テンセイミナゴロシ

アリストキクニ

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第三章

3-26 ケータとヨーコ

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 ログハウスの中には明かりがなく、この薄暗い部屋中どこを見ても所々が赤黒く変色していて、これが血痕であることは明らかだった。部屋の中には丸太を加工した大きなテーブルと椅子がいくつかあるほかに、様々な家具や調度品が置いてあったがそのどれもが飛沫の形に黒く変色している。真新しい血液が見当たらない事から今ここで何かが起きているわけではなさそうだが、血痕を掃除しない理由もわからないし、何より大人一人が流せる血液の量をはるかに超えた血痕の量に猟奇殺人などの光景が思い浮かぶ。
「そうだー! 言ってなかったけど、ここの転生者達はボクの正体に気づいてないんだー。だからボク達が親子だとかそういった話はしないでおいてねー」
「え? どういうこと?」
「もう! とにかく! ボクの事はここの転生者達と全く関係がないってことにしておいて!」
 そういって彼女はこの血だらけのリビングからまっすぐ奥の部屋に続くドアを開ける。
「ウエッ……」
 急にその場に漂い始めた異臭に思わずせき込んでしまう。しかし彼女はこの異臭が全く気にならないのか、何の躊躇もせずにその部屋に入って行った。僕も仕方なく彼女の後に続くが、部屋に近づくにつれて強くなる匂いに辟易してしまう。

「ってマジか……」
 臭いを我慢しながら入った部屋は、一言で表すことができないほどに汚れていた。
 さっきのリビングにあった大量の血痕は当然だといわんばかりにこの部屋にも広がっており、さらにはまだ赤々とした色の物も混じっており、それはその血痕が比較的新しいものだということを教えてくれる。部屋の隅には排泄物のような汚物の塊が積まれており、そこからは大量の虫が発生していた。壁には窓がついていたが、外からの光は分厚いカーテンで完全に遮断されている。
 そしてこの部屋の中心に当たる部分には一台の病院で使われるようなベッドと、その横にリビングで見たものと同じ丸太を輪切りにしただけの椅子が置いてあった。ベッドの上には女性が寝ており、椅子の上には男性が座っている。女性の寝るベッドは新しい赤い血で汚れに汚れており、シーツやベッドに白い部分はもう残っていない。椅子に座っている男性はノートのような物を持っており、それに何かを一心に書き続けていた。
「ゴホッ!ゴホッ!」
 ベッドの女性が吐血する。ベッドは新しい血を受けて自分自身を更に赤くし、男性は女性のその様子に慌てるようなそぶりも見せず、やはり何かをノートに書き続けているだけだった。

「ヨーコさん、ケータさん、またきたよー。ヨーコさんそろそろ死んじゃいそうだしまた治してもいいかなー?」
 ブレイカーはこの異常という言葉では足りないくらい狂った部屋の中でも、いつものように男性の方に話しかけた。それを受けて男性は初めて文字を綴り続けていたその手を止めて、ベッドの女性の手を両手で握りしめて微かに頷く。
「はーい! それじゃオール君、お仕事だよー! この女性、ヨーコさんっていうんだけど、彼女を健康な身体に治してあげてくださーい!」
「ええっ!?」
 急に話を振られて間抜けな声が出てしまう。
「でも……」
 道中に人を治すことについてあれだけ責められたところだというのに、このヨーコさんというらしい転生者は治せという。
「いーからはやくー! そのために今回はキミを連れてきたんだから!」
 腑に落ちない部分はあったが、ここで子供のような言い合いをしても仕方がない。ブレイカーの言葉に素直に頷き、ベッドの女性に近づいていく。
「ゴホッ……! ゲホ……」
 その間にもヨーコさんは口から大量の血を吐き続けている。確かにこのままでは死んでしまうだろう。僕は急いで空いている方の彼女の手を取り、頭の中に流れてきたスキルを一つ発動される。
(あれ……?)
 全能が選んだスキルに違和感を感じたが、そのスキル自体はきちんと発動しベッドの女性が間違いなく完治したことを僕に伝えた。
「治りましたよ」 
 僕の言葉を聞き二人の転生者はお互いを見つめ合い、強く抱きしめ合う。
「どうもお世話をおかけします」
 男性は握っていた彼女の手を離し、深々と僕たちに向かってお礼をした。
「いいのいいのー! それよりさ! もうそろそろこんな無駄な事やめてさっさと死んじゃったらどおー? あといくつの星が残ってると思うの? 奥さんがかわいそうだと思わないー?」
「お、おい……!」
 いきなりの失礼な物言いにブレイカーを咎める。しかしブレイカーは言葉を止める事をしない。
「こんなきったない部屋で血を吐きながら生きてて何の意味があるのー? あんた達のその自慢の娘とやらがしでかした結果がこれだよー? そんな出来損ないの尻ぬぐいなんてさっさとやめて楽になっちゃいなよ!」
 ブレイカーの明らかな挑発にもこの二人(どうやら夫婦のようだ)は、全く怒ることもなく静かな笑みをたたえて居るだけだった。
「ふーん。まだ意地を張るつもりなんだね! その娘とやらがどれだけ大事だったのかはしらないけど、そいつは今はもう大罪人だよ! かばう価値なんてほんの少しもないんだからね! さっさと諦めて死んだ方がいいよ!」
 度重なる侮蔑と嘲笑にも彼らの表情は全く揺らぐことがない。この劣悪な環境で一体彼らは何をしているのだろうか。そしてそれは何のために?
「まあいいよー! まともに話せる時間は長くないんだしー、好きにしなー。 ボク達は隣にいるからー、またヨーコさんが病気になるまで待ってるねー」
 そう言ってブレイカーは僕の手を引っ張り、さっさとこの部屋を出て行ってしまった。

「それじゃ説明してくれよ」
 お互い血まみれのテーブルを挟んでこれまた血まみれの椅子に座る。
「なにをー?」
「全部だよ全部。まずあの女の人、大した病気じゃないだろ? どうしてこんなことになってるんだよ」
 ヨーコと呼ばれた転生者を治療するために僕の頭に浮かんだスキルはたった一つだけだった。しかも技名を大声で叫ぶ必要があるような大掛かりなものじゃない、それこそ軽度の治療に使われるようなスキルだ。
「そだよー」
「そだよー。じゃなくて、どうしてあんな大量に血を吐くことになるんだよ」
「それがヨーコさんの能力だもの」
「は?」
「ヨーコさんの能力はその世界の病気を自分の身体に感染させて悪化させていく能力でー、ケータさんはヨーコさんの身体の変化を完全に把握して書き記す能力ー」
「なんだよそれ……」
 役に立たないどころか意味も分からない能力じゃないか。女性が病気を感染させて悪化させて、男性がそれを記していく。そんなことをして一体何になるって言うんだ。
「この世界にはねー、お医者さんもいないし薬もないんだー。民間療法って呼ばれるような簡単なものすらねー。それもこれも全部ボクのせいなんだー。ボクがこの世界から病気という病気をなくしちゃったせいでー。この世界は病に包まれたのー」
 世界から病気をなくしたことで、この世界はこんなことになってしまった……。ブレイカーがここに来る途中にも言っていた事だ。
「やっぱり話が全くつながらないよ。一から順番に教えてくれないか?」
 僕の頼みに彼女は一瞬表情を曇らせ視線を机に落としたが、すぐに顔を上げ覚悟のこもった表情で口を開いた。

「いいですよ。貴方は私を助けてくれるとおっしゃいましたからね。私の過ごしてきた道を貴方が理解した時に、それでも私を助ける事ができるというのならやってもらおうじゃありませんか」
 

 
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