テンセイミナゴロシ

アリストキクニ

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第一章

1-4 沈まずのマモリ①

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「特別な力は欲しくないか?」
 まるで裁判所のような不思議な場所で尋ねられた時、私の頭に様々な欲望が渦をまきました。
「何物にも傷つけられる事のない絶対の力が欲しい」
 私の口はひとりでに言葉を紡ぎました。なぜだかはわかりませんが、私はもう二度と傷つきたくないと強く思っていたのです。
「ではこれを持ちなさい」
 目の前の男は私に小さな盾をくれました。腕に取り付けると指先から肘までが隠れるくらいの光沢のある小さな盾。
 私がそれを身に付けた瞬間、男は様々な武器を私に投げつけました。私は反応することもできずその凶器の雨を全身に受けました。
 襲い来る激しい痛みに倒れ、身体を丸め大声で叫びました。目の前の男は何がおかしいのかクスクスと笑っています。私は自分の身に降りかかった災難を嘆きながら地面をバタバタと這いまわりました。
 しかしふと我に返ってみると、痛みなど身体のどこからも感じられないことに気が付きました。あの鋭利な刃物達はどれ一つ私の身体に触れることもできず弾かれていたのです。
 私が立ち上がると彼は灼熱の火の玉や骨まで凍えそうな吐息、酸の雨に毒の霧を私にぶつけてきました。しかしその全てが私に触れる前に消えていきました。
 私はニッコリと笑い、彼の指示通りに大きな赤い扉を開きました。目にしたのは水面のように波打つ銀色の膜。
 何を恐れることがあるでしょうか。私は胸を張ってそれに飛び込みました。


「おらあ! 能無し! さっさと前に出やがれ!」
 私の部隊は勇者に言われた通り魔王軍に対峙します。敵の数は数十万を超えるほどであるのに対し、私たちは百人程度の寄せ集め、しかし恐怖などはありません。なぜなら私とその仲間には如何なる攻撃も通用しないのですから。
 恐怖の代わりに胸の内を占めるこの感情は……怒りと、これから起こることへの喜びです。
「勇者君、本当に大丈夫なのかね?」
 国王がニヤニヤと気持ちの悪い笑いを浮かべながら私の雇用主に尋ねます。
「またまた~。今まで何度も御覧になったじゃないっスか。こいつにはどんな攻撃も通じません。だから俺たちはめちゃくちゃ離れた場所で見てるだけでいいんスよ」
「それはそうじゃが、実際ここまで近くで見るのは初めてじゃからのお」
 勇者もまたニヤニヤと笑います。彼だけではありません、魔法使いも、僧侶も、格闘家も、生産職のメンバーすら私を見てゲラゲラクスクスと指をさして笑っているのです。
 王は近くといいましたが、彼らはどんな攻撃も届かない、遥かに遠くから指示を与えてきます。魔法のカメラによってお互いの姿は近くに映されますが、私がどれだけ手を伸ばしても彼らに指一本触れることはできません。私が持っているのはこの神の小盾のみ。身を守るための分厚い鎧や兜などは与えられず、皆ボロの木綿の衣服に身を包んでいるだけです。
「すまない……」
 私は横に立つ副隊長に謝りました。副隊長と言っても彼はただの老いた元農民です。私の部隊の構成員は皆、働いたり戦えなくなった病人や老人で構成されているのです。
「ワシらはお国の為に一生懸命働いておりました。そのワシらに対する最後の仕打ちがこれであるなら、一同地獄に堕ちるとも貴方についていきたいと思います」
 皆泣いていました。私も彼らの事を思うと胸が痛みますが、それよりも楽しみと喜びの方が勝っていました。
 顔が笑ってしまいそうになるのを懸命にこらえながら、私たちは隊列を整えました。部隊の全てのメンバーには足かせがついており、そこには呪文が刻み込まれています。
 まともに戦うことすら許されない私たちに与えられた役目と作戦は非常に単純で簡単なものでした。

『敵を引き付け、そこにあらゆる火力を注ぎ込む』

 足かせに込められている呪文は挑発です。装備者が死ぬまで敵の攻撃を自分に向け続ける囮や盾用の呪文。王が直々に込めてくださった恐れ多き高貴な魔法であるなどとベラベラ口上を述べながら、勇者は私たちにこの足かせをはめました。
 私たちはただひたすら地を覆いつくす敵の攻撃を受けながら、同時に同じ国の人間からの砲火や魔法も受け続けるのです。この作戦を勇者が提案したときに、国王をはじめ誰一人として異を唱える者はいませんでした。

 どうしてこんなことになったのでしょうか。

 転生をしてこの地で目を覚ました時、私は自信に満ち溢れていました。都合のいいことに人間は魔王を名乗る者たちによって住処を追われ、迫害に晒される日々を過ごしていたようで、私はこの神の小楯で活躍してやろうと意気込んでおりました。
 私はすぐに近くの街に行き、冒険者ギルドのようなものを探しました。
 すると私が想像した通りの物がそこにありました。色んな職業の人たちがクエストの報酬目当てにたむろしています。
「一番難易度の高いクエストをくれ」
 受付嬢にいいました。なぜか言葉は通じましたが受付嬢は笑って言いました。
「実績のない方にはお渡しできません」
 よくよく考えてみれば当たり前のことです。私は一番最初に受けられるチュートリアルのようなクエストを受けました。ひどく弱い魔物を数匹倒すような、多少力に自信のある者なら誰にでもできるようなものでした。

 しかし私はクリアできなかった。

 愕然としました。魔物は私に何のダメージを与えることもできませんでした。そして同時に私も魔物に対して何もできなかったのです。
 丸一日、ただ無為な時間を過ごした後に報告に出向いたとき、沸き起こった嘲笑の渦は忘れることができません。恥ずかしくて死にそうでした。
「二度と来るんじゃねえぞ!」
「家に帰って畑でも耕してろ!」
 私を囲う屈強な男たちが次々と侮蔑の言葉を浴びせかけます。逃げ去ろうにも酔っぱらいの小男が出入り口をふさいでおり、私はそいつを押しのけることすらできず、いつの間にか彼らに囲まれるような形になっていました。
「備品を壊さないでくださいね」
 案内嬢が無慈悲に言うと男たちはいっせいに私に飛び掛かってきました。殴る蹴る、石や卵を投げつける。リンチというやつです。はたから見ればそれはひどい暴力に見えたでしょうが、当然ながらそれらは私に何のダメージも与えることはできませんでした。
 その場で突っ立ったまま防御をするでもなく、無表情で彼らの攻撃を平然と受け続ける私を見て、投げられていた罵声は段々と恐れに代わっていきました。私は彼らが投げた石を拾い、ちょうど目の前の男を殴りつけようと大きく振り上げました。
「やめてください!」
 建物の隅から発せられた声に私の腕は止まりました。そこには小柄で見るからに弱そうな、十代程度にしか見えない少年が小刻みに震えながら、それでもしっかりと私の目を見つめていました。そして彼は私をなぶるこの輪に加わっていなかった、たった一人の人間でした。

 これが私と勇者との出会いです。
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