テンセイミナゴロシ

アリストキクニ

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第二章

2-18 神の役目

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 アンタッチャブルと共に過ごすようになって一番驚いたことは、こいつらはほとんど休まずに転生者に害を与え続けていることだった。どこからそんなモチベーションが沸いて出てくるのだろうか? 異常者とは皆こういうものなのか?
 このサンズガワもまたずっと転生予定者の相手を続けている。といっても適当な面談を行っては自分で導きの扉を開け、転生者を好き勝手な世界に飛ばしているだけだ。
「お前たちは休息をとらんのか?」
 次の転生予定者の書類に目を通しているサンズガワに尋ねる。こいつらの手が少しでも止まれば、その分転生者の犠牲者が減る。悲しいぐらいに小さな抵抗だが、今の私に出来るのはこれぐらいだ。
「なぜ休息が必要なんです?」
「お前が言っていただろう、天聖者は精神的に弱いと。過度なオーバーワークは効率を下げ、自身に悪影響を及ぼすものだ」
「いえいえ、僕が言っているのは『人を救うのに休息が必要なのか?』ということですよ」
「……何だと?」
「自分の仕事一つ一つが人の命に関わってるなら休む暇なんてないでしょ? そりゃただの人間だったら医者でも何でもちゃんと休まなきゃだめですよ。でも僕たちの体力は無限に近い。休む理由なんてどこにもないでしょ?」
「お前たちが本当に人を救っているのならな……」
 目の前の男の純粋さに、サンズガワはただ他のアンタッチャブルに騙されているだけなのでは? といった思いが強くなる。まだ少しの時間共に過ごしているだけだが、この男は人を好んで害するような性根の持ち主ではないように思う。
 面談の時も転生者の過度な欲に対して忠告し、人の助けになる能力や生き方をずっと勧めている。それでどうしてこのようなアンタッチャブルの巣窟の中に留まっているのか理解ができない。

「神様って都合がいいですよね」
「急になんだ」
「人間の常識って時代と共に変わっていってるじゃないですか。昔は何の疑問も持たずに行われてた奴隷制とか、どうしてその時代の神様は許していたんでしょうね」
「それは人間の想像上の神の話だ。我等の女神様とは関係ない」
「それじゃあ転生予定者が奴隷の売買を行ってた人物ならどうするんです?」
「……そんなやつが女神様に認められるものか」
「本当ですか? では転生予定者は自分の世界の常識とは別の理由で認められたり認められなかったりするんですか? 善悪の判断をどの世界のどの文明のどの時代に沿ってやってるんでしょうね?」
「…………」
 そんなことは考えたこともなかった。
「転生者って本当に人を救ってるんですかね?」
「当然だ! 悪魔や魔物を退け屠るのは転生者達の立派な行いの一つだ!」
「じゃあその世界って転生者が来るまではどうやって続いてたんです?」
「む……」
「魔王が現れてその世界の住人から勇者が生まれるならまだわかりますけどね、その世界に勇者が生まれなかったら人類は滅亡して終わりでしょ?」
「滅亡する前に転生しているだけだ」
「そんな都合のいいタイミングの世界がどれだけあるんですか? どうして転生者の数だけきちんと転生世界があるんですか? 転生世界は実際にどこにあるんですか? 導きの門から出入りすることでしか知らない世界は、一体どこに存在してるんですか?」
「……知らん、知る必要もない。我々天聖者がやるべきことは、目の前にいる苦しむ人たちに救いの手を差し伸べる事だ。そういった言葉遊びではない。どこにどれだけの世界があろうとも、一人でも多くの人間が涙することのないように全力を尽くすのが我々の役目だ」
 そうだ。実際に苦しむ人々を私はどれだけ見てきた? そしてどれだけ私の力で笑顔に変えてきた? それだけで十分だ。私の現実は確かにここにある。

「いや~、さすがはオール、いい事言うなあ」
「……ダウターか、何の用だ」
「正解! ダウターでーす。そろそろ転生裁判見るのも飽きてきたかなと思ってな、次のお役目持ってきたわ」
「殺しならやらんぞ」
「ちゃうちゃう! その正反対や。俺らは色んな世界定期的にチェックしててな、そこで慈善活動をやっとるんよ。その配給やら現状の確認やらを一緒にしに行こうやないか」
「慈善活動だと……?」
「そやそや、いくら転生者がまともな世界ゆうてもな、どうしても時代が進んでない場所にはきっつい貧困とかが存在しよるねん。子供の飢える姿なんて見たくないやろ? だから食料やら衣類を配っとるんや」
「それは本当だろうな?」
「当たり前やろ! そもそもオールが一緒に見に行くんやからホンマかどうかもその目で確かめてみいや」
「私を誤魔化すために、急にやったこともない善行を始めたのでなければよいのだがな」
「なんちゅうひねたガキや。ほんま学院やら天聖軍行った奴は性格も捻じ曲がるもんなんやな」
「無礼な!」
「いやいや無礼言い出したのはそっちやろ。人の慈善活動にいちゃもんつける以上の無礼があるか?」
「む、む…………、すまん。それは私が悪かった」
「お、多少なりとも話はわかるみたいやな。まあそういう事やから。あ、あとそれでな、その世界とその後にもう1個別の世界に行ってもらったら、俺らとの共同生活も終わりやから。天聖の為の推薦もやるで」
「何!」
「ただし条件があってな。俺らの指示にちゃーんと従ってもらわんとあかん。もちろん転生者殺せともいわん。黙って指示に従ってりゃあ晴れてオールも天聖軍復帰よ。またトップ目指したらええんちゃう?」
 おお、ようやくこのふざけた場所から解放されるのか。黙って指示に従えというのは気にくわんが、それでこいつらとサヨナラできるなら仕方がない。
「ダウターさん、予定よりずいぶん早くないですか?」
「しゃーない、なんぼ1回目よりうまくいってるってゆうても、結局俺らには時間があらへん。早いに越したことはないんや」
「そうですね……でも今の彼じゃ多分無理ですよ」
「リーダーはそれも承知の上や。ここは捨てて次に生かせばいいって考えやな」
「そうですか……」
「そんな顔するなや! また次でもちゃんとみんなして会えるわいな!」
 前だの次だのこいつらは一体何の話をしているのだろうか? 私の失った記憶にも関係しているのだろうが、そのあたりの話は何度聞いても『理解できない』ではぐらかされてしまった。
 まあとにかくここでの下らん謎かけなんかを終わらせられるのならそれでいい、ここにいると自分の中の芯のような何かがぐらつくようでイライラする。

「というわけでその世界にはみんなボロ服着ていくからな。その鎧も脱いどいてや」


 
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