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第二章
2-9 対峙
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「しかしこれは絶景だな」
眼下に整列する天聖者の大軍を見て思わず声が出る。無味乾燥とした広大なこの荒野が、まるでその部分だけ雪で覆われたかのように真っ白に輝いている。
「相手は魔族としか聞いていないが、これほどの天聖軍が必要だなんてよっぽどの相手なんだろうな」
ただの五十万の軍勢なら歴史上集められたことなど何度でもあるだろう。しかしあれは一人一人が人知をはるかに超えた天聖者で構成されているのだ。その戦力となれば一体どれぐらいのものだろうか。きっと星の一つや二つ消し去ってしまえてもおかしくないぐらいではないか?
「随分と密集した布陣ですね。こういった広く開けた土地に陣を敷く場合は、軍も広がるように配置されるのが普通ですが」
ハカセの言はもっともだ。人間は真正面の敵にしか対応できない為、極力囲まれたりする事がないように布陣する。
「しかしこれは天聖軍と魔族の戦いだ、人間の常識とは遥かにかけ離れた相手に、『普通』などはないのかもしれない」
テレパシーの先でハカセもそれに同意する。これほどの規模の戦い、何が起こったとしても不思議ではないのだ。
「まあ相手がどこの誰だろうと、女神様のためになるなら俺は喜んで戦うけどよ!」
ゴエモンが大きく意気込んだその時、
「褒めてつかわす」
突然後ろから我々の忠誠を尽くすべき相手の声がした。
「女神様!」
突然の絶対者の出現に全員が慌てて傅く。金の後光に白一色のお召し物がなんとも美しく神々しい。女神様を知らぬ無知な者でもこの御姿を見るだけで平伏さずにはいられないだろう。
「久しいな、オールよ」
まさか私の名を呼んでいただけるとは! 感激に心が震える。
「学院での生活はどうか」
「はっ! 頼もしい仲間と共に日夜研鑽に努めております」
女神様のお顔が少しだけ曇ったように見えた。まさか何か至らないところでもあったのだろうか?
「ならばよい。オールの学友ら、名を教えよ」
ハカセ達は自分の名前を名乗るだけでガチガチに緊張していたが、なんとか臣下の挨拶を終える事ができた。
女神様の前では失礼かと考えテレパシーを切ることを伝え、繋がりを断つ。そうでなくとも女神様の御前にいるということで慌てた三人の、支離滅裂な意識がずっと伝わってきて大変だったのだ。
「此度の参軍ご苦労である」
「女神様のために!」
テレパシーを切ったところだというのに四人の声は見事に重なった。
「魔族は日毎その力を増しておる。我らはその力を挫かねばならぬ、人の為にな」
「存じ上げております」
女神様の御加護を頂くことのできる人間のなんと幸せなことか! 恥ずかしながら私もいざこの鎧を着てこの戦いに参加するまで全く無知で愚かであった。言ってしまえば毎日人間が息をして生きていられるのも全て女神様のおかげであるのだ。
「よい、そろそろ来るぞ」
まるで女神様の声が合図であったかのように、天聖軍が布陣した正面の方向、距離としては遥か彼方の地平線だが、シミのような黒い点がいくつも現れ始めた。それは次々に数と大きさを増したかと思うと、中から魔物どもが列をなして這い出てきたではないか。どうやらアレは魔族側の導きの門のような役割をしているようだ。
私は慌てて三人とテレパシーを繋ぎ直す。
魔物は途切れる事なく延々と、全てのシミから沸き続けている。それはまるで紙に垂らしたインクのように、地面と空をゆっくりと埋め尽くしていく。
「おいおい、どれだけ出てくんだよ」
「さすがにアレは数えてられないですね。こちらの十倍以上はいるんじゃないですか?」
なるほど、流石にこれだけ数の差があってはどんな布陣を取ったとしても囲まれるに違いない。それなら全部を一つに固めて表面積を小さくするのが理にかなっているというわけだ。
「あ、アレを見て!」
トドメとでも言わんばかりに、桁違いに巨大な人形の化け物が出てくる。それを最後に黒のゲートは閉じていった。ここからでもわかるその巨大さは、一体どれくらいのものなのか目測することもできない。
お互いに睨み合っている……と表現するにはあまりにも数が違いすぎるが、しばらくの間はどちらも相手の出方を伺っているようだった。
しかしその静寂も長くは続かず、魔物達はゆっくりと前進を始める。そしてそれに呼応するように天聖軍が膨れ上がった。
彼らの数が増えたわけではない、飛行できる者達が上空に飛び上がって拡散したのだ。そして空から驚くべき威力の魔法を次々と炸裂させている。中には強烈な光を放つビームのようなものを撃ち込んでいる者たちもおり、それを受けた魔物は溶けるように消え、黒く染まった地面にその軌跡を描いていた。
「ここまで凄まじいとは……」
それも当然か。天聖軍は一人一人が世界を救ったチート主人公ばかりなのだ。魔物の数がこちらの何十倍いたとしても、彼らにはなんの問題にもならないのだ。『戦いは数』の真逆を行くのが天聖というものなのだ。
万を超える矢の嵐が物理法則を無視して遥か彼方の敵をまとめて貫く。空からは氷の雨や雷が絶える事なく降り注ぎ、召喚された獣やロボットが突撃している。
魔物達は絶え間なくこちらに向かって進軍を続けているが、前にいるものから順にどんどん消えていくので少しもこちらに近づけていなかった。
このまま同じ攻撃を続けているだけで魔物達は綺麗さっぱり消え去るだろう。気がかりなのは出現位置から一歩も動いていないうの巨大な人型の魔物だが、この暴力の嵐に耐えられるほどでは無いに違いない。ひょっとしたら怯えて足がすくんでいるのかもしれない。
「こりゃ俺らは勿論、学院生徒達の出番なんて一つもありゃしねえな」
ゴエモンが笑いながら呟いた時、急に天聖軍の攻撃がピタッと止んだ。
「ど、どうしたってんだ!?」
魔物達は相変わらずのスピードでどんどん近づいてきているのに、彼らはその攻撃の手を止めて、それをじっと睨みつけているだけだ。
「ハカセ! どうなってる?」
ハカセ以外にあの距離の敵を調べることはできないので、詳細を確認してくれるように頼むがなかなか返事が返ってこない。
「ハカセ!」
思わず怒鳴ってしまった私に返ってきたのは、苦々しいハカセの声だった
「……人です……」
「何だって!?」
「今敵方の最前線にいるのは人間です」
眼下に整列する天聖者の大軍を見て思わず声が出る。無味乾燥とした広大なこの荒野が、まるでその部分だけ雪で覆われたかのように真っ白に輝いている。
「相手は魔族としか聞いていないが、これほどの天聖軍が必要だなんてよっぽどの相手なんだろうな」
ただの五十万の軍勢なら歴史上集められたことなど何度でもあるだろう。しかしあれは一人一人が人知をはるかに超えた天聖者で構成されているのだ。その戦力となれば一体どれぐらいのものだろうか。きっと星の一つや二つ消し去ってしまえてもおかしくないぐらいではないか?
「随分と密集した布陣ですね。こういった広く開けた土地に陣を敷く場合は、軍も広がるように配置されるのが普通ですが」
ハカセの言はもっともだ。人間は真正面の敵にしか対応できない為、極力囲まれたりする事がないように布陣する。
「しかしこれは天聖軍と魔族の戦いだ、人間の常識とは遥かにかけ離れた相手に、『普通』などはないのかもしれない」
テレパシーの先でハカセもそれに同意する。これほどの規模の戦い、何が起こったとしても不思議ではないのだ。
「まあ相手がどこの誰だろうと、女神様のためになるなら俺は喜んで戦うけどよ!」
ゴエモンが大きく意気込んだその時、
「褒めてつかわす」
突然後ろから我々の忠誠を尽くすべき相手の声がした。
「女神様!」
突然の絶対者の出現に全員が慌てて傅く。金の後光に白一色のお召し物がなんとも美しく神々しい。女神様を知らぬ無知な者でもこの御姿を見るだけで平伏さずにはいられないだろう。
「久しいな、オールよ」
まさか私の名を呼んでいただけるとは! 感激に心が震える。
「学院での生活はどうか」
「はっ! 頼もしい仲間と共に日夜研鑽に努めております」
女神様のお顔が少しだけ曇ったように見えた。まさか何か至らないところでもあったのだろうか?
「ならばよい。オールの学友ら、名を教えよ」
ハカセ達は自分の名前を名乗るだけでガチガチに緊張していたが、なんとか臣下の挨拶を終える事ができた。
女神様の前では失礼かと考えテレパシーを切ることを伝え、繋がりを断つ。そうでなくとも女神様の御前にいるということで慌てた三人の、支離滅裂な意識がずっと伝わってきて大変だったのだ。
「此度の参軍ご苦労である」
「女神様のために!」
テレパシーを切ったところだというのに四人の声は見事に重なった。
「魔族は日毎その力を増しておる。我らはその力を挫かねばならぬ、人の為にな」
「存じ上げております」
女神様の御加護を頂くことのできる人間のなんと幸せなことか! 恥ずかしながら私もいざこの鎧を着てこの戦いに参加するまで全く無知で愚かであった。言ってしまえば毎日人間が息をして生きていられるのも全て女神様のおかげであるのだ。
「よい、そろそろ来るぞ」
まるで女神様の声が合図であったかのように、天聖軍が布陣した正面の方向、距離としては遥か彼方の地平線だが、シミのような黒い点がいくつも現れ始めた。それは次々に数と大きさを増したかと思うと、中から魔物どもが列をなして這い出てきたではないか。どうやらアレは魔族側の導きの門のような役割をしているようだ。
私は慌てて三人とテレパシーを繋ぎ直す。
魔物は途切れる事なく延々と、全てのシミから沸き続けている。それはまるで紙に垂らしたインクのように、地面と空をゆっくりと埋め尽くしていく。
「おいおい、どれだけ出てくんだよ」
「さすがにアレは数えてられないですね。こちらの十倍以上はいるんじゃないですか?」
なるほど、流石にこれだけ数の差があってはどんな布陣を取ったとしても囲まれるに違いない。それなら全部を一つに固めて表面積を小さくするのが理にかなっているというわけだ。
「あ、アレを見て!」
トドメとでも言わんばかりに、桁違いに巨大な人形の化け物が出てくる。それを最後に黒のゲートは閉じていった。ここからでもわかるその巨大さは、一体どれくらいのものなのか目測することもできない。
お互いに睨み合っている……と表現するにはあまりにも数が違いすぎるが、しばらくの間はどちらも相手の出方を伺っているようだった。
しかしその静寂も長くは続かず、魔物達はゆっくりと前進を始める。そしてそれに呼応するように天聖軍が膨れ上がった。
彼らの数が増えたわけではない、飛行できる者達が上空に飛び上がって拡散したのだ。そして空から驚くべき威力の魔法を次々と炸裂させている。中には強烈な光を放つビームのようなものを撃ち込んでいる者たちもおり、それを受けた魔物は溶けるように消え、黒く染まった地面にその軌跡を描いていた。
「ここまで凄まじいとは……」
それも当然か。天聖軍は一人一人が世界を救ったチート主人公ばかりなのだ。魔物の数がこちらの何十倍いたとしても、彼らにはなんの問題にもならないのだ。『戦いは数』の真逆を行くのが天聖というものなのだ。
万を超える矢の嵐が物理法則を無視して遥か彼方の敵をまとめて貫く。空からは氷の雨や雷が絶える事なく降り注ぎ、召喚された獣やロボットが突撃している。
魔物達は絶え間なくこちらに向かって進軍を続けているが、前にいるものから順にどんどん消えていくので少しもこちらに近づけていなかった。
このまま同じ攻撃を続けているだけで魔物達は綺麗さっぱり消え去るだろう。気がかりなのは出現位置から一歩も動いていないうの巨大な人型の魔物だが、この暴力の嵐に耐えられるほどでは無いに違いない。ひょっとしたら怯えて足がすくんでいるのかもしれない。
「こりゃ俺らは勿論、学院生徒達の出番なんて一つもありゃしねえな」
ゴエモンが笑いながら呟いた時、急に天聖軍の攻撃がピタッと止んだ。
「ど、どうしたってんだ!?」
魔物達は相変わらずのスピードでどんどん近づいてきているのに、彼らはその攻撃の手を止めて、それをじっと睨みつけているだけだ。
「ハカセ! どうなってる?」
ハカセ以外にあの距離の敵を調べることはできないので、詳細を確認してくれるように頼むがなかなか返事が返ってこない。
「ハカセ!」
思わず怒鳴ってしまった私に返ってきたのは、苦々しいハカセの声だった
「……人です……」
「何だって!?」
「今敵方の最前線にいるのは人間です」
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