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第三章
3-30 ブレイカー④
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(これはまずい……!)
あまりに大きな力が凝縮されているのだろう、周辺の部屋の景色まで歪んで見えだした。ブレイカーが何をするつもりなのか正確にはわからないが、その結果はロクなものにならないだろう。
彼女の周りの床が大きな音を立ててへしゃげていく。全能の力でなんとか彼女を鎮めようと考えてみるのだが、自分の身をスキルが優先されて頭に浮かんできて対処ができない。
「待って……! 話はまだ途中なんだ!」
僕は暴走し始めかけている彼女になんとか声を届けようと叫ぶ。距離としては手が届くほど近いのに、お互いの間に流れる力が大きな壁となってブレイカーに対する全てを拒絶しているような気がしてくる。
そしてブレイカーが空に向けてゆっくりと手を伸ばしていくのと共に、壁や天井にもヒビが入ってきた。
「君のご両親の働きは無駄なんかじゃないんだ!!」
彼女がピクリと身体を揺らし、掲げようとしていた腕をゆっくりと降ろしていく。しかし彼女を渦巻く巨大な力の奔流は未だに失われていない。
(ここから先はさらに慎重に話をしないといけない……)
「ケータさんとヨーコさんの今の苦しみは無駄じゃないんだ! 君も言っていただろう! 病気がなくなってしまったせいで医学や薬学の知識が途絶えてしまったと!」
「君の力は『対象を精神も含めて完全に治療してしまう』ことだ。なら意図せず簡単な怪我から精神を操作された人たちも、単純に君の望む『いい人』になっていただけかもしれない! 君の力が失われた後の世界でも彼らは死んでいなかったかもしれない! 単に全治の力が世界から消えて、また病気にかかってしまったときに、それを治す知識が断絶していただけなのかもしれない! ……だから!」
「君のご両親が今やっていることは無駄じゃないんだ! あの二人は病状の経過やその対処、長い年月を経て失ってしまった医学の知識を再現している! それは決して無駄じゃない!」
「そして……そして! 僕ならそれを手伝えるはずだ! 君の過去を変える事はできないけど……! 僕の全能の力なら僕が君のご両親の代わりになってあげられる! 僕が……! 君も! 君のご両親も救ってみせる!」
「だから……! 一度だけでいいから……! 僕を信じてくれ!」
言葉に出来るものは全て言葉にした。あとはブレイカーが僕を信じてくれることを祈るしかないが……、僕と彼女を隔てる力のうねりは消えず、彼女にも変化があるようには見えない。
(だめか……!?)
この後に起きる出来事を予想して思わず目をつぶる。しかし僕を待ち受けていたのは、暴走する力の暴風雨ではなく、懐かしく頼もしい声だった。
「おーおー、えらいことになっとんなあ」
「ダウター!」
細身の長身を包む品のいいスーツ、閉じているかのように細い目、そしてこんな非常事態だというのに、いつも通りヘラヘラと笑うあの表情。
「よお、オール。随分と頑張ってくれてるみたいやな。ブレイカーがここまで暴走してるのを見るんは久しぶりや」
そういってダウターは僕の肩に手を置く。
「ダウター! 僕はきっと彼女を助けられるんだ! でも……声が届いてない!」
もちろんテレパシーなど意思疎通を図るためのスキルは何度も試している。しかしそのどれもこれもが完全に拒絶されているのだ。
(それに……)
ダウターの必殺技とも言えるあのルービックキューブ。あらゆる魔法を組み合わせて放つあの立方体は非常に強力で、並大抵の能力者には対処しようがないものであるのは間違いないが、今この状況で役に立つとは思えない。ダウターの魔法そのものの威力自体は大きなものではないし、彼が対処できるのなら僕にもその魔法やスキルが頭に浮かんでいるはずだ。
「俺たちの罪名はな、元々あった能力をつぶすような形でつけられててん。癒しの力を無理やり破壊の力に変えられてもうたブレイカーみたいに、俺にもちゃんとした聖名があった」
「ダウター! 今はそんな話をしてる状況じゃない!」
「ええから聞けって。そのダウターって名前の意味覚えてるやろ? 『疑う者』、俺は人を信じられへんようになってた。でもオール、お前のおかげで俺はその罪の意識から解き放たれて、元の光の力を取り戻した」
ダウター、疑う者という名前が彼の力を打ち消すような働きをしていたのだとすると……、彼の聖名、本当の力は……
「俺の聖名は『ビリーバー』、信じる者や」
僕の肩に乗せられた彼の手に力が込められる。
「ブレイカーをなんとかしようとするからしょうもない能力やスキルばっかが頭に浮かんでくるんや。ブレイカーに自分を信じさせるんじゃなくて、オールがブレイカーを信じろ。……あいつの話を聞いたんやろ? 痛覚を失うほど色んな事に耐え続けて、そのくせ自分が傷つけてしまった人の痛みで壊れてしまうほど優しいブレイカーの事を」
ダウターの言葉に目を閉じ、ブレイカーの事を想う。
自分が転生者になったきっかけは、拷問を軽くちらつかされたことだけだった。しかし彼女はそんな僕の痛みや恐怖と比べる事も出来ないほどの苦痛の中、ただ人を癒すことだけを考え続けていたんだ
。
「ブレイカーの聖名を教えたる。ほんまは俺が言うてまうんはルール違反やねんけど、まあこんな状況やし許してくれるやろ」
僕の頭の中にダウター……、いや、ビリーバーの能力がゆっくりと浮かんでくる。
「『ヒーラー』、癒す者。全てを癒す全治の力を、全てを壊す全壊の力に変えられてしまった哀れな聖人」
僕とダウターは未だ荒れ狂う力の渦を無視するように目を閉じる。目で見ようとしていた時は巻き起こる嵐に遮られていたそのブレイカーの姿が、盲目の暗闇の中にありありと浮かんできた。
「呼んでやってくれ。俺の大切な仲間の本当の名前を」
僕は目を開き……
「ヒーラー!」
彼女の名前を呼ぶのと同時に、信じた事がそのまま実現するビリーバーの能力、『ビリーブ・カム・トゥルー』を発動させた。
あまりに大きな力が凝縮されているのだろう、周辺の部屋の景色まで歪んで見えだした。ブレイカーが何をするつもりなのか正確にはわからないが、その結果はロクなものにならないだろう。
彼女の周りの床が大きな音を立ててへしゃげていく。全能の力でなんとか彼女を鎮めようと考えてみるのだが、自分の身をスキルが優先されて頭に浮かんできて対処ができない。
「待って……! 話はまだ途中なんだ!」
僕は暴走し始めかけている彼女になんとか声を届けようと叫ぶ。距離としては手が届くほど近いのに、お互いの間に流れる力が大きな壁となってブレイカーに対する全てを拒絶しているような気がしてくる。
そしてブレイカーが空に向けてゆっくりと手を伸ばしていくのと共に、壁や天井にもヒビが入ってきた。
「君のご両親の働きは無駄なんかじゃないんだ!!」
彼女がピクリと身体を揺らし、掲げようとしていた腕をゆっくりと降ろしていく。しかし彼女を渦巻く巨大な力の奔流は未だに失われていない。
(ここから先はさらに慎重に話をしないといけない……)
「ケータさんとヨーコさんの今の苦しみは無駄じゃないんだ! 君も言っていただろう! 病気がなくなってしまったせいで医学や薬学の知識が途絶えてしまったと!」
「君の力は『対象を精神も含めて完全に治療してしまう』ことだ。なら意図せず簡単な怪我から精神を操作された人たちも、単純に君の望む『いい人』になっていただけかもしれない! 君の力が失われた後の世界でも彼らは死んでいなかったかもしれない! 単に全治の力が世界から消えて、また病気にかかってしまったときに、それを治す知識が断絶していただけなのかもしれない! ……だから!」
「君のご両親が今やっていることは無駄じゃないんだ! あの二人は病状の経過やその対処、長い年月を経て失ってしまった医学の知識を再現している! それは決して無駄じゃない!」
「そして……そして! 僕ならそれを手伝えるはずだ! 君の過去を変える事はできないけど……! 僕の全能の力なら僕が君のご両親の代わりになってあげられる! 僕が……! 君も! 君のご両親も救ってみせる!」
「だから……! 一度だけでいいから……! 僕を信じてくれ!」
言葉に出来るものは全て言葉にした。あとはブレイカーが僕を信じてくれることを祈るしかないが……、僕と彼女を隔てる力のうねりは消えず、彼女にも変化があるようには見えない。
(だめか……!?)
この後に起きる出来事を予想して思わず目をつぶる。しかし僕を待ち受けていたのは、暴走する力の暴風雨ではなく、懐かしく頼もしい声だった。
「おーおー、えらいことになっとんなあ」
「ダウター!」
細身の長身を包む品のいいスーツ、閉じているかのように細い目、そしてこんな非常事態だというのに、いつも通りヘラヘラと笑うあの表情。
「よお、オール。随分と頑張ってくれてるみたいやな。ブレイカーがここまで暴走してるのを見るんは久しぶりや」
そういってダウターは僕の肩に手を置く。
「ダウター! 僕はきっと彼女を助けられるんだ! でも……声が届いてない!」
もちろんテレパシーなど意思疎通を図るためのスキルは何度も試している。しかしそのどれもこれもが完全に拒絶されているのだ。
(それに……)
ダウターの必殺技とも言えるあのルービックキューブ。あらゆる魔法を組み合わせて放つあの立方体は非常に強力で、並大抵の能力者には対処しようがないものであるのは間違いないが、今この状況で役に立つとは思えない。ダウターの魔法そのものの威力自体は大きなものではないし、彼が対処できるのなら僕にもその魔法やスキルが頭に浮かんでいるはずだ。
「俺たちの罪名はな、元々あった能力をつぶすような形でつけられててん。癒しの力を無理やり破壊の力に変えられてもうたブレイカーみたいに、俺にもちゃんとした聖名があった」
「ダウター! 今はそんな話をしてる状況じゃない!」
「ええから聞けって。そのダウターって名前の意味覚えてるやろ? 『疑う者』、俺は人を信じられへんようになってた。でもオール、お前のおかげで俺はその罪の意識から解き放たれて、元の光の力を取り戻した」
ダウター、疑う者という名前が彼の力を打ち消すような働きをしていたのだとすると……、彼の聖名、本当の力は……
「俺の聖名は『ビリーバー』、信じる者や」
僕の肩に乗せられた彼の手に力が込められる。
「ブレイカーをなんとかしようとするからしょうもない能力やスキルばっかが頭に浮かんでくるんや。ブレイカーに自分を信じさせるんじゃなくて、オールがブレイカーを信じろ。……あいつの話を聞いたんやろ? 痛覚を失うほど色んな事に耐え続けて、そのくせ自分が傷つけてしまった人の痛みで壊れてしまうほど優しいブレイカーの事を」
ダウターの言葉に目を閉じ、ブレイカーの事を想う。
自分が転生者になったきっかけは、拷問を軽くちらつかされたことだけだった。しかし彼女はそんな僕の痛みや恐怖と比べる事も出来ないほどの苦痛の中、ただ人を癒すことだけを考え続けていたんだ
。
「ブレイカーの聖名を教えたる。ほんまは俺が言うてまうんはルール違反やねんけど、まあこんな状況やし許してくれるやろ」
僕の頭の中にダウター……、いや、ビリーバーの能力がゆっくりと浮かんでくる。
「『ヒーラー』、癒す者。全てを癒す全治の力を、全てを壊す全壊の力に変えられてしまった哀れな聖人」
僕とダウターは未だ荒れ狂う力の渦を無視するように目を閉じる。目で見ようとしていた時は巻き起こる嵐に遮られていたそのブレイカーの姿が、盲目の暗闇の中にありありと浮かんできた。
「呼んでやってくれ。俺の大切な仲間の本当の名前を」
僕は目を開き……
「ヒーラー!」
彼女の名前を呼ぶのと同時に、信じた事がそのまま実現するビリーバーの能力、『ビリーブ・カム・トゥルー』を発動させた。
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