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第三章

3-1 アンタッチャブルのオール

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「はい、いらっしゃい」
 気がつくと僕は大きな部屋の中にいた。純白に包まれたその部屋はまるで裁判所のようになっていて、僕は証言台の位置に立っていた。
「おお! まじで時間ぴったしやな! 半信半疑やったけどさすがリーダーや」
 裁判長席に座るダウターがニコニコと何かを言っている。笑っているのはいつものことなのだが今日はなんだが上機嫌だ。
「おーい、自分オールなんやろ? どないしてん。俺の事がわからんか?」
「いや、わかりますよダウターさん。なんだかちょっとぼーっとしてたみたいです」
「おお! まじかよ、覚えてるんか?」
「ええ、覚えてますよ。ダウターさんでしょ?」
「まじかまじか! じゃあ俺のもう一個の名前とかは?」
「え? ダウターさんって別の名前あるんですか?」
「いや、ええねんええねん。知ってるはずないから大丈夫や。リーダー! 進んでますわ!」
 ダウターは黒い椅子から立ち上がり、横の木椅子に移る。よく見るとアンタッチャブルはみんな集まっていたようで、いつのまにかそれぞれ自分の席に座っていた。
「オール、久しぶりだね」
「お久しぶりです、リーダー。といっても僕はあんまり時間が経ってる気がしてないんですが」
「ハハハ! そりゃそうだろうね。しかし本当に……本当に長い時間が経ったんだよ」
 リーダーもアンタッチャブルのみんなも今日はなんだか随分嬉しそうだ。
「コネクター、どうだい?」
「ええ、天聖軍に行く前に私たちで殺したのが功を奏したようね。ほとんど残ってるわ。でも一番重要なロックが外れていない」
「うん。あれはブレイカーじゃないと無理だろう。でも今のオールじゃ外す前に壊れてしまうからね」
「ボク、オールを壊したくないよー」
「大丈夫、大丈夫さ。その時がきっと来る」
 僕を残して繰り広げられる謎の会話にももう随分慣れた。知りたいという気持ちはまだまだ強いが、いつかきちんと教えてもらえるだろう。

「オール。転生者を殺す事にまだ抵抗があるかい?」
「正直に言ってありますね。クズみたいな転生者が山ほどいて、そいつらがろくでもないってことはなんとなくわかりますけど、やっぱりいい転生者もいるじゃないですか? それこそ脅して良くする事だってできる。殺す必要まではないんじゃないですかね」
 アンタッチャブルを否定する僕の言葉にも、彼らは怒ったりすることはない。
「なるほど……、幸い今回は少しだけ時間に余裕があるからね、私たちと共に過ごしていくことできっとその考えも少しずつ変わっていくだろう」
「そいや能力はちゃんと使えるんか?」
「使えますよ。ダウターさん相手してもらえます?」
「どうせ俺の勝ちパターンのネタはバレとるんやろ。あんな大サービスお前だけやぞほんま」
「フフ……すいません」
 『相手の身体の一部分だけ加速させる』なんて戦い方考えたこともなかった。しかもあれは普通仲間や自分を加速するための『支援魔法』だったから、僕の魔法攻撃無効じゃ防げなかった。
「ずっと仲間だと思ってくれてたんですね。ありがとうございます」
 頭を深く下げて感謝の意を伝える。
「や……やめえや、なんか恥ずかしいわ」
 裁判所に笑い声が響く。なんだか今僕はとても清々しくて気持ちがいい。

「オール。『全能』の意味について考えたことはあるかい?」
「僕の能力の意味ですか?」
「いや、言葉の意味さ。『全能』とはいったい何のことか考えたことはあるかな?」
「いえ……僕は単純に何でもできる能力だと考えてました。僕が炎を出したくなったらあらゆる炎に関する魔法やスキルが頭の中にコマンドリストの様に現れます。そして相手との距離や望む火力、そういった自分の希望に適したものが自動的に残るので、それを発動してる感じですね」
 僕の言葉を聞いてリーダーは数度頷く。
「よし。それじゃオールは今からダウターとピースメイカーの所に行って、『全能』の能力についてより詳しく教えてもらって来なさい」
「あー……、えーっと……。ピースメイカーさんのとこですか?」
「そうだよ。何か都合が悪かったりするかな?」
「都合が悪いというか……、僕あの人を殺しちゃってますから……」
 寝ているルイナー以外の全員がキョトンとした顔で僕を見てくる。そしてその後に爆笑が沸き起こった。
「え? あれ? なんか変なこと言いました?」
「いや、ちゃうねんちゃうねん。俺ら元々全員オールに殺される予定でやっとるから。まあ確かにそうやな。殺した相手には会いにくいわな!」
 ダウターは満面の笑みでまるで僕をからかうように笑う。
「いいんだよオール。私たちは君に殺されることを何とも思っていないんだ。いや、むしろ本当は常に誰かに殺してほしいとさえ望んでいる。しかし我々が逃げる事は許されない。だからこうして生き恥を晒している」
 急に真面目な顔になったリーダーにスッと場が鎮まった。
「大丈夫さ。安心していっておいで。きっと彼は君の力に大いに役立つと思うよ」
「わかりました」
 階段を登り、アンタッチャブル達と同じ高さに立つ。
「そんじゃ行くか」
 僕とダウターは導きの門をくぐった。



「おおおおおおお! これはすごい!」
 話には聞いていたが、ピースメイカーの街には本当に魔族と人間が一緒に暮らしていた。彼らは種族の違いなどを一切気にせず、仲良く笑顔で暮らしている。
「あんときは城の中しか見てなかったから。この街見るんは初めてやろ」
 探知で軽く大きさを計ってみたがかなり大きな街だ。道行く人たちの顔には活気が溢れ、みんな本当に幸せそうだ。
「ピースメイカーが……俺はメイカーって呼んでるけど、転生者でありながら聖名持ちになったんはこれが理由や。魔族と人間の共存なんて、実現できた奴は誰もおらんかった。でもみんな当たり前に仲良く暮らしてるやろ? ここでは小さなイザコザや小競り合いすら起きん」
「食事とかはどうしてるんですか? 食べるものって一緒なのかな」
 魔族がどうして暮らしているかなど見たことも聞いたこともない。彼らも当然生きているからには人間と同じように生活サイクルというものがあるだろうが、それを知る機会など今まで一切なかった。
「だいたい同じもん食ってる事になってるなあ」
(なってる……?)
「じゃあ魔族って人間とあんまり変わらないんですね」
「…………ああ、そやな。ほんまに何も変わらんで」
 ダウターのいい方に少しひっかかったが、どうやらここでは魔族も人間とほぼ同じ生活様式で暮らしているようだ。

 魔族のいる街の光景は見るものすべてが新しく、キョロキョロとあちこちを見ながらせわしなく歩いていると、突然街の中に大量の金貨が置かれているのが目に入った。
「ダ……、ダウターさん! お金が置いてありますよ!」
 まるでそこに捨てられているかのように、地べたに山のような量の金貨が放置してある。その横には衛兵らしき男が一人、槍を片手に持って警備をしているようだ。
「おお、あれもこの世界の名物やな。全ての街に同じもんがある。けどお前は絶対に取るなよ」
「取りませんよ! 泥棒じゃないんだから……」
 しかしそれはあまりに興味深く、ついつい近くまで寄ってしまう。衛兵にジロリと睨まれたので『すいませんすいません』と小声で謝りながらもじっくりと見物した。その黄金の輝きからどうやらこの金貨は偽物なんかではなさそうだ。しかもよく見ると衛兵の近くに立て看板が置いてあり『必要なものは取ってよし』とまで書いてあった。
「えええ、これって誰でも取っていいんですか?」
 ダウターの元に戻って尋ねる。その割に街を行きかう人々はこの大量の金貨に近づこうともしていない。それどころか逆に距離を取りたがっている様子まで見受けられた。
「誰でもやない。必要なものは、って書いてあるやろ」
「いやでもお金はみんな必要でしょ?」
 一体どういうことなのだろう? と考えていると、人込みの中からヨタヨタと、見るからに貧しそうな恰好をした小さな人間の女の子が金貨の近くまで歩いてきた。すると周囲の人の流れがピタッととまり、多くの人たち全員がその子供の行動をじっと見つめる。衛兵もその女の子をやはりジロリと睨むと、槍を置き両手を自由にして女の子にゆっくりと近づいていく。
「メイカーの事がよくわかるいい例がきたわ」
 ダウターが何やら訳知り顔で喋っているが、金貨に近寄る子供を周りの人間全員で注視しているこの状況は正直言ってかなり異様だ。
 その子供はなんとか金貨の山までつくとそこでじっと目の前のお宝を睨みつける。そして衛兵をチラチラと伺いながら、ゆっくりと手を出しては引っ込めたりを何度も繰り返した。魔族も人間も、何故かみんな祈る様に目をつぶったり手を組み合わせて空を仰いだりしている。衛兵はついに女の子の隣に到着し、その両手を女の子に近づけていく。
 そして女の子はついに意を決したかのように顔をあげ、金貨を一枚だけ取り出した。


「とったぞおおおおおおおおお」
 瞬間、周囲から狂気を含んだ叫び声がいくつも上がった。
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