テンセイミナゴロシ

アリストキクニ

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第0章

0-16 新しい生き方

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 どこをどうやって帰ってきたのかわからないが、僕はいつのまにか天聖世界に戻っていた。再びアンタッチャブル達と遭遇し、またも生還したということで再度シーカーさんによる長い取り調べが行われたが、僕はろくに何もしゃべれずブツブツと独り言を言い続けていたらしい、ついにブレイカーに精神を破壊されたかと入院措置が取られたようだ。僕はずっと長い間病院のベッドで廃人の様に寝るばかりだった。
 それでも時間というものは万能薬のようで、ゆっくりと僕は回復していった。本来ならそこから更に厳しい調査が待っているはずだったが、なぜか退院と同時に帰宅を許され、今僕はまた昔と同じように案内人として働いている。
 同じというのは少し語弊があったかもしれない。なぜなら僕はもう以前の様に上司から怒られることもなく、机の上に汚れた書類の山が築かれることもない。同僚達と仲良くお喋りしながら僕は成績をグングン上げ、ついに仕事の効率もこの部署でトップに躍り出た。『お前こそが案内人の鑑』と褒めに褒められ、収入も比べ物にならないほど増えた。まさに薔薇色の生活ってやつだ。
 机の上に置いたパソコンに、転生予定者が転生部屋に入室したことが表示された。僕はいつも通りそれを完全に無視して隣の席の女の子と楽しくおしゃべりする。相手もまんざらじゃないようで時折僕の腕に触ってきたりなんかしてくる。これなら食事に誘ってもいけそうだな、なんて考えている間にパソコンから転生者が導きの門から出て行ったことが通知された。
 そしてまた転生予定者が転生部屋に入室する。僕がどこのお店にしようか考えている間に導きの門から転生していく。また入室する、彼女の予定を聞いてる間に転生していく。入室、転生。入室、転生。僕の成績はうなぎ登りだ。入室、転生。入室、転生。様子を見に行ったりアフターケアなんか必要ない。入室、転生。入室、転生。これが一番の方法なんだ。僕のやり方は間違いだった。僕が選ぶべきじゃなかった。今までの僕にざまあみろだ。転生者が勝手に好きな世界に行けばいい、いや……世界を作ればいいんだ。僕はやってない……もう僕のせいじゃない……

僕が殺したわけじゃない!

 今日も僕はパソコンを開き机の上に放置する。ポップアップが次々と流れては消えていく。転生者も同じだ。こうやって流れては消えていく泡のようなものだ。いつもと変わらない日常……僕の素晴らしい日常だ……
「全員注目! 一旦手を止めて集合ー!」
 急に上司の声が響く。なんだなんだと人の輪ができる。上司の隣には知らない人が立っていた。どう見ても学生にしか見えない背格好に大きめの白衣を着こみ、洒落たメガネをかけている。誰でもいいしどうでもいいが、僕の日常の邪魔をするのだけはやめてほしい。
「この方は! なんとの時点で女神様よりピースメイカーの聖名を授かったとてもすごくて偉い方である! 本日はなんとも名誉な事に我が社が成績優秀ということで視察に来てくださった! 皆いつも通り女神様の為に精いっぱい業務に邁進してくれたまえ!」
 なんのことはない、お偉いさんが来たからいつも以上に必死に働けということだ。まあ僕には何の関係もない。パソコンを開いて机に置く。それですべて終わりだ。あとは寝ていても自動的に成績が伸びていく。
(今日は誰を誘おうかな……)
 手帳を開いてスケジュールを確認していると、上司一緒にさっきの若いお偉いさんが僕の席までやってきた。
「君がサンズガワ君だね? とても優秀な成績を収めていると聞いたよ」
 慌てて立ち上がり深くお辞儀をする。こういったやり取りは面倒な事この上ないが、上に敵を作る必要はない。高校生ぐらいの相手に大の大人が二人でペコペコする姿は滑稽かもしれないが、天聖世界では見た目も年齢もあてにならない事はみんな知っている。
「その通りですともピースメイカー様! このサンズガワ君は今や我が社にとってなくてはならない人物。以前はひどい成績でしたが、私が一生懸命指導し、彼も応えてくれたのです」
 さりげない『俺が育てた』アピールに内心苦笑しながらも、適当に上司を立てておく。別に立身出世を目指しているわけじゃない、この毎日が壊れなければそれでいい……
「ええ、そりゃあもうひどいものでした。私が何度言っても転生者一人一人ととんでもない時間をかけて面談なんかやってましてね!そんな無駄な事はやめなさいと根気よく説得を続けたのです。彼もようやく理解してくれたようでしてね。こうして今才能を発揮してくれております」
 そうだ……僕がやっていたことは全部無駄だった。今やっていることも全部無駄だ。だからもうどうでもいいし何だっていい。何もせずに金を稼いで、うまい飯を女と食って、欲望のままダラダラと過ごしたい。
「それは素晴らしい。どうでしょう、彼を一旦私に預けてくれませんか? 彼の能力をこの目で見てみたいのです。もちろんこちらの会社にはそれ相応の見返りをご用意できますよ。なんたって私は聖名持ちですから」
 彼の申し出に上司の目が爛々と輝く。
「いやあサンズガワ君は我が社のとっておきですから本当はお断りしたいのですが、聖名持ちのピースメイカー様にそこまで言われてしまっては仕方ありません! 涙を呑んでお預けいたしましょう! おい、サンズガワ! 聞いてるな!? お前にとっても滅多にないチャンスだ! 行ってこい!」
 勝手に話を進めないで欲しいと思うが、どうせ僕なんかが何を言ったって変えられる物はないのだ。このピースメイカーさんとやらは失望することになるだろうが、僕のせいじゃない。

 彼に連れられ、僕は久しぶりに転生部屋に入った。導きの門を使うのだろうか、だとしたら行き先は別の世界か?
(まあいい、僕には何の関係もない)
 言われたことには全て従うが、自分では何もしない、何も決めない。いっそ死ねたらどれほど楽かと何度も考えたが、僕には自分で死ぬ勇気すらも残っていなかった。
「いい加減辛気くせえツラやめろよ、うっぜえなあ」
 ピースメイカーの口調が急に乱暴なものに変わり、、僕は呆気にとられる。
「よお、お前ダウターにボロボロにされたんだってな」
 彼は僕の顔を覗き込み、驚くほど屈託のない笑顔で大きく笑いながら思い出したくもない過去をえぐってきた。
「……」
 なぜ彼がそれを知っているのか、ダウターとはどんな関係なのか疑問はたくさんあるが、尋ねる事はしない。これ以上余計なを知るのは御免だ。
「聞いたんだろ?あの導きの門がどんなものなのか。そんで自分のやってきた事を知って拗ねちゃったわけだ」
 拗ねたわけじゃない! あんな事を知らされて、どこに平気な案内人がいるものか!
「…………」
「なんだよダンマリか。まあ俺はダウターみたいに話がうまいわけじゃないからな」
 ピースメイカーは立ち上がり導きの門の前に立つ。僕にとっては見るのもおぞましい地獄の門だが、彼はその取っ手を両手に握る。
「ほら、いくぞ。さっさとこい」
 彼は扉を大きく開いた。いつもは銀にたゆたう水面のような膜が現れるはずなのに、なぜか入口は真っ赤に光っており、それはまさに地獄への入口の様に思えた。
(この世界とおさらばできるのなら地獄でもいいか)

 僕は言われるがままに中へ入った。



 

 
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