テンセイミナゴロシ

アリストキクニ

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第二章

2-22 ピースメイカー

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 小さな兄弟の無残な死体に、呆けていた私の頭は一気に現実感を取り戻した。今まで気づかなかったがこの辺りにはたくさんの血と死の臭いが漂っている。
 ブレイカーは死体に走り寄り、それを拾い上げると何かを小さく呟きながら抱きしめた。涙を流しているのだろうか、派手ながら整った顔のメイクはドロドロと溶けて流れ落ちている。
「ごめんね……ごめんね……」
 嗚咽と一緒にブレイカーの謝る声が裏路地に吸い込まれていく。
「お……お前たちがやったのか!?」
 怒りで声を震わせながら私は再び大剣を取り出し構える。
「あー、お前達っていうか俺たちやなあ」
 ダウターが言葉を終える前に振り抜く。本日二度目の薙ぎ払いは今度は龍のような三つ又の手を持つサンズガワによって容易く止められてしまった。
「何なのだ……一体これは……悪い冗談か何かだろう? そうだと言ってくれ……」
 握っていた大剣が手から離れ、音を立てて地面に転がる。私は力なくその場に膝をつき、そして頭を抱えるしかなかった。
「冗談でも何でもない。この区画に居るオールが施しを与えた奴らはみんな俺たちが殺した」
「なぜ!……何故だ、何故なんだ……! 私が憎いのなら私を殺せばいいだろう……。どうしてこのようなことをする……? 彼らに何の罪があったのだ……」
 涙があふれてはこぼれていく。
「立て。そろそろ答え合わせをしにいこう」
 ダウターに抱えあげられるようにして立ち上がる。ダウターもサンズガワも泣いているようだった。本当になにもかもがわからない……、アンタッチャブル達はこのような事をしながら一体何に涙を流しているというのだ……? わからない……わからない……


 導きの門を通り、今度はどこかの古城のような場所に出てきた。私は引きずられるようにしてダウターについていく。
 そのまま王の間と思わしき場所に到着した時、私は見知った顔が玉座に座っているのを見た。
「ピースメイカー……」
 確か奴は転生者の頃から女神様に聖名を授かった天才だ。ぶかぶかの白衣を余らせながら眼鏡をかけ直し、じっとこちらを見ている。
「随分こっぴどくやられたみたいだな。オール」
「ピースメイカー! 教えてくれ! 私にはもう何もわからないんだ! 一体これは何なんだ? 私は何をされている? 女神様とお前達は一体どういう繋がりなんだ? 何が目的でこんなことをしている?」
「質問多すぎ。まあ気持ちはわかるけど、答えは自分で考えてくれ。どうせこの世界ももうすぐ終わるだろうし」
 またそれか! 考えろ、考えろ、考えろ! もういい加減聞き飽きた! 答えを……答えをくれ! これは一体何なんだ!
「質問の答えじゃないけど俺がここでやってること教えるよ。俺はピースメイカーとしてこの世界を支配して、ここで送られてくる転生者を処刑している処刑人さ」
「…………」
「あの裁判所は見ただろ? あそこでやってるのは案内なんかじゃなくて裁判さ。転生する価値のない人間はここに送られて俺の手で殺されてる」
 ガラガラ……ガラガラ……
 後ろから台車が進むような音がした。同時にたくさんの泣き声や叫び声、助けを求める声が王の間に近づいてくる。
「転生者の処刑をお見せしよう」
 台車の音とたくさんの声はどんどん近づいてくる。堪えきれず後ろを見ると、鉄の檻に入れられたたくさんの人間が台車に乗せられ、ルイナーに引かれてこちらに近づいてくるのが見えた。
「必要ない……そんなものなど見たくはない……」
 蚊の鳴くような声をなんとか絞り出す。これ以上私の精神に負担をかけるのはやめてくれ……
 しかし台車は玉座の前に置かれ、その中では相変わらずたくさんの人が檻の隙間から手を伸ばして助けを求めている。
「こいつらはみんな転生者だ。ほとんどはアンタッチャブル達の裁判所から何の能力も持たされずにここに飛ばされた哀れなやつらだが、別の世界からさらってきた奴なんかもいる。転生者が死んだり天聖した後の世界の事は知っているな?」
「……転生者の存在が消えた世界は、必要があれば天聖軍がその後始末をする」
「そうだ。転生者は消えて欲しいが世界は残しておきたい時、天聖軍に介入されたくない場合などはさらってこうして閉じ込めておく。別の世界であろうが転生者が存在していればその世界に天聖軍が来ることはないからな」
 ピースメイカーは説明を続けながら玉座の後ろからいくつか銃を取り出した。
「銃はいい……。俺には短い刃物を振り回して喜んでいる馬鹿たちが理解できない。いくら天聖者といっても射程は正義だ。同じ天聖者どうしなら射程が長い方がいいに決まっている」
 そういって彼は引き金を無造作に引いた。放たれた銃弾は檻の中の一人の眉間を正確に貫き、絶命させた。
 王の間の叫び声と泣き声が一気に大きくなる。その間にもピースメイカーは引き金を何度も引き、撃ちだされた銃弾はそれぞれ一つずつの命を確実に奪っていった。
(やめろ!)
 心の中で何度も叫んでいるのに声が出ない。何度も斬りかかろうと身体を動かそうとするのだが一歩も動けない。
「私に何をした……?」
 ただの質問ならできるようだ。これは……
「そりゃ天聖者なんだから能力さ。いいだろこれ。一方的で」
 彼は次々に引き金を引き、ついに檻の中の人間は皆死んでしまった。
「俺は効率的な方がいいんだ。大きな声で技の名前を叫びながら突っ込むよりも、こうして引き金を一つ引く方が楽だ。能力者バトルなんてのもやりたくない。俺は平和が大好きなんだ。ピースメイカーの名が泣いちゃうからな。争いは嫌いだ」
 ガラガラ……ガラガラ……ガラガラ……
 また台車の音がした。それは先ほどの物と同じように玉座の前に並べて置かれる。しかし今回の檻に入れられているのはたったの三人だった。
「お、お、お、オール殿~。た、た、た、助けてくだされ~」
「ハカセ! それにゴエモンとバンコ!」
 檻に入れられていたのはF組の仲間たちだった。どうしてこんなところで捕まっているのかはわからないが彼らを殺されるわけにはいかない!
「ピースメイカー! 聞いてくれ!」
「聞かないよ」
 三発の銃声。たったそれだけで三人は死んだ。ゴエモンとバンコは声すら聞けなかった。今はもう三人とも物言わぬ死体に変わってしまった。彼らがもっていた人形が真っ赤に濡れて檻の隙間から地面に落ちた。

「おおおおおおおおおおおおおおおお!」
 大剣を取り出し光を纏わせる。もう半ば破れかぶれだった。全力でそれを振り抜く。
 ピースメイカーはあっけなく二つに分かれてそのまま死んだ。
「…………え?」
 どうせ止められるものだと思っていた。まさか本当に殺せるとは思わなかったのだ。しかしピースメイカーは死んでしまった。私が殺してしまった。

 どこからか三人の老婆が出てきてピースメイカーの死体に寄り添い、何かを言いながら死体に重なるようにして倒れていった。私の探知スキルが、その老婆達もそこで死んだ事を示していた。




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