テンセイミナゴロシ

アリストキクニ

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第一章

1-8 意思と選択

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「おいおいルイナー、おまえマジふざんけんなよ」
 ダウターがニヤニヤと笑いながら大女を責める。先ほどまであの転生者がいた場所には、もう彼の存在していた痕跡は何も残っていなかった。
「ここからがおもろいんやんけ! 最後は絶対『この穴は攻撃だから無効だ』とか言って穴の上歩こうとして落ちると思ったのによお!」
 ルイナーと呼ばれる大女は彼の言葉に何の興味も示していないようで手を振りながら大きなあくびをしている。
「あんな弱っちいやつ相手に面白い事なんて何にもないよ。ねえママ?」
 彼女は肩に乗せている少女に頭をこすりつける。少女は微笑みながら小さな手でその頭を撫でてやっている。
「なんやねんもー……。そや、ブレイカー、結局あの穴ってどこまで掘ったんや?」
 ダウターはぽっかりと開いたドーナツ状の大穴をのぞき込む、自分も落ちたりしないように注意しながら少し離れて穴の中を覗いてみるが、中はまっくらでその深さは全くわからなかった。
「えーっとねー。向こう側まで掘ったよー」
 にわかには信じられない言葉をのんびりとした口調で放つ。この穴まさか貫通してる……?
「ギャハハ! まじかよ! それやったら尚更落ちたとこ見たかったやんけもー」
 彼は足で地面を蹴り、穴に砂かけながら後ろに手を伸ばす。するとそこにはこの世界に来るときに通ったあの大きな赤い扉が現れていた。
「そんじゃさっさと帰って新人君とお話でもするか。リーダーもずっと待ってるやろうしな」
 あのフードの老人はこの世界の説明を終えた後一人ですぐに帰っていたが、責任者不在がはよくないということだろうか。それともやっぱり病気にでもかかっているのだろうか。
 音もなく開いた扉の中に次々に入っていく。あの鬼のような大女だけを残し、肩に乗っていた小さな少女もそこから降りて全員そのまま扉に入っていったが、なぜか彼女だけは扉に背を向けて腕を回し首を鳴らしている。ダウターに促されて僕も扉の中に入る。後ろで何かが崩れ落ちるような音がした。

「やあ、おかえりみんな」
 僕たちがまた裁判所のような場所に戻ってくると、リーダーが手を広げて迎えてくれた。
「私は御覧の通りあまり身体が丈夫ではなくてね、極力仕事をさぼるようにしているんだ」
 彼はハハハと笑う。始めと同じように彼の横に他のメンバー達が順番に並んでいった。先ほどまでは彼らと共に行動をしていたせいか、少し親近感のようなものも感じていたが、こうしているとまた裁きを待つ被告人のような気分になる。
「それで初めての転生世界はどうだったかな?」
 どうと聞かれてもよくわからなかったというのが正直な感想だ。彼らと共に移動する間に、あの転生者の過去を知った。というか頭の中の本を読むように追体験した時、彼にもきちんとした理由があって人間を裏切ったんだと考えた。しかし僕の目の前に並ぶ面々はそれを彼の愚かな性癖と言い捨て、あっという間に彼を塵より細かい何かに変えてしまったのだ。
「何だかよく見知った物ばかりだなと思いました。もちろん悪魔をこの目でみるのは初めてでしたが、建物とか動植物とか、単に違和感を感じられなかっただけかもしれませんが」
 ひとまず当たり障りのないことを言っておく。悪魔を見るのは確かに初めてだったが、どれもこれも想像を超えるようなものではなかった。ゲームや漫画に出てくるような、どこかで見たことがあるような物ばかりだったのだ。
「ハハハ、そりゃそうさ。転生世界っていうのは転生者の望むとおりに出来上がるからね。転生した瞬間に重力が元の世界の百倍だったりしたら即死しちゃうし、酸素が薄くても濃くても人は生きられない。だから転生世界は全部地球のコピーなのさ。」
「地球のコピー……ですか?」
「そう。転生者はそのコピーを自分の心の奥底に眠る願望や欲望通りに弄りまわすのさ、子供みたいにね。そしてエルフやドワーフ、悪魔をなんかを生み、ダンジョンや新種の鉱石を作り上げ、魔法や超能力を使う。だから地球に当たり前にあるものは転生世界にも当たり前に存在するのさ。食べ物の味や栄養なんかの目に見えない部分も全く同じなんだ」
 なるほど、と素直に理解した。だから悪魔みたいな地球には本来存在しないものでも、どこかで見聞きしたような物になっていたのだ。
「ところでエルフでも魔族でも、地球に存在していない生き物はどうやって生きているか考えたことはあるかい? 食生活とか繁殖とか、ゴーレムのような土人形はどうやって増えているんだと思う?」
「ええと……いや、わかりません。今まで考えたこともなかったし」
 リーダーは微笑みながらウンウンと頷く。
「そうだよね。転生者達もみんな君と同じでそんなこと考えたりはしないんだ。でも転生世界は転生者の望んだようにゴーレムを生み出す。不思議だと思わないかい」
 不思議だねなんて言われても今更が過ぎる気もする。この場所や目の前の彼ら自身も僕からしたら不思議を極めたような存在である。
「それじゃあ転生者がその世界でハッピーエンド、めでたしめでたしを迎えた後はその世界はどうなると思う?」
「めでたしめでたしの後……ですか?」
「そう。話の終わりのその先だよ。鬼を退治した桃太郎の老後や、ガラスの靴を履いて王子様と結婚したシンデレラの新婚生活。さっきの転生者なら人間を裏切って世界が魔族に支配されたその後の話さ。何十年か先に彼は年を取って老衰で死ぬのだろうか? じゃあ死んだあとも彼が弄った世界はそのまま続いていくのだろうか?」
「それは……」
 いつの間にかリーダーやその周りにいるメンバーは顔を歪め、ひどく辛そうな顔をしていた。いや、ルイナーと呼ばれたあの女性だけはまた居眠りをしているようで、コクリコクリと船をこいでいるが。
「私たちはね、その先があまりにもひどい地獄であることを知ったのさ。だからこうして転生者を殺してはその世界を壊して回っている。君がここに戻ってくるときに大きな音を聞いただろう?それは比喩でも冗談でもなくあの世界が壊れた音さ」
「今は名もなき転生者の君よ、どうか私たちと一緒にこの転生殺しを手伝ってくれないか。私たちは一人でも多くの人を救いたいのだ」
 リーダーは椅子から立ち上がり、その場で僕に向かって大きく手を伸ばした。しかし僕は……
「……すみませんがそれはできないと思います。僕は人を救う事と、転生者を殺す事が両立するとはどうしても思えない。そもそも僕もその転生者の一人のはずだし、貴方たちもそうではないのですか……?」
「あいつらは死なんと救われへんのや! せやから俺らも……俺らも!」
「ダウター!!!」
 急に大きな声を出したダウターにリーダーが厳しい口調で怒鳴る。
「すいません……」
 いつの間にか寝ているルイナーを除くすべての者が静かに泣いているようだった。さっきの世界で転生者を何の躊躇もなく殺した人たちだとは思えない。何に対して涙しているのかも僕には理解できなかった。
「君が今、私達やこの転生というシステムについて心から理解できることはとても少ないんだ。だから……すまない」
「……え?」
 リーダーはゆっくりと階段を降りこちらに近づいてくる。不安で胸がざわつく。
 彼が僕の隣に立った。
「転生で勇者の次に人気のある職業は何かわかるかい?」
 僕は答えようとするがなぜかうまく言葉が出せない、なんとか首を左右に動かし、否定の意思を表す。
「それは回復系さ。特に戦いを嫌う女性に人気が高い」
 いつの間にか彼の手にはおどろおどろしい道具が握られており、同じぐらい禍々しいたくさんの道具が台に乗せられて彼の横に並べられていた。
「その回復師に非常に密接な関係があるのがね、拷問なんだ」
 彼は手に持っていた道具を目の前にかざす。それはペットにつける首輪のように見えたが、ついているトゲや針からそんなほのぼのとした物では無いということがわかる。その首輪の輪を挟むようにして彼と目が合う。彼の顔から笑みはすでに消え、深く刻まれた皺がこの場の恐怖を増幅していた。
「拷問をする上で一番大切で難しい事は何かわかるかい?」
 逃げなければ! と強く思うが身体は指一本動かない。彼は首輪の留め具をゆっくりと外し、僕の首にまいていく。今はベルトが十分に緩んだ状態なのでトゲや針が首筋に触れるだけで済んでいるが、彼がこのベルトをぎゅっと引くだけでそれらは全て僕の首を深く貫くだろう。
「それはね、拷問を受けている人間が死なないようにすることなんだ。拷問をする人は対象を死なせずにできるだけ大きな苦痛を与えて目的を達成しないといけない。足を切り落としてしまえば対象に与える苦痛は非常に大きなものになるが、切り落としたその足は責めることができなくなってしまうし、元に戻らぬその身体を見て対象は逆に口を閉ざす決意を固めてしまうかもしれない。これは拷問をする側からしたら失敗だ。でもね……」
 彼はベルトをほんの少しだけ締めた。針がわずかに首に食い込む。後ほんの少しでも力を加えられてしまえば、針は僕の肌を貫通してしまうだろう。
「例えば回復術師が横に居たらどうだろう。腕を斬ろうが足を斬ろうが治してしまえば元通りだ。同じ場所を何回も斬ったり焼いたりすることもできる。相手の身体を気遣う必要がなくなってしまうんだ。それは拷問を受ける側にとって責めが一生終わらないことを示すものでもある。人間は終わりがない物には耐えられないんだ。だからどれだけ強情な人であっても、すぐに相手の要求を呑んでしまうようになる」

「さてこの場所には転生をスムーズに行うために色んな機能が働いていることは説明したね」
「私は今からそれを解除する。するとどうなるか? 抑制されている恐怖や痛みが直に君に作用することになる」
「今は目をこわばらせ、息を呑むぐらいで済んでいるこの恐怖が何倍にも膨れ上がる。連続殺人鬼が揃う家で身動きが取れないまま拷問をされるんだ、当たり前だろう? そして本物の痛みが休みなく君を襲い続ける。これは君が私たちを手伝ってくれるまで永遠に続く。真っ黒になるまで焼かれた肌や切り落とされた指は瞬時に癒え、神経は再び繋がり、本当に永遠に続く苦しみとなる。でも君は僕たちの仲間なんだ、当然そんなことはしたくない。これは本当だよ。だからね……」
 彼が一言一言ゆっくりと間を切りながら説明していく。選択肢がない事は僕にも、そして彼にもわかっているようだ。いつの間にか彼の顔には笑顔が戻っていた。

「私たちと一緒に転生者をみんなみんな殺してくれないかい?」
 僕は大きく頷いた。
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