると……
「早い!」
 本来は最初のページから順に書き込まれていくはずの過去の歴史が、スキルを発動した瞬間すでに完成された状態で出現した。何時間もかかるようなこの作業が、たったの数秒で終わったのだ。
(なるほど……)
 前回の人生でアカシックレコードを発動していたこの世界は、既に『攻略済み』扱いなのだ。僕はすぐに医学に関する部分をコピーして複製していく。そして解毒の呪符と共に世界各地にばらまいて、すぐさま次の世界を開くようダウターに頼んだ。
「なんやなんや、めちゃくちゃせわしないな」
 事情を知らないダウターは僕が焦っている理由など知る由もないが、それでも僕の異常な雰囲気を感じたのか素直に指示を聞いてくれる。
(タイムアタックってことだな)
 一度直したことのなる世界ならかなりの時短がきくことがわかった。ならばとにかくそれをスムーズに繰り返していくかだ。今回は前回よりも多くの世界を、ブレイカーが暴走してしまう前に直せるだろう。そしてそこでまたリーダーに戻してもらえば、次回はさらに多くの世界が直せるはずだ。
 僕の歩みが遅ければ遅いほど、ブレイカーが壊れてしまう回数が増える。いくらリセットされて戻ってこれるとはいえ、そう何度も彼女の辛そうな顔はみたくない。

(何回死ぬことになるとしても、絶対に間に合わせて見せる)
 心に誓って扉に飛び込んだ。
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