テンセイミナゴロシ

アリストキクニ

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第三章

3-9 やり直し

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 それからというもの、彼は全く笑わなくなってしまった。誰といても常に上の空で、時折『先生……』と呟いては座り込む。ついには全く話さなくなり、そしていつの間にか彼の姿はどこにも見えなくなってしまった。

「この中の誰が欠ける事になろうとも、その先が転生のない未来につながるなら歩き続けねばならない」
 リーダーはそう言って以前よりも苛烈に物事を進めようとしたけどダメだった。ダウターの笑顔はアンタッチャブル達にとって何より必要だったようで、精神的な支柱を失ったメンバーは一人去り、二人消え、三人死んでいった。

 最後に残ったのは僕とリーダーだけだった。襲い来る天聖軍を次々と打ち倒し道を急ぐ。七色に輝くシールドは全ての攻撃を拒絶し、光の剣は全ての障害を切り開いた。
 僕たちは神の間へとたどり着き、一気に扉をあけ放つ。中には悲しい目をした女神が一人、待ちわびたように玉座に座っていた。僕が一切動けないでいる間に、リーダーが一瞬光に包まれ健康的な肉体を取り戻す。
 リーダーと女神はお互いに剣を取り出し、それをゆっくりと流れるような動きで打ち付け合う。彼らの剣はまるで踊っているかのようで、そして何かを語っているかのようであった。スキルも魔法も何一つなく、単純な剣がぶつかる音のみが神の間に響く。彼らはいつの間にか涙していた。その顔は笑っていて、きっと諦めていたのだと思う。
 しばらくの間彼らはお互いを混じりあわせ、そして最後にリーダーが女神の胸を正確に貫いた。女神は地に伏せ、彼は急いでアンダースタナーを抱きかかる。彼らはそこで初めて声を発し、二言三言何か言葉を交わすと僕を手招きした。息も絶え絶えなアンダースタナーはなんとか笑顔を作り、僕の手にその美しい手をゆっくりと重ねる。その上からリーダーの力強い手が重ねられ、神の間は激しい光に包まれた。



「やあ、いらっしゃい」
 気が付けばそこはまた裁判所で、ニコニコと見慣れた笑顔で聞き慣れた第一声を放つダウターがきちんとそこにいた事に、僕は嬉しくて思わず泣いてしまった。
 ダウターは大慌てて他のアンタッチャブル達を呼びよせ、自分が僕を泣かせたわけじゃない、何も悪いことはしていないと言い訳を始める。他の人たちはダウターを軽くからかい、そしてリーダーが場を収めた。
(いつもの光景だ……)
 目の前で繰り広げられる茶番に似た寸劇が、今の僕には何より必要な物だった。

「オール。『全能』の意味について考えたことはあるかい?」
 幸いにも僕以外の記憶は更新されていないようで、彼らは前回と同じように全能について僕が知っていることを確認してきた。
「はい。『全ての能力』ってことですよね。僕はこの転生世界の存在する全てのスキルを使うことができますが、状況に応じて適切なスキルを考えないといけないので、たくさんの事を自分で考える必要があります」
 僕はダウターがあの先生に出会う未来が繰り返されないように、前回とまるで違った答えをリーダーに返す。
「そうか、君は自分の能力をよく理解できているんだね。きっとそこから更に学べることがあるだろう、顔合わせも兼ねてダウターと一緒にピースメイカーと会って来なさい」
 しかしダメだった。リーダーは前回をなぞるような指示を僕に出し、結局それに従うほかない流れになってしまった。
 ピースメイカーの世界でも彼の能力を説明される前に当ててみたり、色々と努力をして何度も未来を変えようとしたのだが、変わったのは僕の評価が少し上がったぐらいで、気が付けば前回と全く同じルートを進まされていた。

 最終的に僕とダウターは、またケイハ先生が転生した世界を再び訪れる事になってしまった。ダウターはコネクターが不在だったために、転生者の聞き込みをしないといけない事に対して愚痴を言っている。
「ほな俺はこのへんに変わったやつおらんか聞いてくるから、その間オールは適当にブラブラしとき」
(まずい……このままじゃまた同じだ)
 彼がいない間になんとかうまく行く方法がないかを考える。
(ダウターが転生者の正体に気づく前に僕が殺してしまえばいいんじゃないだろうか?)
 前回は転生者の姿を見て、ダウターがコネクターの能力でその正体を確認したせいで先生と確信することになった。ならば僕が転生者の居場所から何からを聞き込みで確認したことにして、今すぐ先生を殺してしまえばいい。
(いや、それじゃだめだ)
 ダウターの罪名からして僕が一人で殺しましたと報告しても、『念の為』とかで確認される可能性が残っている。一番ベストな方法は二人で転生者の居場所を確認した後に、あの女性が教会から出てくる前に僕が大きな魔法で跡形もなく消してしまうことだ。
(彼女の生活サイクルがわかればいいんだけど……)
 僕は急いであの教会の所まで転移する。前回と同じように、たくさんの子供たちがワイワイと外で遊んでいる。探知スキルを発動し、中の生命反応を探る。一度殺したタイプのモンスターを明確に識別するスキル『二度見』のおかげで、ケイハ先生の詳細な状態が把握できた。彼女は広い教会内をあちこち歩き回りながら家事をこなしている。
 丁度時刻がお昼前だったので食事の用意をしていたようだ、彼女は穴の開いた鍋とおたまをもって外に出て、それをガンガンと打ち鳴らしながら子供たちに食事だと告げる。子供たちはキャッキャと彼女にまとわりつき、先生はまだ外で遊んでいる子供がいないかをちゃんと確認してから、みんなで仲良く教会の中に入って行った。

 目の前で流れる幸せな光景に僕はどうしようもない怒りと悲しみを抑えきれずにいた。ここが転生世界でなければ、彼女が転生者でなければ、あれはただ幸せな光景で済んでいたのに。
 もちろん彼女が転生者であったがゆえに、都合よく大きな教会が使われていなかったり、そこで暮らす許可を受ける事が出来たのかもしれない。だがそれが一体なんだというのだ。彼女さえいなければ、こののどかな町にあれほどの孤児が現れる事もなかった。
 僕はこの時ようやく初めて、この転生というシステムが憎いと思った。転生者の善意を、偽善やエゴに変えてしまうこのシステムを、破壊しなければならないと思ったのだ。

 僕が決心を固めていると、教会の中にいる先生と子供たちが次々と睡眠状態に入って行った。
(なんだ!?)
 まさかダウターが既に何か手をうったのだろうか? しかしどれほど探知スキルを発動しても、魔法やスキルの影響は感じ取れない。僕はしばらく警戒を続けていたが、しばらくして事実に思い当たりプッと吹き出してしまった。
「お昼寝か……」
 子供たちも皆小さく、先生は夜も働いているのだ。睡眠時間の確保に丁度良いのだろう、昼食の後にみんなでお昼寝をしているのだ。
(つまりこの時間を狙えば絶対にダウターと先生が出会うことはない)
 僕が転移で元の場所まで戻ると、すでにダウターが退屈そうに地面に絵をかいて僕を待っていた。
「またフィールドワークか~? 先に言うといてくれたら集合時間決めたのに」
「ああ、すいません。ついつい色々調べたくなってしまって」
「まあかまわんよ。転生者の居場所と性質もだいたいわかったしな」
「どんな人なんですか?」
 ここは前回と同じルートを辿るようにしておく。ダウターの行動が変に変わったりしないよう、どうして善き転生者まで殺すのか、の問答を再び繰り返す。
「というわけで、いい奴ほど殺してやらなあかんのや。転生者が人を助けたいと思えば思うほど、助けられるための被害者が生み出されることになるからな」
「そうだったんですね……」
 会話をしながら歩く速度を落としたり、反対意見を多く混ぜることによって前回よりも移動にかかる時間を大幅に長くした。おかげでケイハ先生のいる町についたときには辺りはすでに暗くなり始め、町の人も仕事をやめて家や酒場に集まりだしているようだ。
「もう暗くなってしまったし、とりあえず続きは明日にしておきませんか? 宿とってきますよ」
「そやなあ。刻一刻を争うような相手やないからな。そうしよか」
 前回と同じ二人部屋でダウターと一緒にこの世界のお酒や料理の話をしているうちに、僕たちは次の日を迎えていた。
 

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