テンセイミナゴロシ

アリストキクニ

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第0章

0-11 僕の生き方

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 僕に対する検査は驚くほど綿密に行われた。たくさんのスキルや魔法により状況の再現が行われ、記憶を読み取って証言に嘘がないか調べられた。何しろ相手は世界を包むほどの力を持った人らしいので、僕がブレイカーの姿や声など何一つ知らない、ということは嫌疑を晴らす理由にはならなかった。
 勤怠記録や僕が送った天聖者のプロフィールなども事細かに調べ上げられた。正直あの成績をこんなにたくさんの人に見られるのは非常に気まずかったが、彼らは成績自体には全く興味がないようで、ブレイカーやアンタッチャブルに関連しそうな物が無いかだけを一生懸命に探していた。
 軍での拘束は長かったが生活は快適だった。監視付きとはいえ色々な設備を見て回ったりもできたし、一人の案内人として過ごしているだけではわからなかったようなこともたくさんあった。しかし何よりよかったことは料理人の料理を食べる事ができたことだ。料理スキルばかりを取得した料理人の食べ物というのがあれほどまでにおいしいとは。これではいくら天聖者のほとんどが食事を取る必要がないとしても、身体が勝手に食事を求めてしまうのも無理はないだろう。
 まあそんなこんなで一連の検査や調査も滞りなく終わったようで、僕は元の生活へと戻ることとなった。会社に戻って仕事をするのは気乗りがしなかったが、転生者達の為にもそんなことは言っていられない。それにいくらケルタスを殺したアンタッチャブル達が憎くても、結局僕にできることは他にないからだ。

 久しぶりに会社に戻り、休んでいた間の事や天聖軍に関する話なんかを興味交じりで聞かれたりするかとも思っていたが、相変わらず僕は空気のような扱いだった。
 天聖者同士の揉め事は被害がどれほど大きくなるかわからないため滅多に起きるようなものではない、しかし仕事が遅い者や怠けている者、規律を乱す者などがいればなんとかして正さねばならない。というわけで僕の机の書類はいつもめちゃくちゃに崩され、あちらこちら汚されていたのだが、なぜか今日は誰にも何もされなかった。
 長い間仕事自体についていなかったため書類がほとんどなかったのも大きな理由だと思うが、上司からの嫌味や怒号も今日に限っては一切聞くことがなかった。
「よーし! 今日はお待ちかね、今季の成績の発表だ!」
 終業間際、上司が出した大きな声に僕が今日無事に仕事をすることができたワケを理解する。
 案内人は一定期間ごとに仕事の成績が発表される。これには送った転生者の数や質、転生者が転生先でどれだけ女神様の助けになったかが評価され、それはそのまま案内人の評価につながるのだ。もちろん評価が高いものほど多くの収入を得る事ができる。そしてそのお金は能力の強化だったり、食事などの娯楽などに費やされるのだ。
(そりゃみんなも僕のことになんかかまってられないよな)
 評価に間に合うように会社に戻れたのもシーカーさんの計らいなのかもしれない。意外かもしれないが、僕はこの評価がそこまで悪くないのだ。もちろん転生者の量は他の人に比べてめちゃくちゃ少ないのだが、僕が送った転生者は転生先での働きを評価されることがかなり多く、そのおかげで僕の収入もなんとか人並を保っている。これもまた同僚からの嫌がらせの理由の一つなのかもしれない。
 上司が壁に大きな紙をペタペタと貼りながら上位者の名前を呼んでいく。これだけの世界でどうしてこんな原始的な方法を、とも思うが、上位から順番に少しずつ名前が出てくるのを見るのはいつになってもワクワクするようで、あちらこちらから歓声や嘆きが沸き起こった。
 僕も自分の名前を探すことに集中する。送った転生者の量は毎回見るまでもなく最下位なので、重要なのは転生先での行いだ。
「それじゃ次は転生者の天聖世界に対する貢献度平均だ!」
 上司が新しい巻紙を取り出す。
(頼む……頼むぞ……)
 ぎゅっと目をつぶり、両手を合わせて強く握りしめる。
「一位! サンズガワ・ワタル! 今期も貢献度平均一位はサンズガワだ! これだけは褒めてやるぞ!」
 『まじかよ』『またかよ』などの罵声とも諦めとも取れる声が聞こえてくる。僕は小さくガッツポーズし、自分のやり方が間違っていない事を強く確信する。
 こんな職場で仕事を続けられているのも、効率が悪い方法で転生者を送っているのもこの為なのだ。
(ケルタスが生きてたらもっといい評価になっただろうになあ)
 あの優しい医者を思い出す。そして同時にアンタッチャブルに対しての強い怒りも。
「それじゃ発表はこれで終わりだ。詳細は各自のアカウントに送ってあるので確認するように」
 上司の解散の言葉にみな興奮冷めやらぬまま思い思いの方へ散っていく。この詳細を見るのも非常にワクワクするものだ。僕は人の隙間を縫うように早々に退社した。

 自宅に戻り部屋の照明より先にパソコンを起動させる。こういったいわゆる『文明の機器』と呼ばれるものは、天聖者それぞれ好きなものを使っている。極端な話、筆と紙で全てをこなす人もいれば、空に浮かぶモニターを謎の動作で操る人もいる。天聖者となれば基本的な情報スキルは身に付けているか購入しているので、どの時代の天聖者がどの方法で行っても同じように仕事はできるのだが、やはり慣れ親しんだものでやるのが精神的に一番負担が少ない。
 自分のアカウントにログインし送られてきていた成績詳細を開く。今期で送った転生者の一覧が現れ、与えた能力やスキル、生死、そして転生先で成した功績などがずらずらと書かれている。幸い僕が送った転生者はケルタスを除いて皆まだ生きているようだった。本来ならば全員生存となっていたはずなのに、アンタッチャブルのせいで彼は死んでしまったのだ。
「クソッ」
 僕の両手を易々と掴んだあのスーツの細目、僕より早い速度、硬い身体、なにより世界を壊してしまったあの一撃を繰り出した鬼のような女。
 思い出して震える身体をなんとか落ち着ける。シーカーさんはアンタッチャブルはまだ他に何人もいると言っていた。あんなのが他にぞろぞろといて転生者達は大丈夫なのだろうか。たしかに転生予定者は数えきれないほどたくさんいて、アンタッチャブルに出会う確率なんて天文学的確率なのかもしれない。それでも出会ってしまったらそのまま終わり、みたいな奴らが転生世界を飛び回っているだなんて、考えれば考えるほど恐ろしい。
「まあ転生世界を覗きにいかなければ、僕みたいな案内人があんな化け物たちと出会うことなんてないだろうけどね」
 餅は餅屋、アンタッチャブルは天聖軍だ。虎の子である無敵軍や不死軍なら対等に戦うことができるだろうし、なんならそのまま勝ってしまうんじゃないか? なにしろ無敵だったり不死身だったりするのだ。そのまんまだがこれほど強い能力は他にないだろう。天聖者がお金で買うことによって後から身に付ける事ができる魔法やスキルは基本的なものばかりで、稼いで溜めれば皆いつかは無敵軍というわけではないのだ。
 僕の能力は戦闘面に関して弱い方ではない。人間の天聖者とライオンの天聖者がいたらそりゃライオンの方が強いだろうし、動物と冠されているものであれば好きな部位を好きなように変えられる。今はこんなナリだが、転生者時代はブイブイ言わせたものだ。
 思い出に浸りながら自分が送った転生者一覧をぼーっと眺めていると、急に強烈な違和感に襲われる。
「ケルタス以外全員生存……?」
 おかしい……僕には殺すつもりで送り込んだ転生者が一人いるはずだ……!
 慌ててそいつの詳細を開く。一霧 刻(ひときり きざむ)、生死……やっぱり生存だ、貢献度は……
「馬鹿な……! 今期貢献度一位!? 何の能力も持たせなかったはずなのに!」
 つまりこの男は何の能力も持たず転生先へ行き、自力で生き延びているだけではなく女神様に対して抜群の働きを行っているというわけだ。本当にそんなことが可能なのだろうか?
「勇者の力に目覚めた……? いや、その勇者や古代種の血なんかも後付けの能力でしかないはずだ。間違いなくこの男は死んだ時と同じ人間の力しかもたず、転生世界で活躍していることになる」
 ログアウトし目をつぶる。アンタッチャブルに遭遇する確率は限りなく低い。現に転生世界には何度も足を運んでいたが、遭遇したのはあの時が初めてだ。それに彼らは僕を攻撃しようとはしなかった。彼らの目的はあくまで転生者を殺す事なのだ。もし出会えば僕の代わりにこいつを殺してくれる可能性もある。大丈夫だ……大丈夫。
(確かめてみるか……)

 僕は再び荷造りを始めた。

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