テンセイミナゴロシ

アリストキクニ

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第二章

2-3 F組

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 この天聖学院では生徒の能力に応じてSSクラスからCクラスに振り分けられるようだ。本来ならばクラス分けの試験を受けて所属するクラスが決定されるのだが、僕は能力を何一つ持っていないということでその試験さえ受けることができず、自分の教室の場所を教えられただけだった。
「ここか……」
 この学院の正門から進んではるか奥の奥の隅、本校舎の裏手にあるそこは日光も高い校舎に遮られ、昼であっても鬱蒼とした場所に建つボロ小屋だった。
『F』の表札が下がげられた玄関と言えるかどうかもあやしい壊れかけのドアを押して中に入ると、埃とカビの臭いが鼻をつく。
(想像以上にひどい場所だな・・・)
 まともな照明もないのか中は薄暗く、廃屋という言葉がぴったりの場所だ。
「し、新入生でありますね。は、初めましてであります」
 暗闇から急に男が現れた。彼は大きな本を抱え分厚い眼鏡をかけており、みるからにお勉強ができる生徒といった感じだ。
「しょ、小生はハカセと呼ばれております。い、以後お見知りおきを」
 落ち着きなく視線を動かしながらこちらに手を差し出してくる。少し迷ったが僕も彼の手を握り返す。
「こんなとこに今更新入生だって? 一体どうなってんだよ」
 奥から随分と乱暴な声が飛んでくる。目をこらすと声の主と思われる男と別の女が一人ずつ席に座っていた。
「やめなよお……仲良くしなよお……」
「うるせえ! お前は隅で泣いてりゃいいんだよ!」
 男はかなり強い口調で言い返す。女の方は言われた通りシクシクと泣き出してしまった。
「あ、あの声の大きい人はゴエモン、じょ、女性の方はバンコと言います」
 ゴエモンと呼ばれた男が立ち上がりこちらに近づいてくる。僕より二回りは縦にも横にも大きい身体は重戦士を思わせた。
 彼は僕を頭のてっぺんからつま先までジロジロと値踏みし、フンと鼻で笑い席に戻っていく。女の子の方はまだ泣いていた。教室に重い沈黙が流れる。
「そ、そういえば貴殿の呼び名を聞いておりませんでしたな。な、なんとお呼びすれば?」
「あー、えっと。オールといいます」
 女神様がどうのこうのというのは話さないでおこう。自分でもあの人をよく知らないし聞かれても困るだけだ。
「オ、オール殿ですな。こ、これからよろしくであります」
 再び彼と握手を交わし、ひとまずハカセの隣の席に着いた。椅子も机もかなり古いもののようで少し体重をかけるだけでギシギシときしんだ。
 また教室に静寂が訪れる。ハカセは持っていた大きな本を熱心に読み始め、ゴエモンは腕を組んで寝ている。バンコはボロ布で何か縫物の練習をしているようだった。
「えーっと、ハカセ。授業とかはいつ始まるのかな?」
 手持ち無沙汰に負けハカセに尋ねる。彼は小さく見える目を大きく見開き驚いた様子を見せた。
「き、貴殿は何も知らないようでありますな。こ、ここに先生達が来ることはありません」
「あれ、じゃあ皆はここで何をやっているんだい?」
「そ、それは……
 ハカセが僕の質問に答えようとしたとき、スピーカーがザザッというノイズを何回か発生させた。
『F組生徒は訓練場に集合! 繰り返す! F組生徒は訓練場に集合!』
 急に大きな声が流れ、そのままブツッと切れた。そういえば入口にFと書かれた表札があったし、ここがF組でよいのだろうか。
「あの放送は一体……」
 ハカセにまた質問をしようとした時、彼がブルブルと震えているのに気が付いた。教室にすすり泣く声と机を蹴飛ばしたような大きな音が鳴る。
「よ、呼び出しです。い、急がなくては。オ、オール殿も小生についてきてください」
 彼ら三人は教室から飛び出してすごいスピードで走り出した。僕も彼らからはぐれないように後ろからついていく。いくつか角を曲がった後長めの通路を抜けると、そこは大きな闘技場のようになっていた。円形のグラウンドの外側は観客席だろうか、かなりの数の座席で埋められている。
 僕たちがグラウンドの中央まで走っていくとそこには随分と立派な制服に身を包んだ男が三人待っていた。
「おっせえぞ!!」
 彼らの目の前に到着するなり大きな罵声が飛ぶ。ハカセは身をびくりと震わせ、バンコはうつむいて今にも泣きだしそうだ。ゴエモンが一歩だけ前に出る。
「なんだそいつ? 見ない顔だな」
 彼らは僕に気づくとニヤニヤと笑いだした。
「し、新入生です」
「ふーん。呼び名は?」
「オ、オールというそうです」
「へー、呼び出しは初めてか?」
「は、はい。さ、さっきF組にきたばかりなので」
 制服三人組のリーダー格らしき真ん中に立っていた男がこちらを向く。
「おい新入生」
「はい……なんでしょう」
「お前あっちの隅っこに行ってろ。今日は勘弁しといてやるよ」
「どういうことでしょう……?」
「めんどくせえなあ。とにかくあっちいってろって」
 片手で野良犬を追い払うような仕草で僕を隅へと追いやり、彼はまた中央へ戻っていく。彼らはF組の三人を三角に囲むような位置を取ったかと思うといきなり何か魔法のようなものを次々に打ち込み始めた。
 ゴエモンが残りの二人の前に立ち、かばうように多くの攻撃を受けているが、後ろからの攻撃まではかばえない。結局三人全員が攻撃を全身に受けている。
「な……なにやってんだよ! やめろ!」
 僕は彼らを止めようと走り出す、しかし制服の一人がこちらに気づき、軽く手を振り払っただけで僕の身体は吹き飛んだ。そのまま勢いよく観客席とグラウンドを隔てる壁につかる。
「ゲホッ……ゴホ……」
 口から血が飛び散り、息を吸うだけで激痛が胸に走る。霞む目に力をいれてなんとか見開く。その先では未だに制服組による執拗な攻撃が繰り広げられていた。情けない事に僕の身体はさっきのたった一撃で壊されてしまったらしく、まともに動くこともできない。あちこちから出血しており、できた血だまりは生ぬるく反対に身体はどんどんと冷たくなっていく。
(あ……これはまずい……)
 既に痛みも感じられなくなってきた……意識がどんどん遠くなっていく。そしてそのまま死を覚悟した時……
「ヒール」
 いつの間にか僕の後ろの壁越しに男が一人立っていた。彼のたった一言で僕の身体は力を取り戻す。闘技場の制服組と同じ制服を着ているが胸のあたりにいくつもの勲章の様なものをつけており、金の刺繍でSSという文字が付けられてれていた。
「随分と派手にやっていらっしゃいますねえ」
 男は笑いながらF組がやられているのを眺めている。彼の態度に激しい怒りが沸いたがかまっている暇はない。なんとかあの攻撃をやめさせなければ。
 グラウンドの中央に向かって再び走り出す、がしかし急にツタの様なものがまとわりつき、足を取られてその場に倒れてしまった。
「やめておきなさい。たったの一撃で今死にかけていたあなたに一体何ができるというのですか? 次に私がまたあなたを治す保証なんてどこにもありませんよ?」
 男は僕を嘲り笑う。確かにそれはそうかもしれないが、だからといって目の前の光景を見ているだけなんて耐えられない。なんとかツタを振りほどこうと身をよじらせるがそれは完全に僕の動きを封じていた。
「じゃあ……じゃああなたが止めてください! あなたきっとSS組なんでしょう!?」
 男の方を振り返り睨みつける。
「いかにも私はSS組でありこの学院の生徒会長でもあります。しかし今やりあっているのはF組と……おそらくE組でしょう? 私が止める理由など一つもありませんね」
 彼は肩をすくめて言い放つ。
「そんな……同じ学院の生徒なんでしょう!? どうしてそんなことが言えるんですか! 見てください! F組には女の子もいるんです! 貴方がたの目指す天聖者は弱者を見殺しにするんですか!?」
 男の良心に訴えかけるしかない自分の無力さに涙が出てくる。
「ははは、何を言っているかよくわかりませんがもういいじゃないですか。ほらアレ、終わったみたいですよ」
 男の言葉に慌ててグラウンドの方を見ると、制服組が笑いながら去っていくところだった。F組の三人はずっと地べたに倒れたままだ。
「今すぐこのツタを外してください! 放してくれ!」
「はいはい、リリース。どうぞ後はご自由に」
 拘束が解かれた僕は三人のところに走り寄る。彼らはかなりつらそうな呻き声を出していたが、大きな出血や命に関わる怪我などはなさそうだ。
「よかった……」
 僕は彼らのそばでへたり込み、どうやってこの三人を教室まで戻そうかと思案に暮れるのであった。
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