テンセイミナゴロシ

アリストキクニ

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第三章

3-24 病のない世界

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「だめだよー、勝手に治しちゃったりしたらー!」
 ブレイカーがブンブンとフレイルを振り回しながら無邪気に喋る。
「な……何故……」
 僕はあまりの出来事に唖然としたままうまく言葉を綴ることができない。
「前にちゃんと習ったでしょー? 考えもなしに能力を使っちゃ駄目だって」
 あの幼い兄弟の事を言っているのだろう。確かにあの子たちは僕の無知と傲慢が原因で命を落としてしまった……、それは間違いない。でも!
「人を癒す事で一体どんな不幸が起きるっていうんだよ!」
 その言葉にブレイカーの表情がピタリと固まった。
「どんな不幸だぁ……?」
 そして彼女は今まで聞いたこともない低い声と乱暴な言葉遣いを発しながら、恐ろしい形相に僕を睨みつけてくる。
「ボクはなあ……お前みたいな馬鹿は本当に大っ嫌いなんだ。リーダー達がお前に全てを賭けるしかないって言ってるからお友達ごっこをやってるだけでなあ、本当ならお前なんてとっくの昔にボクの操り人形だよ」
 尋常ではない殺気と怒りに思わず光の剣を召喚し、彼女に向けて構えてしまう。全身から脂汗が滲んでいるのがわかる……。構えた剣の切っ先も恐怖に震えていた。
「切って見ろよ。さっきも見ただろ? 僕は無敵だ。それを証明するいい機会だ。その子犬みたいにプルプル震える身体で僕にその剣を突き立ててみろよ」
 彼女の挑発にも僕は全く反応を返せない。久しぶりに感じるこの感覚は……死の予感だ。今僕の命は目の前の女の子に握られている。
「馬鹿の上に根性もないのかよ。救えねえなあ!」
 そういってブレイカーは僕の方へ近寄ってくる。相変わらず僕は剣をなんとか構えるのが精いっぱいで、彼女の接近を止める事も避ける事も出来なかった。
 彼女の身体が僕の光の剣に触れ、剣はそのまま彼女の身体を貫いた。想像に反して僕の手には肉を貫く感触が確かに伝わってくる。しかし彼女はそれを全く意に介さず、ついに僕の剣は刃の一番深いところまでしっかりと彼女の腹を貫通していた。
 もはや僕と彼女の顔はぶつかりそうなほど近づいている。なんとか距離を離そうとするが剣を持つ僕の手を彼女に捕まれてしまい、僕は完全に動けない。
(殺される……!)
 全能が聞いて呆れる。ダウターは天聖者は皆どれだけ身体が強くても、精神は軟弱なままだと言っていた。あまりに濃厚な殺気と、それがもたらす未来に僕の頭は完全にパニックになってしまったようだ。
「なーんちゃって!」
 あまりの恐怖に目をつぶり、死を覚悟していた僕を出迎えたのは死神ではなくいつものブレイカーだった。
 彼女は無作為に身体を横に動かして光の剣から離れる。僕の手にまた彼女の腹を横に裂く感触が残った。
(じょ……冗談だったのか……?)
 いや、あの殺気は本物だった。彼女は紛れもなく一度僕を殺す決心をしていたはずだ。どうして許してくれたのはわからないが、とにかく僕は助かったのだ。
「ごめんねー! ボクちょっと怒りっぽいみたいで、リーダーにもよく注意されるんだ! 僕のこの辛さなんて、リーダーが経験してる事に比べたら、天国でお風呂に入ってるようなレベルなのにね!」
 恐怖から解放されたことで強張っていた身体も自由を取り戻す、しかしうまく力が入らずにその場に膝から崩れ落ちる。
「でもねー、さっき言った事は本心だよ! だからキミは余計な事をせずにリーダーのいう事を聞いてればいいんだよ!」
 彼女は諦めとも失望ともとれる言葉を僕に浴びせかける。攻撃や皮肉で言っているのではなく、きっと本心からそう思っているのだろう。彼女から悪意は一切感じられなかった。

「……そういうわけにはいかない」
 僕の心の一番奥に埋もれてしまっていた意地が、なんとか僅かに輝いて彼女に反撃をさせてくれる。
「リーダーにはブレイカーを救ってくれと言われてるんだ。君は僕が救ってやる。訳の分からない理由で馬鹿にされるのも見下されるのも納得できない。全部聞かせてもらう。そして僕が君を救うんだ」
 さっきの情けない姿から一体どうしてこのような威勢のいい啖呵が出てくるのだろうか。実際彼女もそう感じたようで、ポカンとした表情で呆気に取られている。しかし僅かな沈黙の後、彼女はお腹を抱えて大声で笑いだした。
「フフ……! フフフフ……! おもしろいね! キミ! おもしろーい!」
「ハハハ……」
 僕もなんとか一緒に笑う。ブレイカーが僕をそうする必要もないぐらいに、僕は既にアンタッチャブル達の操り人形のようなものなのだ。しかしせめて僕を翻弄する人形師の糸が一本ぐらいは切れただろうか。僕は僕の頭とこの目でこの転生世界を見定めたいのだ。
「いいよ! キミがボクを助けてくれるんなら大歓迎! ボクのお話も全部してあげる! でもまずはここの転生者……ボクのパパとママの所へ向かいながらにしようね! 随分と時間を取られちゃった!」
 彼女は何事もなかったかのように、この世界に来た時と同じ軽い足取りでまた歩き出す。相変わらず周囲のあばら家からはくぐもった呻き声がいくつも聞こえていたが、さすがに治療をすることはできなかった。

「オールは治療とか回復をする人の事を考えたことがある?」
 唐突に前を歩くブレイカーから質問が飛んできた。
「回復と拷問は密接な関係にある……とはリーダーに言われたなあ。実践付きで」
 そう。僕が転生者として活動をすることになった原因。回復役がいれば無限に拷問を続けられるという恐ろしい事実に、あの時の僕は戦慄したものだった。
「アハハ! それもそうなんだけどね、例えばすっごいチート級の回復術師が転生したとしたら、一体どんな事が起きると思う?」
「……ええーっと、あまりきちんと考えたことはなかったな……」
 さっき彼女が爆発した時と同じような話題だ……。自分から地雷を踏まないように注意して、なるべくブレイカーが自分で喋ってくれるように話を持っていく。
「そうだよねー! 自分以外の能力者の人生なんて考えた事ないよね! 特にこんな不思議な能力や魔法のことなんて、実際に自分の能力でもなければ想像することもできないもん」
 彼女は僕が『人を癒すことでどんな不幸が起きるのか』という言葉に激怒した。だとすれば、彼女は人を治療していく内に何か不幸を撒き散らしてしまったのだろうか?
(仲良くならないと治してあげない……とも言っていたな)
 彼女は人を治せるのに、理由があって治さないのだろうか。そしてそこに彼女の辛い過去が地雷となって埋まっているのだろうか。
「自分の町にどんな病気でも治せるお医者さんがいたらどうする?」
「うーん。どうするっていうか嬉しくて喜ぶとは思うけど……」
「じゃあ隣の町とか、隣の国とか、すごく離れた場所にそんなすごい人がいたらどうする?」
「まあ病気になったとしたらその人の所まで行きたいね。特に難病とか普通のお医者さんで治せないような病気ならその人の所に行くしかないから」
「だよねー。じゃあ自分が国の王様で、隣の国にそんなすごいお医者さんがいたらどうする?」
「ええっと……?」
 自分がただの一市民ではなく、国を動かす立場にいたとしたら……そんな名医がいたとしたら……
「そうだよねー! 殺される前に殺すしかないよね!」
「そうだね……。なんでも治せる転生者がいる国が攻めてきたらどうやっても勝てないから……、その転生者を奪うか殺すか……、でも仮に奪ったとしてもまた他の国に奪われ返される危険を容認はできないから、とにかく死んでもらうしかないのかもしれない」
「そう! そんなお医者さんがいるだけで世界は戦争の渦に巻き込まれていくの! そしてボクは始原の四聖の一人! 『ブレイカー』! 破壊者の罪名を持つボクの能力は絶対治療! 僕が受けた傷は受けたと同時に治る! そして触れた相手の何もかもを治しちゃうんだ」
「えええ……」
 蘇生ややり直しがないこの転生世界でそんな能力はまさにチートの中のチートと言っても過言ではないだろう。しかし罪名というのは普通能力者にマイナスの効果を与える呪いのようなものではなかったのか? 
「ボクが罪名を受ける前はもっとすごかったよ! ひとたび力を解放すればその時に居た世界からあらゆる病気をなくしたりもできたんだ! だからボクはたくさんの世界でこの力をいっぱい使ったんだ! 百を超える世界から病や怪我が全て消えてなくなったの!」
 あまりのスケールの大きさににわかに信じる事ができない。世界から病魔を完全になくしてしまうなんてまさに神の御業としか言いようがないじゃないか。始原の四聖とはそれほどの力を持った存在なのか!?

「そしてこ僕たちが今歩いているこの世界も、僕が力を使った世界のうちの一つなんだ」

 

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