テンセイミナゴロシ

アリストキクニ

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第一章

1-7 沈まずのマモリ④

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 王国は繁栄を極めました。

 王が身に付ける美しい宝石は日に日に数を増やしていきました。

 友とそれに群がるギルドの仲間たちは古の武具の鋭さを試す相手を探していました。

 全ての土地は龍騎士団によって探求されていきました。

 守るしか能のない私は攻撃者が消えた時点でお払い箱になりました。



 ある日私はたくさんの悲鳴で目覚めました。急いで外に出てみると街のあらゆるところから火の手が上がっており、夜の闇を明るく照らしていました。そして私はたくさんの異形を目にしたのです。まさに悪魔と呼ばれるような醜悪な生き物たちが人間を手当たり次第に襲っていました。
 数多の武具をその身に付け、勇者と称されるようになった我が友と仲間たちはすぐに戦闘を開始しました。幸い悪魔の強さはそれほどではなかったようで、人間相手より多少苦戦はしましたが倒すことは十分に可能でした。
しかし敵のあまりの多さに全ての場所にまでは手が回らず、城下は甚大な被害を受けました。

 その日から世界中のあちこちに悪魔が現れては人間を襲いました。そのたびに龍が空を飛び、勇者たちは転移して討伐に向かうのですが、その討伐の最中にまた別の場所で村や町が襲われます。王国はたった十人程度の勇者パーティと、数十騎の竜騎士で守りきるには大きくなりすぎていました。
 いくら個々が強い存在であろうと、村や町が焼け、田畑が枯れてしまえば生きていくことができないのが人間の弱さでした。私は何年かぶりに王城に招かれ、そこには卑屈にニヤニヤと笑う王や勇者たち、そして龍騎士団長が待っていました。
 彼らは大げさな身振り手振りを使って、このまま同じように守るだけでは大切な国民の命がどんどん失われてしまう。どうか魔族討伐の先駆けとなり人々に希望を与えてほしいと私に訴えました。
 今までの冷遇を考えると随分なお願いでした。しかしその作戦内容は、更に酷いものだったのです。『私と老人や病人で作られた部隊に挑発の呪文を刻み込み、悪魔の攻撃をその身に引き付けた上で、そこに味方の火力を集中させて殲滅する』。単純で明快な囮作戦でした。
 彼らは涙を流しながら人類の未来や希望の為にと頭を下げ続けました。そこに流れる涙は、私とかつての友が初めて王に会った時に流したものとはまるで違うもののように感じられました。

 そして私は人間を見限ったのです。

 魔王軍が進軍を開始しました。私は長い長い回想を止め、眼前の敵、いや今はもう味方である悪魔達の最奥に鎮座する魔王を見ました。彼もまた私と同じように笑いを必死に噛み殺しているのでしょうか、随分と真面目な顔をしているように見えます。
 私の横に浮かぶ鏡をちらりと見ます。王と勇者たちは酒を飲み、戦場にはまるで似つかわしくない豪華な食事を摂っていました。

 どうしてこのようなことになったのでしょうか

 私は心の奥底から沸きあがる暗い喜びを感じながら自分自身に問いかけます。魔王軍は私たちのすぐ正面まで来ています。横で震える副隊長らは私を一心に信じているようですが、でも残念ながら彼らとはここでお別れです。私の守りの力は、から。

 ああ、どうしてこのようなことになってしまったのでしょうか

 私はついに笑いを抑えきれなくなりました。私と憐れな生贄達を魔王軍が取り囲み一気に襲い掛かります。それと時を同じくして、人間達の集中砲火が私たちに向かって放たれました。

 副隊長達は血の一滴も残さず消えていました。私の隣に魔王が空から降り立ちます。私たちは固い握手を交わし人間達を見据えました。鏡には兵士から急報にを受け、食卓をひっくり返して慌てる王と勇者たちが映っていました。
 魔王軍は人間の攻撃から一切ダメージを受けることなくどんどんと進軍を続けます。魔王は彼の軍勢と共に進軍しながらその指揮を取っていますが、私は元いた場所から一歩も動かず鏡にしがみつき、恐怖に慌てふためく人間どもを見るのに必死でした。
 酒に酔っていたはずの勇者たちは真っ青な顔で魔法や矢を放っています。ふと鏡越しに勇者と目があいました、彼は鏡に写る私に全力で走り寄って土下座を始めました。私が彼らを見限ったことに気付いたのでしょう、何度も何度も額を地面にぶつけています。いつのまにか王や騎士団長、勇者の仲間たちもそれに加わって土下座大会が始まりました。彼らは両手を合わせて何度もこちらを拝み、また地面に額を打ち付けます。
 彼らは皆泣いていました、その涙は今まで見たどの涙よりも純粋で透き通っていて美しく感じました。
 (嗚呼、これが見たかった!) 
 私はニヤニヤと笑いました。
 魔王軍はまさに彼らの目の前に迫りました。攻撃が一切通用しないことを理解した王国軍は我先にと逃げ出し、勇者たちも必死に転移の呪文を唱えていますが、それは全て阻害されています。足元にしがみつく王を蹴り飛ばし、少しでも身を軽くするためか古の武具も投げ捨て始めました。
 そしてついに魔王軍が勇者たちに襲い掛かりました。

 ああ! どうして! どうして! このようなことに! なって! しまったんだああああ!!!!!


「いやお前の性癖のせいやろ」

 急に聞こえた声に驚き辺りを見回すと、目を閉じたスーツ姿の男が立っていました。
「性癖ってどういうことですか?」
 声の主は一人だけではありませんでした。なにやらのんきに会話を始めています。
「転生した先の世界っちゅうんはな、よっぽどの馬鹿じゃない限り基本的に転生者の思い通りになるんよ。だからこいつが人間裏切って悪魔の味方してんのもこいつの趣味ってだけや」
「でも最初は人を助けたり国を助けたり一生懸命でしたよ。どっちかっていうと王様とか勇者が、恩を忘れてこの人に辛く当たったのが原因なんじゃないですか?」
「こいつがクソマゾじゃなけりゃ王も勇者も善人のままみんなで仲良くやっとったわ。こいつはな、虐げられて虐げられてそこから裏切ってざまあみろってやるのが性癖のド変態なんや」
 私の事を好き勝手に話す男二人を一旦無視し、慌てて目線を鏡に戻します。こいつらのせいで一番気持ちいい瞬間を見逃してしまった。魔王軍に蹂躙される彼らを見て私は絶頂し、この世界は『めでたしめでたし』で終わるのです。
 しかし鏡の先に映った景色は私の欲望とはまるで違ったものでした。
 悪魔達や魔王の姿は影一つ見えず、代わりに肩に小さな女の子を乗せた大女が笑いながらこちらに手を振っています。その傍らには傷一つない王や勇者たちが横たわっていました。気絶でもしているのかピクリとも動きません。
「いや、いくらなんでも逆転劇が好きってだけで普通人間滅ぼそうとしたりはしないんじゃないですか? やっぱり今まで信じてきた友達とか周りの人が急に変わったことが原因かと」
「僕達には全く理解できないようなひどい理由でね、今までの所属から寝返ったり人間を滅ぼす転生者も多いんだ。今回の場合はこの転生者が『人間を裏切りたい』と願ったから、王も勇者も彼が裏切るための理由を作っただけさ。そもそも人を守ることが目的ならね、自分がどれだけ冷遇されようが作戦通りに仲間の囮をしっかり守って魔王軍撃滅すればいいだけだろう?」
 どう見てもパッとしない風体の三人目が加わった乱入者達の後ろには、囮となって死んだはずの副隊長たちが寝ていました。彼らもまた王や勇者と同じように身じろぎ一つもしていません。
「まあ確かにそれはそうですけど」
「な、俺らがゆうとった通りやろ? 転生者なんてもんは世界をめちゃくちゃにするアホしかおらんねんって! せやから一緒にこいつら殺そやないか。お前がおらんと転生者ミナゴロシにできんってリーダーが言っとっんねん。リーダーは絶対に間違えんからな。頼むわ!」
「でも転生者全員が悪事を働いてるわけじゃないでしょう。それを皆殺しっていうのはさすがに飛躍が過ぎると思うんですけど」
 彼らは相変わらず私を無視し続けている。
(一体これはなんの冗談だ?)
 長い年月をかけてようやく実ったこの逆転劇を、こんな形で潰された事にひどい脱力感と喪失感に包まれる。こんな結末はあんまりじゃないか。それともこれも私の復讐劇の一部なのだろうか?
「あれー? まだ殺してないのー?」
 空から声が聞こえる。見上げると遥か上空から二つの人影が落ちてくるところだった。その影はありえないほど静かに着地し、未だわけのわからぬ話を続けている三人の男に近づいていく。一人は青と白で髪を派手に染めた黒ずくめの女、もう一人は先ほど鏡の先にいた大女だ、その肩の上には相変わらず少女が乗せられていた。
「ああ忘れとったわ。とりあえず話の続きは帰ってからにしよか」
 そういって彼らがこちらの方を向いた瞬間、黒ずくめの女が目の前に現れ小ぶりのメイスを振り下ろしていた。
 瞬間移動かと感じるほどの速さに面食らったが、私は無敵なのでなんの痛痒もなかった。彼らが例え何者であろうとも私の勝ちは揺るがない。
「私に一切の攻撃は通用しない。さっさと負けを認めて土下座でもしたまえ。もしくは女どもを差し出してもいいぞ」
 目の前の女のヒラヒラとしたスカートでもめくってやろうと手を伸ばした瞬間、今度は女が私の周囲をものすごい速さで周り始めた。
 あまりの速さにたくさんの残像が私の周囲を囲む、しかしだからなんだというのだ。あまりの愚かしさについ笑いがこぼれてしまった。
 私の事をなんだかんだと侮辱していた男達にどうやって後悔させてやろうかと考えていると、目の前の奇妙な光景に気が付いた。
 女の身長がどんどん縮んでいるのである。
 しかしそれが勘違いであることをすぐに理解する。女が縮んでいるのではなく、女の立っている地面がどんどんえぐれていっているのだ。
 女と残像はやがて目の前から消え去り、代わりに私の周りを囲むように巨大なドーナツ状の穴が開いていた。この幅ではどうやっても跳んで越えられそうにはない。私は地上にありながらこの場に閉じ込められてしまったも同義だった。
 深さを探ろうとしゃがみ込んで穴をのぞいていると、中から先ほどの女が勢いよく飛び出し、男たちの元へと戻る。
「なあ、落下死って攻撃になるんか?」
 スーツの男が尋ねてくる。その質問で私はすぐにこの大穴の狙いを理解した。つまりもし私がこの穴に落ちて死んだのなら、それは攻撃ではなく事故だから私に効くのではないか? ということだ。
 しかし……それならなぜ奴らは私の能力を知っているのだ? どう見てもこの世界の人間には見えないはずなのに、何故初対面であるはずの私のことを知っている!?
「攻撃になる……! なるに決まってる! この穴はお前たちが掘ったものだ、だからそれに落ちて受けるダメージは攻撃になる、つまり私には効かないのだ!」
 不安を振り払うように断言する。私が攻撃と考えた行為は無効になるはずなのだ。私を攻撃するのではなく、捕えようとする者は今まで何人もいたが、私がそれを攻撃だと考えた瞬間にその拘束は解けたのだ。
「じゃあ底まで落ちて無傷だったとして、餓死はするんかね?」
「ぐっ……しない! 腹も減らない!」
 自分が餓死するかどうかなど試したことはない。腹は普通に減るし食事も摂っている。しかしここは私の世界だ。私が好きにしていいのだ! 私をここに送ったあいつもそう言っていた!
「それじゃアンタが落ちた後この穴埋めようとしたらどうなるんやろ。上から降ってくる土砂は攻撃やから消えるんか?」
「そうだ! それは間違いなく明白な攻撃だ! 降ってきた土砂の逃げ場が穴の他にない以上消えてなくなるしかない。だから穴がその土砂で埋まったりすることもない!」
 餓死もしない、落下のダメージもない、そして埋められて窒息もない、今のところ私が死にそうなリスクは全て排除した。これなら一旦自ら穴の中に落ちて、時間をかけて這い上ることも可能だろう。
「じゃあこの世界の地面全部掘り返してその穴にほりこめば世界ごと消えてなくなるな」
「……えっ……?」

 言葉に詰まった次の瞬間全身に強い衝撃が走り、私の意識はそこで途切れた。
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