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第三章

3-16 触れてはならない者

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 まだ生きている天聖者を全員教会の中へ運び込み、万が一がないように子供たちが寝ている聖堂とは別の部屋に転がす。僕に雑務を押し付けたダウターといえば教会の中に姿が見えず、どこかへ消えてしまったようだ。
 あまり大きくない物置のようなところに四人の天聖者を入れる。元々大きくはない部屋だったがかなり窮屈になってしまった。壊れた日用品が埃をかぶったまま置かれているここは暗くかび臭い。
 できればこのような場所からはすぐにも離れたかったが天聖者がいつ目を覚ますともわからない。僕が召喚したマヒ効果付きロープは鑑定したところ手足にしびれを起こして自由を奪うぐらいの物らしく、もしかすると解除されたり抜けだされたりするかもしれない。
(何かを聞きだしたりするつもりがないなら、もっと強力な拘束具が出たんだろうけどな)
 ダウターが天聖者の半分を殺して、半分を行動不可能にしたのには理由があるはずだ。僕が信じられないような出来事を彼らに話させるのだろうか? しかし当のダウターは見当たらない。
(こうして天聖者と実際に敵対するのは今回が初めてかな)
 僕はたくさんの自分の人生、というよりかは転生者としての繰り返しを記憶している。ある時は天聖軍のトップだったり、天聖学院の生徒だったり、そして今のようにアンタッチャブルと行動を共にしていたり。
(リセットだったり、蘇生だったり。そういったやり直し系のスキルはないはずなんだけどなあ)
 全能の力をもってしてもそういったスキルは頭の中に表示されない。もちろん死ぬことが条件のやり直しなら、条件が満たされていない状態だと一覧に表示されないので、いざ自分が死ぬその瞬間までそのスキルの存在を確認できていないだけかもしれないが……
 縛られたままの天聖者達を眺める。自分が天聖軍の一員だった時は、アンタッチャブルは憎悪の対象でしかなかった。胸の中には女神様……正体はアンダースタンダーというアンタッチャブルのお仲間と聞いているけど、まあその女神様に対するゆるぎない忠誠と、天聖軍の正しさを確信していた。誰にどんなことをそそのかされようがその忠誠は変わりなかったことを覚えている。
(でも……)
 今の僕にはそういった滅私奉公のような気持ちは全く存在していない。
 僕の考えが浅はかだったせいで、路地裏のあの兄弟や人を救う為に奔走している転生者を殺してしまった時から、この転生というものに少しずつ疑問を抱き始めているのだ。
 天聖軍に所属していた時は自分たちの行動に疑問を持つことすらなかった。貧者がいれば施し、危機を見れば駆け付け、悪がいれば撃ち滅ぼしてきた。しかしどうして『その後の事』に一度たりとも考えが及ばなかったのだろう?
 もちろん天聖軍に所属していた時は、同じ転生世界に長く留まることがなかったのも理由の一つかもしれない。僕たちは転生者が死んだり消えたりした転生世界に残っている悪を滅ぼし、平和が戻ったことを確認すれば直ちに次の転生世界へと移動していたからだ。
 それでも……それでも僕の全能の力を少しでも使っていれば、ただ貧者に金品を撒き散らすだけの行為が一体どんな結末をもたらすかを、理解できていたはずではなかっただろうか。人が襲われているというだけで相手の種族を根絶やしにする行為に、疑問を抱くことができたのではなかっただろうか。一体僕は何を根拠に、自分たち天聖軍が絶対の正義だと信じていたのだろうか。

「ううん……ここは……? みんな……?」
 答えの出ない思考の迷路に入り込んでいた僕を現実に引き戻したのは、昏睡状態から目を覚ました天聖者だった。
「え……、ちょっと! 動けない! これは……縛られてる! ちょっとあなた! 私たちに何をしたの!」
 現状を理解したのだろう、その女は大きな声で僕に経過を問い質す。自分が圧倒的に不利な立場にいながら直情的に強気な態度をとる奴の気が知れない。
「あまり大きな声を出さないでよ。近くで子供たちが寝てるんだ」
 僕は今のところ彼らによい感情は持ち合わせていない。あの攻撃が僕たちを狙ったものなのか、それとも教会を狙ったものなのかはわからないが、どちらにしても敵対行動であることは間違いない。だからこそダウターも相手の事情を確認する前に数を半分に減らしたのだろう。
「ふざけないで! 悪魔の味方なんかして一体何が目的なの!」
 相変わらずの大声で僕を責めたてる。悪魔の味方とはアンタッチャブルのことだろうか? リーダーやダウターを始めとするアンタッチャブル達は天聖軍からも裏切者としてとても有名だ。教会の上空で対峙していた時、彼女も何かのスキルでこちらの情報を確認したのかもしれない。
「ねえ、申し訳ないけど声を落としてくれないか。君たちは頑丈なその天聖の鎧で自分たちの身が守られていると信じているのかもしれないけど、苦痛を与える方法ならいくらでもあるんだ。試しにその縛られた状態のまま肥溜めにでも落ちてみるかい?」
「…………っ!」
 もがくことしかできない状態でクソの山に沈んでいく自分でも想像したのだろうか、彼女は一気におとなしくなった。

 しかしダウターはどこへ行ってしまったのだろうか。意識を取り戻したのは今のところ一人だけだが、他の天聖者が目を覚ますたびに同じような事をしなければいけない可能性を考えると正直面倒だ。
(さすがに戻ってこないって事はないだろうし、それまでもっと強力な拘束具で縛りなおそうかな……)
 しかしそれも面倒だなあ……、などと考えていると、ようやくダウターが戻ってきた。
「お待っとおさん。ちょっとブレイカー呼んできてたわ」
 ダウターの後ろにはブレイカーもついてきていた。一体何を始めるというのだろうか。
「アンタッチャブル……!」
 さっきまで僕の事を睨み続けていた女天聖者の顔が一気に青白くなった。
 アンタッチャブルという通り名は、天聖軍クエストの難易度『アンタッチャブル』から来ている。意味は『手を触れてはならない』だ。
 アンタッチャブルのクエストはクリアするためではなく、アンタッチャブルの現在地を知らせるために張り出される。『どんな理由があろうとも今ここには近づくな』と周知のためにクエスト板に上がるのだ。それでも天聖者になりたての新人が定期的に挑戦しては死んでいくのが天聖軍の上層部の悩みの種だった。
「いや! いやよ……!! なんでここにアンタッチャブルが!? しかも二人も!!!」
 半狂乱になったように取り乱してはなんとか束縛から逃れようともがいている。アンタッチャブルがいると覚悟してここに来たのではなかったのか? この人たちはクエストを受けてここに来たのではないのだろうか。
「あー、今回はメイカーになんも伝えんと来てたからなあ。最初は長居するつもりなかったし」
 ダウターは一人で納得しているが、僕は事情を全く理解できていない。そんな僕の困り顔を見たからか、ダウターが説明を付け加えてくれる。
「俺らは天聖軍とイチイチ殺し合いするんを避けるために、どっかの転生世界に長居する時はメイカーを通じて天聖軍に居場所を伝えてるんよ。天聖軍はその情報を聞いて、ここにしばらく近づいちゃ駄目ですよってアンタッチャブル難易度のクエストを張り出すわけやな。天聖軍はメイカーの事をアンタッチャブルの居場所を把握するために、身を挺してアンタッチャブルに潜り込んだスパイやと思ってるらしいで。ウケルやろ」
 女天聖者の顔が驚愕に歪む。これが事実だとしたら、天聖軍側にとってはとんでもない情報だ。
「いいんですか? この人大変な事を知ってしまった! って顔してますけど」
 念の為に確認しておく。ピースメイカーがアンタッチャブルの協力者だということがばれたら、彼の立場が危なくなったりしないのだろうか。
「ええねんええねん。どうせすぐになんもわからんようになるから」
 具体的な方法はわからないが特に問題はないようだ。まあ知られて問題があるのなら殺されるだけだろうし、どっちでもいいのかもしれない。
「よお、お姉ちゃん」
 ダウターが女天聖者に近づいてしゃがみ込み声をかける。彼女はダウターから逃げようと必死に身をよじっているが、四肢がマヒしているこの状況で出来る事と言えば芋虫の如く這いずり回ることだけだ。
「ヒイッ! ヒイイイイ!」
 一体どんな悪評が広まっていればこんな反応をされるまでになってしまうのだろうか。もちろん彼女の周りから消えている残りの半数や、未だマヒから目を覚まさない生き残りの仲間の事を考えると、彼女にとって僕たちは死神以外の何でもないのだろうが。
「そんな怯えんでもええって。質問に答えてくれたら殺したりはせんから」
 ダウターはニコニコと笑いながら彼女に話しかけた。
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