テンセイミナゴロシ

アリストキクニ

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第三章

3-34 ブレイカー⑧

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「ブレイカー! よせ!」
 ダウターのいる場所へ向けてブレイカーの巨大な鈍器が振り下ろされる。彼女の見た目からは想像もつかないほどの速さと重さを兼ねそろえたその一撃は地面を深くえぐり取る。
「これはマジでやばいな」
 彼女の攻撃をなんとかギリギリのところで回避したダウターが僕の横に来て言った。
「ブレイカー! ブレイカー!」
 僕がどれだけ大きな声で呼びかけても、彼女は一向に反応を返してこない。それどころか彼女の周りには、あのログハウスで彼女が暴走した時よりも巨大な力の奔流がいくつもの渦をなしてうねっており、僕とダウターは彼女に近づくことすらできなかった。
「やっぱ俺の能力も使えん感じか?」
 ダウターに言われるまでもなく、彼の聖名の力、信じたことが現実に起きる『ビリーブ・カム・トゥル』を発動させようと何度も挑戦しているが、一向に成功する兆しは感じられない。
「あんな話を聞いちゃったら無理だよ」
 ブレイカーが全治の力を持って破壊した世界を直し続けていた僕たちは、ある時裁判所に戻ったときにリーダーからあまりにも衝撃的な話を聞いてしまった。

「ブレイカーとその両親がいる世界が天聖者達による襲撃を受け、ブレイカーの両親は死亡、彼女も壊れてしまった」

 リーダーから事の顛末を詳細に聞いたとき、僕たちは彼女の不死身の身体と全治の力が生んでしまった新たな悲劇に絶望してしまった。一体彼女はどれほどの苦しみの中で実の両親を治療し、そして死なせることを決断したのだろうか。その事を考えるだけで、軽々に『ブレイカーが元に戻る』なんて心から信じる事なんてできなくなってしまったのだ。
 そしてリーダーの話が終わるや否や、僕たちはブレイカーの攻撃を受けたのだ。僕とダウターはその初撃をなんとかかわすことができたのだが、リーダーはそれをもろに食らってしまい、今はその姿の影も形も見えない。

(もしかして死んでしまったのか?)
 思考を巡らしている間にもブレイカーの攻撃が次々と僕たちの立っている地面をえぐり取っていく。長い棒の先に巨大な鉄球をつけたそれを彼女がブンブンと振り回すだけで、彼女の近くにある者すべてが綺麗に削られる。
「相性が最悪なんよなあ」
 ダウターはいつも通りに笑いながら、多くの魔法が組み合わされたキューブをブレイカーに向けて飛ばしていく。それらは全て正確に彼女の身体めがけて飛んでいき、全弾が彼女の身体に突き刺さっていくが、ブレイカーの様子には何の変化も見られない。ダウターの横顔に冷や汗が一筋流れた。
「避けろ!」
 ダウターが突然叫ぶ。頭で考えるより先に身体が飛び跳ねた。直後自分が元居た場所が大きく凹む。
「まじでなんも効きよらん!」
 ブレイカーの足元は細かく区分けされた色とりどりに輝くタイルで埋め尽くされている。あのタイル一つ一つがダウター自慢の『スピードアップフィールド』だったり『スピードダウンフィールド』などの様々な魔法だ。あのエリア上に居る限り、自分の身体の様々な部分がタイルに合わせて加速したり減速したりする。あれだけ細かく区切られたフィールドならば、指の一本一本が自分の想像の何倍も早く動いたり遅く動いたりするだろう。そしてその速度の差に関節などが付いていけず、身体を動かすたびにその部分がへし折れたり裂けたりしてしまうのだ。
 しかし相手は不死身のブレイカー。常人なら耐える事の出来ない激痛を完全に無視し、与え続けられている致命のダメージも彼女にとっては認知する事すらできないそよ風以下の攻撃なのだ。
「どうすればいいんだ!」
 僕の全能も彼女の攻撃を避けたり耐えたりするためのスキルを発動させてはくれるものの、彼女を止めることができる魔法や能力は何一つ浮かんでこなかった。
 こちらの攻撃は通用しない。しかし彼女が身に纏っている力の奔流や、細い腕から繰り出される鉄球の連打はその一つ一つが致命傷に繋がる威力だ。今はなんとか耐える事ができているものの、この戦いがこのまま続いていけばいつか僕たちが死んでしまうのは間違いないだろう。

「ほんま天聖者どもはよおやってくれよるのお!」
 こんな無敵の超人相手に勝利するのなら、直接対決ではなく何か別の分野で責めるしかない。例えばそれは『どれだけ殺されようが桁違いに増え続ける天聖者』であったり、今回のブレイカーの暴走の原因、そして彼女が罪を背負い続ける覚悟をすることとなった『親しい者への攻撃』なのだ。
 勝てない相手ならば逃げる事が最善の一手だ。しかし僕たちがここで彼女を止めなければ、コネクターやナビゲーターのような者達は抵抗もできずに殺されてしまうだろうし、恐らくルイナーはブレイカーを殺してしまうだろう。
「僕たちがやるしかない!」
 光の剣を召喚し正眼に構える。ブレイカーの巨大な鉄球鈍器が落ちてくることを探知スキルで感じ、それに合わせて剣を振る。
「ああっ!?」
 両腕が肩からもがれたような感覚と共に僕の身体は光の剣ごと吹っ飛ぶ。
「あほ! 受けんな! 避けえ!」
 壁に叩きつけられる衝撃に何とか耐え、たった一撃でボロボロになってしまった身体を自動で発動される治療スキルの数々で治す。
「これじゃジリ貧だよ!」
 これが全能の限界なのか? いくら転生世界中のスキルや能力を集めたところで効果がないのなら意味がないし、そもそも発動すらしないのだ。何回か前のループの時、暴走したダウターと戦った事を思い出す。あの時のダウターは僕を育てるため、手を抜きながら戦い方を教えてくれた。しかし今のブレイカーは全力も全力だ。
 敵に恐怖すれば全能は自動的に身を守るスキルを優先して発動してしまう。今の僕は隣にダウターがいることもあってブレイカーに恐怖はしていない……と思う。しかしそれでも彼女の無敵と不死身の力のせいで、せいぜい自分の身体を固くする程度の能力しか発動できていないのだ。
(何が全能だよ! ここまで差があるなんて!)
 抵抗らしい抵抗すらできず、ただ死を待つだけの回避行動を続けている。ダウターは様々な魔法の組み合わせのキューブを何度も何度もブレイカーにぶつけているが、そのどれもが虚しく彼女の身体を通過するだけだった。

「くっそお!」
 僕の身体に疲労感はない。しかし息をつく暇もない絶死の攻撃から逃げ続けるだけの行為は、僕の精神力を少しづつだが確実に削っていく。
 そしてその時はついに訪れてしまった。
「しまった!」
 ボロボロになっていた床の瓦礫に足を取られ体勢を崩してしまう。そして僕は全能ゆえに、『体制を立て直さなければ』と思ってしまった瞬間に、回避ではなく体制維持の能力を発動してしまう。
(避けろ!)
 慌てて回避スキルを発動させたが時すでに遅し、すでにブレイカーの致命的な攻撃が僕の眼前までせまっていた。
 発動させた回避スキルのおかげで僕の身体は自動的に後ろに跳ぶ。しかしその途中で僕は蠅のように叩き潰されるだろう。
(これが死の刹那ってやつかな……)
 周囲のあらゆるものが限りなくスローに感じられた。ゆっくりと後ろに向かって宙に浮かぶ身体、そして目の前にはゆっくりと距離を縮めてくるブレイカーと、その腕から突き出された鉄球。何もかもがゆっくりと動いていく……
(やだなあこれ)
 これから自分が死ぬことを理解しているのに、その瞬間が訪れるまでの時間を伸ばされている。特にこのカタツムリのような速さで近づいてくる鉄球は最悪だ。できることならこの黒い塊が僕の身体に触れ、僕が壊れていく瞬間から先の事はスローにしないでほしい。死ぬのなら即死が一番だ。
(……ん?)
 視界の端から鉄球や僕の身体よりほんの少し早いスピードで何かが近づいてくる。なんとかその物体を視界に納めようと首や目を動かすのだが、それも極限までスローになっておりもどかしい。ゆっくりゆっくりとその物体に焦点が当たっていき……
(駄目だ!)
 心の中で叫ぶが、僕の口はやはり恐ろしくゆっくりとしか動かない。横から僕とブレイカーの間に飛び込むように近づいてきた物体をようやくしっかりと視界に納める。その物体は今この瞬間になっていてもいつも通りニコニコと……、いや、ニヤニヤと笑っており、開いているか閉じているかわからないぐらいの細い目で僕の方を見つめていた。
 後ろに跳ぶ僕の身体が加速する。自分の発動した回避スキルによる跳躍に、僕にぶつかってきたその物体の衝撃による速さが加わって、ブレイカーの鉄球からゆっくりではあるが確実に距離を開いていく。そしてその代わりに飛び込んできた物体がゆっくりと鉄球に触れ……
 世界は速さを取り戻した。

「頼んだで」
 近くからのような、遠くからのような、ダウターの声が聞こえた。
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