テンセイミナゴロシ

アリストキクニ

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第0章

0-14 元殺人鬼 一霧 刻

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「もう大丈夫ですよ」
 洞窟の奥深くに隠れた人たちに安全であると伝えると、彼らはキョロキョロとせわしなく周囲を確認しながら恐る恐る奥から出てきた。
「ありがとうございます……二つ足の神様は皆お優しい御方ばかりで……」
 頭をペコペコと上下に動かす彼らをなだめていると、入口から大きな足音と何かを叫んでいるような声が聞こえた。
(またか!?)
 彼らをかばう為にに僕も前へと一歩飛び出した瞬間、新たな侵入者と顔を突き合わせるような形で対面する。
「お前は……」「あなたは……」
 お互いの声が重なり、彼は手に持っていた大振りのナイフをケースに戻した。やはり想像通り、ここで人間達と暮らしていたのは僕が送った転生者である一霧 刻ひときりきざむだったのだ。しかし彼の顔からは転生部屋で見た時のような狂気は影を潜めており、今の彼からは強い意志や自信を感じる。
 ここの人たちが間に入り、今までの経緯を説明してくれたおかげで僕と一霧の初対面の挨拶は非常に和やかなものになった。僕が聞いていた話は全て本当だったようで、ある日急に森に現れた一霧が、食われるだけの存在であったこの世界の人間を少しずつ集め、こうして集団での自衛や採集などを行っているらしい。たまたま一霧が動物を捕えるためのトラップの設置と点検を行っている間に、巡回の役割をこなしていた彼らと出会い、そして今に至るというわけだ。
「私の留守中に仲間を助けていただいたようで本当にありがとうございます」
 深々と頭を下げる一霧に、僕は強烈な違和感を抱く。顔つきもそうだがここにいる彼はまるで別人だ。姿の大きく違うこの世界の人間を仲間と呼び、献身的に罠や柵を作る彼は本当にあの一霧 刻なのだろうか?
「一霧 刻さん……ですよね。僕が転生の面談を行った……」
 僕の問いに彼は頷く。再度質問を投げかけようとする僕を制し、彼は入口を指さした。
「お話ししたいことはたくさんあるのですが、まずは入口の柵を直したいと思います」
 確かにそれが最優先だろう。僕は一霧と一緒に入口まで戻り、粉々になった柵の破片やツタを拾い集める。しかし細かくバラバラになってしまった柵の再利用は難しく、僕は錬成や錬金術は使えないのでなるべく太くて硬そうな木を周りから集めて材料にすることにした。
 僕が周囲の木を切り倒し加工している間も、一霧は真剣に岩肌や木々に伸びているツタを集め、何本かを縒り合わせて編み込み、太く強い縄のような物を作り続けている。
(これが彼の本当の姿だったのか……)
 彼は今無償で、人の助けになることを心から行っているのだ。僕の胸が感動で熱くなる。
 僕はなんて馬鹿だったのだろうか。彼の経歴が書かれた書類と、転生部屋でのあれだけのやり取りだけで彼を再起不能な快楽殺人鬼と断定し、あろうことか死んでしまえばいいと何の能力も持たせずに転生させたのだ。
 だが今の彼を見ろ。彼のどこが快楽殺人鬼なのだ? ただ単に僕の目が曇っていただけじゃないか。
(僕は彼に謝らなければならない)
 加工を終えた太い丸太を何本も入口まで運ぶ。この世界の人間がギリギリ通れそうな隙間をあけて等間隔にこの丸太を入口の前に深く埋め込んでいき、人間の胴より厚い部位を持つ獣の侵入を防ぐ。一番端の丸太にはかんぬきの仕掛けをしておいて、内側から栓を外してもらうことで一霧も入れるような工夫をした。
「一霧さん、槍でも作ってみませんか?」
 この世界の人間が使える武器は槍ぐらいしか思い浮かばなかった。手ごろな太さの枝の先を二つに割り、綺麗に研いだ石をはめ込んで縄で固定する。これを入口の丸太柵の隙間から突き出すことで多少の自衛はできるかもしれない。さっきの巨狼や熊なんかには通用しなさそうだが、何もないよりはましだろう。

 僕と一霧は黙々と作業を続けた。合間を見てはなんとか彼に謝ろうと口を開きはするのだが、自分の罪を告白するのにはとても勇気がいるものだ。なかなか声を出すところまではいかずモタモタしていると、先に彼が口火を切った。
「サンズガワさん……だっけ。俺をここに送ってくれた人だよな、確か」
 さっき洞窟内で行った挨拶の時の名乗りを覚えていてくれたようだ。棒をナイフで器用に加工しながら僕に尋ねてくる。
「ええ、一霧さん。僕があなたをこの世界に転生させました」
 何の能力も持たせずに……だ。僕はまた謝罪する機会を逃す。
「驚いたか? 俺がこんなことやってるなんて。俺はアンタに人が殺してえ、殺しがしてえってずっと言ってたもんな」
 彼は自嘲気味に笑う。他の人間が近くにいた時とはずいぶん口調が違うが、こっちが彼の素なのだろう。
「この世界に来た時、正直腹が立ったよ。見渡す限り森ばっかりで人間なんかどこにもいやしねえ、俺が殺しに使ってたでっけえナイフが一緒にあったのだけは助かったが、これのどこが理想の世界だよってな」
「火をおこしたり獣を狩ったり、生きてる間にやったこともねえサバイバルができたのは俺の隠れた才能だったのか、なんとか俺は生き延びる事だけはできていた。でもしばらく経つと獣だけじゃ我慢できなくなった。人を殺してえってずっと思いながら過ごしてたよ」
「そんでついに、ようやく人間様とのご対面を果たした。ある日聞きなれた人の叫び声が聞こえた。俺は大喜びで声の方向へ向かった。『やった! この世界にも人はいたんだ! 襲って村の場所なんかを聞きだした後は全員殺しちまおう!』ってな。そいつは野犬みたいなのに襲われてた。面食らったよ、俺たちとはまるで違う、ほっせえ手足にノロマな動き、頭だけはいっちょ前に働いて感情もしっかりあるのか助けて助けてって泣いて叫んでた」
「おかしいよな。生きてるときは俺があの犬っころと同じ立場だったんだぜ。現にその場面を見るまでは俺もおんなじことやろうと思ってたはずなんだよ。でも俺のナイフが切り裂いたのはそのよわっちい人間じゃなくて犬の方だった」
「なんでかはわからねえ。ずっと一人だったから単に会話相手が欲しかったのか、あんまりにも弱いそいつに同情したのか。とにかく俺はその人間を助けて、簡単な手当てをしてやった。それだけであいつはありがとうございます、ありがとうございますって泣いて喜んでな。そん時にはもう俺のアタマん中から、こいつを殺すって考えはキレイさっぱりなくなってた」
「そいつに名前を聞いてみたら、名前ってモン自体を知らなくてよ。ずっと一人で生きてきたって言われて。俺もおなじだったんだよ。親も知らねえし自分の名前も知らねえ、一霧刻ってのは俺が勝手に自分でつけただけの名前だ。俺もずっと一人だった。だからそいつにハジメって名前をつけたんだ。最初だからハジメだ、わかりやすくていい名前だろ?」
 彼の独白に僕は黙って頷く。誰にも言えなかった彼の心中を、吐き出すように僕にぶつけているのだ。
「俺はハジメと仲良く……っていうとなんか違うけど、まあ一緒に過ごすことにした。ハジメは食える草とかを教えてくれたし、俺はハジメを守ってやれた。利害の一致ってだけじゃねえけど、正直ハジメと色々話してるのは楽しかった。あんな気分になったのは久しぶりだ」
「別の日また違う人間を見つけた。そいつもハジメと同じ恰好だったから、俺はこの世界の人間は本当にみんなこんなよええんだって思ったよ。そんで何となくみんな助けてやりたくなった。笑っちまうよな、俺はここに来るまではいっぱい人を殺したんだ。贖罪のつもりか?なんて自問自答した時もあったけど、難しい事考えたことなんてなかったからわからねえ。とにかく俺は人間を助けて集めて、そんで平和に暮らせるような場所を作りてえって思った」
「あとは多分アンタの知ってる通りだよ」
 僕は笑わなかった。笑えるものか。『自分より弱いものを守る』、人間の美徳だ、美しい心の一つだ。みんな心にちゃんと持っているんだ。貧しかったり、弱かったり、それを取り出せない理由は色々あるかもしれないけど、ちゃんとみんな持ってるんだよ。
 笑われるべきなのは僕じゃないか、彼の生い立ちは書類に全部載っていた、僕もあの時読んだんだ。その時こう思ったんだよ『ああ、またどこにでもありそうな身の上の不幸を、世の中のせいにして八つ当たりしてるだけの奴だね』って。だってそうじゃないか、想像もできないぐらい貧しい人なんて世の中にいくらでもいるだろ?そしてその人たち全員が人殺しになるわけじゃない。自分が不幸だからって、他人を不幸にしていいはずがないんだよ。そうだろ?
 僕は下を向き、唇を強くかんだ。言わなきゃいけない、僕が彼にどれだけひどい事をしたのかを。
「一霧さん……僕は……あなたに謝らなければいけないことが……」
 顔を上げる事はできなかった。洞窟の地面を睨みつけながらなんとか言葉をつなげていく。
「俺が何の能力も持ってないことか?」
 身体がビクっと飛び跳ねた。彼は知っていたのだ!
「その様子やと当たりみたいやなあ」
 彼の言葉に僕は何も答える事ができない。
「この世界では人殺しなんてしてないからな、能力はあるけど使ってないだけってのも考えたけど、俺生きてた頃と何にも変わった様子ねえからよ」
「すみませ……

「感謝してんだよ」

「え……?」
 責められることを覚悟していた僕にかけられたのは、予想だにしなかった感謝の言葉だった。
「アンタが何にもくれなかったから、きっと俺はここでこうやってハジメ達を守れてんだと思う。変に力なんて手に入れてたら、俺はきっとまた同じ過ちをおかしてたんじゃねえかなって思うんだ。現にここに来てしばらくは、人を殺してえって心の底から思ってたんだからな」
「そこに人がいて、俺がすげえ人殺しの技術を持ってたら、きっと俺はまた笑いながら人を殺してたよ。だからサンズガワさん。俺は本当にアンタに感謝してるんだ」
 僕の両目から涙がこぼれては地面にしみこんでいく。
「一霧さん……!」
 勢いよく顔を上げる。でも一霧さんはもうそこにはいなかった。

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