テンセイミナゴロシ

アリストキクニ

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第二章

2-1 再び

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「はい、いらっしゃい」
 気がつくと僕は大きな部屋の中にいた。純白に包まれたその部屋はまるで裁判所のようになっていて、僕は証言台の位置に立っていた。
「おお! まじで時間ぴったしやな! 半信半疑やったけどさすがリーダーや」
 裁判長席に座る目の細い男がニコニコと何かを言っている。知らない男であるはずなのにどこかで見たことがあるような気がする。
 「おーい、自分オールなんやろ? どないしてん。俺の事がわからんか?」
 男が続ける。相変わらずニコニコと笑って親しそうに声をかけてくるが知り合いなのだろうか? 自分の記憶を辿っても何も思い浮かばない。
「まじかよ、何も覚えてない感じ?」
 僕が困惑した表情で何も答えられないでいると彼もそれを理解したのか落胆の表情を見せた。やはりどこかで会ったことがあるのだろうか? ……名前も何も思い出せない。
「どうするよ、リーダー」
 彼は振り返って誰かに声をかけている。彼以外にもたくさんの人がいるようだ。
「コネクター、どうだい?」
「ダメね。能力も記憶も確かに存在してはあるけれど、すごく頑丈なプロテクトがかかってる。さすがは学院といったところね」
「どうやら想像よりひどい状態のようだが仕方ない。薄皮を重ねていくように少しずつ積み上げていくしかないのかもしれないな」
「アタシが一発殴ってやろうか!?多分ぶっ壊せると思うんだよな!」
 大きな女性が鼻息を荒くしながら力こぶを作っている。
「ダメだよー。ルイナーなんかが殴ったらプロテクトの前にオールが消えてなくなっちゃう」
 何やら物騒な事を言っている気がする。初めて見る顔ばかりだというのに、昔どこかでこんな経験をしたようなデジャブを感じた。
「オール君、覚えてないかな? 君はオールって名前で、僕たちは実は知り合いなんだ」
(オール……オール……、しっくりくるようなこないような。とにかく僕の名前はオールというらしい)
「仕方ないね、オールにはまた学院に行ってもらおう。辛い経験を重ねてもらうことになるが仕方がない」
 そういって彼は大きな赤い扉を開けた。
「さあこの扉に入り給え。オール、いや転生者の君よ」
 彼は僕をじっと見て手招きした。言われるがままに階段を登り扉の前に立つ。開かれた扉の奥は見えず、代わりに水面の様に揺れる銀幕が張っていた。
「僕たちはずっと君の味方だからね」
 彼は枯れ木の様に細く皺だらけの小さな手で僕の両手をぎゅっと握り、見送ってくれた。
 


 僅かな時間軽い眩暈を感じた後目を開くと、眼前に随分と立派で巨大な学校の様なものが鎮座していた。何かに導かれるような、使命感にも似た感情に誘われるまま正門をくぐり、玄関に足を踏み入れたところで声をかけられた。
「あー、もしもし。お主も入学希望者かね?」
 白いひげをふんだんに蓄えた老人がこちらに向かって話しかけている。頭の方は豊かなひげとは真逆でピカピカと光り輝いておりシミ一つない。
「名前は? 紹介者は誰かね? 推薦かの?」
「今日は女神様のお墨付きが来る予定なんじゃ。できればさっさと答えてくれるとありがたいのじゃが」
 こちらを見る目つきが少し険しくなってくる、しかしどれだけ責められてもわからないものは答えようがない。
「すみません……僕は自分の名前がオールという事しかわからなくて……、大きな赤い扉に入ったらここに出てきたのです」
「おお! お主が女神様ご推薦のオールじゃったか! これはこれは失礼いたしました」
 老人は僕の名前に大層驚き、なぜか物腰や言葉遣いも急に丁寧なものとなった。
「天聖学院学院長、『ティーチャー』のワタクシめを始め、学院教員生徒一同貴方の到着をお待ちしておりました」
 いつの間にか周囲にはたくさんの大人の人が集まっており、皆この老人と同じように僕に向かって頭を下げている。ここまで丁重に扱ってもらえる理由に全く心当たりがないため、僕は気まずさに落ち着きなくアタフタしてしまう。
「ちょ……ちょっと待ってください! どなたかと勘違いされているのでは……? 申し訳ないのですがその女神様って方にも覚えがありませんし……」
 こういった誤解は早めに解いておかないと後々面倒な事になりがちだ。僕の申告に老人は怪訝な表情をする。

「ふうむ」
 老人はヒゲをなんども撫でつけながら、どこからか杖を取り出すとそれを僕の方へ向ける。
「ファイヤーボール」
 急にコブシ大の火球が現れたかと思うと僕の方に真っすぐに飛んできた。それはそのまま僕の身体に触れると一気に火勢を増し、体を包み込む大火となった。
「ぎゃあああああああああああああついいいいいいいいいい!!!!!」
 炎の熱さに耐え切れずそこらじゅうを転がりまわる。人が焼けているというのに、周りの人たちは僕をじっと見るばかりで助けてくれる様子がない。
「カヒッ……! ヒィ……! ……!!」
 炎はあっという間に僕の喉と肺を焼き、声は出せず息もできなくなってしまった。地獄の様な熱と痛みは途切れる事なく僕の全身を責め続ける。髪や肉が焦げる嫌な匂いが辺りに立ち込めたが、僕の目と鼻は既にほとんど機能しなくなっていたようで痛みと熱さ以外もう何もわからなくなっていた。いっそ早く死んでこの苦痛から解き放たれたいとさえ考えたその時
「ウォーター! ウォーター!」
 僕の頭上から大量の水が降り注ぎ、ジュウウウと火の消える音がした。痛みにうずくまることしかできない僕に今度は「ヒール」と別の声がかけられる。
 先ほどまでの痛みが嘘のように引いていき、身体は感覚を取り戻した。
「スー! ハー! おごご……」
 大きく呼吸を何度か行う。呻き声ではあったが声も出せるようだ。
「本当に別人か……?」
 老人の言葉に怒りが沸く。人違いで僕はこんな目に合わされたのか?
 しかし余計な事を言えばまた同じ目に合わされるかもしれない。文句の一つも言えず、なんとかフラフラと立ち上がる。これで誤解が解けてここから解放されることを祈るしかない。

「これは何の騒ぎか?」
 突然後ろから綺麗な声が聞こえた。次は何だと恐る恐るそちらに振り返ると、神々しいオーラを身に纏った美しい
女性が僕たちの方をじっと見つめている。
「女神様!!!」
 老人や周囲の人たちが一斉に女性の方を向き跪いた。彼らは一様に両手を胸の前で組み、しばらくの間目をつぶり、そして開く。
「何の騒ぎかと聞いている」
 女性はその身に受ける崇敬を当然のものだと言わんばかりに無視し、冷たい声で再度同じ問いを老人に投げかけた。老人の顔はこわばり、額からは汗が滲み出ている。
「はっ! この者が自身をオールと名乗りましたが、女神様の事を存じ上げないと申しましたので女神様ご推薦の者かどうか確かめておりました!」
 老人は地面を凝視しながら質問に答えている。彼の方が年長者であるのは間違いなさそうだが、この態度を考えるとこちらの美しい女性は本当に神様なのかもしれない。
「何を確かめるのか」
「はーっ! この老骨、万が一にも同名の勘違いなどで女神様のご寵愛を他の者に与えるわけにはいかないと考えまして! 現にこの者は最低級の魔法を防御することすらできませんでした!」
 先ほど自分の身に降りかかった災難を思い出して自分の身体を抱く。不意打ちで人を殺しかけておいてなんたる言い草だ。

「この者に魔法を撃ったのか」

 彼女の言葉に世界が凍った。僕には覚えが全くないのだが、この様子から見るに女神様のご推薦を受けているのは本当に僕らしい。老人たちは身動き一つ取れずに完全に固まっているが、汗だけはこの制約から解き放たれているのかダラダラと彼らの顔を流れ続けている。
「この者に魔法を撃ったのか」
 同じ質問が繰り返された。彼らの身体が一様に大きく震える。
「う……撃ちました! この天聖学院に入学せんと志す者であれば戦いにおける心構え常に怠るはずもなく……!
「『ティーチャー』よ」
「はひっ!」
「何故待てぬ?」
「ははー!! ワタクシめの浅慮でございました! 余計な老婆心を働かせたばかりかオール様に大変な傷を負わせてしまった事深く反省しております!」
「長い間神の為によく働いてくれた」
「お待ちください女神様! どうかお許しください!」
「お前も天聖者であろう。世界で救いを待つ無辜むこの人々がお前の浅慮で命を失った時、一体誰に許しを乞うつもりなのだ?」
「あぐ……、どうか……! どうかお慈悲を!」
「お前は慈悲を与える側である。受け取る側ではない」
「まだ働けます!まだ……まだ……!」
「さらばだ」
「ああああああああああああ!!!」
 
 大きな叫び声だけを残して老人は消えてしまった。僕以外の誰も彼もが恐怖に震えている。女神様は僕の方にゆっくり近づき、そっと僕を抱きしめた。
 突然の事に声も出せずなされるがままにされていたが、しばらくして彼女は僕から離れると静かにどこかへと去っていった。
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