テンセイミナゴロシ

アリストキクニ

文字の大きさ
上 下
56 / 107
第三章

3-2 人間と魔族

しおりを挟む
 少女が金貨を抜き取った瞬間、衛兵の手が少女に触れ、そのまま二人はどこかへ消えてしまった。
「転移だ! ダウターさん!」
 目の前で起きた出来事に驚いてダウターを見上げるが、彼はいつもの顔でニコニコと笑っている。
 周囲の人たちも何故か安堵したような顔で、『よかったよかった』などと言いながら皆自分の生活に戻っていくところだった。
(わけがわからん!)
 こういう時にこそ落ち着かねばならない。ダウターや周囲の人の様子から、女の子が危険な目に合っているとは考えにくい。しかしやはりこの目で真実を確認したい。
「そんじゃ見に行くか」
 僕の気持ちを汲んでくれたかのように、ダウターが導きの門を出す。彼が開けた扉に飛び込むと、そこは見覚えのある場所だった。
(ここは……あの場所だ……)
 ピースメイカーがF組の仲間を殺し、僕がピースメイカーを殺したあの古城の王の間だ。玉座にはあの時と変わらずピースメイカーがブカブカの白衣を余らせながら座っており、その目の前には鉄の檻の代わりにさっきの少女と衛兵が並んでひれ伏していた。
「座れ座れ。子供にそんなカッコさせんな」
 ピースメイカーの言葉を受けて、奥に控えていた老婆が見事な椅子を二つ持ってきて女の子と衛兵に座らせていく。
「テーブル。お菓子と飲み物」
 言われた通りの品々が二人の前に次々と運び込まれる。女の子はどうしていいかわからないといった様子でオドオドとしていたが、隣の衛兵がお菓子と飲み物を薦め、彼自身も進んでそれを口にすると、女の子も彼の真似をするように後に続いた。ピースメイカーの顔が笑顔に変わる。
「ごめんね。君の住んでいるところだけ先に教えてくれるかな?」
 この世界の王からの問いかけに女の子はまた少し緊張した様子だったが、少しずつ区切りながら自分の住んでいる住所を王に伝えていく。それを聞いて先ほどの老婆がどこかに転移した。
「ありがとう。お嬢ちゃん。もう大丈夫だからゆっくりしていくといい」
 その優しい言葉に少女は嗚咽をもらす。隣の衛兵が優しくその頭を撫で、さらに菓子や飲み物のおかわりを彼女の前に並べている。

「よお、来たな。今回は大丈夫そうか?」
 目の前で起きている慈愛の光景に見とれる僕に、ピースメイカーが玉座に座ったまま身体を伸ばしながら目を合わせてきた。
「あ……どうも……。この前はなんか……すいません」
 リーダーたちは大丈夫だと言っていたが、やはり自分が真っ二つにした人と話をするのは気まずい。彼もそんな僕の気持ちを理解しているのか、ニヤニヤと笑いながら斬られていた場所をさすっている。
「リーダーから聞いてるよ。でもちょっと待ってくれるかな」
 そう言ったピースメイカーの隣に先ほど転移していた老婆が帰ってきた。老婆は彼の耳に手を当てると、囁くようにして何かを伝えている。
 王はまた新しい指示を老婆に出し、玉座から立ち上がって少女に近づいていく。衛兵が慌てて起立するのを手でとどめ、ダボダボに余った白衣の袖から、パンパンに膨れた小さな布袋を二つ取り出した。
 彼はそれを少女の目の前に置き、紐をほどいて中を見せる。片方の中身はクッキーのようなお菓子で、もう一つは金貨だった。少女は立ち上がり、王の足にしがみつく。彼は余った袖をグイッとまくり、少女の頭をしっかりと撫でていた。 
 しばらくの時がたち、少女が落ち着きを取り戻して彼から離れると、王は先ほどの布袋の紐をまた締めて少女に渡し、それとは別に衛兵に金貨を一枚渡そうとした。衛兵は何度もそれを固辞しようとするが王の強い目に根負けし、深々と礼をして受け取った後、少女と共にまた転移して王の間から姿を消した。

「待たせたな」
 ピースメイカーは衛兵たちを見送った後こちらに向き直り手招きする。テーブルや椅子はまたてきぱきと老婆によって片付けられ、僕たちは彼からほどよい距離の所で立ち止まった。
「リーダーには能力の話をしてやってくれと言われている。どうやらタダの馬鹿から少しは成長したようだから、俺が特別に時間を割いてやる」
「なんやなんや、俺らにもさっきみたいに優しい言葉とお茶でおもてなししてくれや」
「やだよ。もったいない」
 お互い楽しそうにクックッと笑っている。
「まずはオールの為に自己紹介をしてやる。俺の名はピースメイカー、『平和を作る者』だ」
 彼がパチンと指を鳴らすと玉座の後ろにある扉が開き、中から美しく着飾った人間と魔族の女性が一人ずつ出てきて彼の両隣に立った。
「オール、聞いているかもしれないが俺は人間の国を統一し、その後魔族と呼ばれる者たちの王を倒した。その後俺はその両方の王として君臨している」
 つまり両隣に立つ女性は人間と魔族それぞれのお妃様というわけだ。
「さて、どちらが魔族かわかるかな?」
「僕から見て左の方ですか?」
 肌の色や耳の形を見れば一目瞭然だ。しかし万が一のことを考えて疑問形で答える。
「OKだ。お前の今の状態はだいたい理解した」
 彼がまた指を鳴らすと、二人のお妃様はまた元の扉から帰っていった。

「さて、能力の話だったな。本当は自分の能力を大して親しくもない奴に話したりはしないのだが、リーダーたちがお前に希望を託すと決めたのなら、俺もお前に全てをかける」
(ちょっと話が大きくなりすぎてるような気がするなあ)
 僕はこの転生世界を良いものにしたいとは考えているが、彼らの言うように転生者を全員殺したり、転生というシステム自体を破壊しようとまでは考えていない。今僕たちがいるこの世界では魔族と人間が平和に暮らしているが、やはり他の世界では争いは絶えず、苦しむ人たちもたくさんいる。彼らを助けられるのは特別な能力を持った天聖者達だけではないのだろうか?
「お前は俺の能力をどんなものだと考えている?」
「えーっと……、その聖名と戦った時の感触から、『相手の攻撃を強制的に止める』みたいな物だと考えています」
 横でダウターがニヤニヤと笑いだした。
「そうだ。誰もがそう思うだろう。そう思う様にしているからな。俺は引き金を引いてバンバン転生者を処刑しているのに、彼らは何の変哲もないタダの鉄の檻に入れられたまま、一つの反撃もできずただ泣き叫ぶだけだった。彼らのほとんどは何の能力も持たずにここに送り出された者達だったが、数人はきちんと能力を持った転生者だった。その彼らも何の抵抗もできずに死んでいった。オールも旧知の仲間が殺されるまでは俺に一切手出しできなかったな」
 ハカセたちの最期を思い出し、僕の顔がゆがむ。
「心配するな。今回彼らはまだ学院で修行中さ。オールが学園にいないこともあって、あいつらが活躍するにはまだまだ時間がかかるだろう。そうそうここには来ないよ」
 その言葉にホッとする。いくらこのアンタッチャブルの場に身を置いているとしても、またあの時と同じ状況になったら僕はまたピースメイカーに刃を向けると思う。
「では実際はそんな能力ではないということですか?」
 話を元に戻す。
「そうだ。『自分は攻撃できるけど相手は攻撃できない能力』なんて意味がわからないだろ? それに実際オールは俺を真っ二つにした」
「あれは……夢中だったから……」
 ダウターがこれ以上は我慢できないといった様子でゲラゲラと声を出して笑い出した。
「強い感情が眠れる力を引き出したりするのは、転生で『強い感情が眠れる力を引き出す』と設定してある時だけだ。お前はただの全能。それ以上でもそれ以下でもない」
 自分の全能の力を『ただの』なんて言われる日が来るとは思ってもみなかった。しかしよく考えればダウターにもバトルで負けているし、この能力は絶対ではない事は身に染みている。
「あの少女と衛兵を見に来たってことは街にある大量の金貨も見たんだろ? あれも俺の能力を活用した政治の一つだ」
(?????)
 まさかピースメイカーの能力が政治にも関わる様なものだとは想像もつかなかった。一方的に攻撃が可能になる様な何かだとしか考えていなかったので、思考を最初からやり直す必要がある。
(ピースメイカーを殺す事ができた一撃が、僕の怒りや感情みたいな偶発的なものでないとするならば、条件が揃えば攻撃ができることになる。彼はその条件を揃えているから銃の引き金を引けた。ではその条件は一体なんだ?)

 相変わらず隣で笑うダウターにイラつきながら、僕は思考の海に沈んでいった。
しおりを挟む

処理中です...