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第0章

0-8 ニイの国攻略

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 再び空を飛び始めてからそう時を経たずして、イチの国とニイの国の国境近くと思われる場所までやってきた。砲火の跡が全くなくなったのだ。
 老婆の話を聞いた限りではイチの国が反攻に出る余裕はなさそうだったので、おそらくここからがニイの国の領土で間違いないだろう。
「王は王城にいるとして、問題はケルタスの現在地だな」
 彼が捕えられ、この戦争が始まってから何日たっているか正確にはわからないが、まだそれほど日が経っているとは考えにくい。それこそ数日前からだとしたら、ニイの国に移送されているケルタスを追い越している可能性まである。
 僕は選択に迷った時は場合分けをして考えることにしている。
 まずはここからイチの国に向かってケルタスを探す。しかしさすがにこれはない。ケルタスがすでにニイの国に入っている可能性も十分にある。
 それではここで待つというのはどうか。これも意味がない。さっきと同じでケルタスがニイの国に入っていれば意味がないし、そもそもこの辺りを通る保証もない。
 つまり結局ニイの国の首都か王城かに向かっていけばいいわけだ。
 こういった考えるまでもないような簡単そうなことでも、きちんと順序だてて考えておけば結果が外れだったとしても後悔することがない。現状で取れる最善手を取っていることを確認しながら行動することは、自分の人生のテンションを高く保つことに非常に有意義だ。
(転生者から天聖者になって、転生案内人として働いていることも、確かに最善手だはずだったのにな)
 思わず笑ってしまう。理論立てて選択すれば後悔しない、なんて言ったそばから僕は自分の現状を後悔しているじゃないか。結局どれだけ正しい選択をしたとしても、結果が満足できるものでなければ意味がないらしい。
 僕は舗装された大きな道にそって高く飛んでいく。時折地上に降り立ってはケルタス様の天使を名乗り、この国の事や王城の場所などを聞いて進んだ。どうもニイの国の王は自分の国民たちにもよく思われていないらしい。まあ戦場に立たない時点である程度はわかっていたことである。それに話を聞かせてもらった人たちは皆随分貧しい恰好をしていた。町や村の様子を見ても、イチの国より粗末な暮らしをしているところさえある。
 ニイの国は大きく軍も強力な事から、国自体が貧しいわけではあるまい。恐らく税が高かったりするのだろう。
(絵に描いたような悪王だな)
 この辺りの若い労働力も今回の戦争に駆り出されてしまっていて、会う者はみな年寄りや子供ばかりであった。ここにもケルタス様の噂は届いているらしく、そういうすごい人がニイの国に来ることを喜んではいたが、無理やり連れてきたりイチの国を攻めることには皆反対していた。
 そもそもイチの国を攻めて占領したところで手に入るのは貧しい土地と自然くらいだ。特に大きな理由もなく、ついでで攻めているのは明らかだった。

 そうこうしているうちにようやくニイの国の王城らしきものが見えてきた。随分と立派で城で、その周りに広がる城下町も随分大きなものだ。これだけを見てもイチの国との国力差がよくわかった。
 僕は鳥の姿のまま王城の近くを飛び回り、同時にスキルでマッピングを発動させる。城の内部はそれほど複雑なものではなく、中にいる人も多くないようだ。僕は城マップの中を動くたくさんの点の中から、ほとんどその場から動かないものを選んで解析していく。ほとんどは門番や警備のものであったが、地下の深いところにあるいくつかの点が、囚人とその警備であることを示していた。
 姿を小さなネズミに変え、見つからないよう慎重に城の中へと入っていく。町の中だったり外だったら、走るネズミの一匹など誰も気にしないだろうが、何しろここは国王のいる城の中である。不潔なネズミが走っていたらそのまま叩き殺されてもおかしくない。
 チョロチョロと地下へ続く螺旋階段を下りていく。ジメジメと湿った地下牢はひどい環境だった。自分のお仲間であるネズミや虫がそのあたりを走り回り、悪臭が漂っている。
 僕が牢を一つ一つ覗いていくと、いくつか目でケルタスを発見することができた。彼は牢の壁を背に力なく座り込んでいて、顔色もかなり悪かった。髪や髭は伸びたままになっており、着ている囚人服もかなり汚い。ニイの国王に従っているとすればこんな扱いにはなっていないだろうから、恐らく力を使うことを拒否しているのだろう。
 ここで感動の再会を果たし、適当に牢と城を破壊して彼と逃げるのは非常に簡単だがその前に僕はやりたいことが一つある。彼には申し訳ないがもう少しの間だけここにいてもらって、僕は今来た螺旋階段を登り始めた。
 
 一旦城の外に出て、入口の正面に立つと姿を人間に戻し、服装をイチの国の兵士の物に変える。そして大声で叫んだ。
「ケル・タス様がおわすのはここか!」
 門番が慌てて飛び出してくる。彼らは僕の服装に驚き大きなラッパを鳴らした。
「イチの国だー! イチの国が攻めてきたぞおおおお!」
 周囲は騒然となりあっという間に僕を囲む兵士の人垣が出来上がる。しかし敵国の兵士がたった一人でこんなところにまで来ている状況の不気味さからか、攻撃してくる者はいなかった。
 しばらく周りの兵士と睨み合いを続けていると、奥から随分立派な装備をした大きな男が出てきた。彼は僕を囲む兵士を押しのけ目の前までやってくる。
「貴様ここがどこかわかっているのか?」
 男は大きなハルバードを片手で振り回しながら尋ねてくる。周りの兵士たちはその激しい動きに巻き込まれないよう、僕を囲む輪を大きく広げた。
「当然である。ニノ国よりケルタス様を連れ戻しに来た」
 僕の言葉に男は大きく笑い、持っているハルバードを僕と彼の間に叩きつけた。大きな砂埃が舞い、地面はかなりの深さまでえぐれている。
「愚かなり! たった一人でここまで来ることができた隠密性は感嘆に値するが、これだけの相手を目の前にして一体どうする? 全員打ち倒して無理やり連れていくか? それともお前は囮で別の者がどこかコソコソと隠れているのかな?」
 男はハルバードを再び持ち上げ、それを城の方に向けた。僕たちを囲んでいた兵士が城の中へと戻っていく。
「我はニイの国騎士団長リマワス・オノフ! お前はここで死ぬ。お前の仲間も城内で死ぬ」
 それだけ言うと彼はその巨大な斧を驚くべき速さで撃ちつけてきた。

 万が一彼が転生者である可能性を考え、直接受けるのではなく生やした尻尾で叩き落とす。衝撃で彼のハルバードは遥か彼方へと飛んでいった。
「ぐわああああああ」
 どうやら彼の腕まで一緒に飛んで行ってしまったようで、彼は右肩を左手で押さえていた。
「馬鹿な……なんだその力は!?」
 ここで色々とご高説をぶちかましてもいいのだが、僕の目的はケルタスを助ける事、今後彼に危害を加えようとする者が出ないようにする事だ。身体を色々と組み替えては彼を脅し、最後に天使モードになって彼の飛んだ腕を元通りにすればいっちょあがり。あとは彼に王様のところまで連れて行ってもらうことにする。
 城内に入ると、城の兵士は自分たちの騎士団長が敵国の兵士と一緒に歩いている事にひどく驚いた様子だが、僕の背中に生えている羽を見てとにかく異変が起きていることは察知したらしい。ざわめきは起きるものの道を塞いだりするものはいなかった。
 騎士団長は僕を案内しながらまっすぐに城を進んでいく。随分と贅を尽くした内装や調度品の数々に、道中出会ったニイの国の人々との暮らしを思い出す。
「王族は随分と羽振りがいいみたいだな」
「はっ……! 申し訳ございません」
「誰も止める者はおらんのか」
「汗顔の限りでございます。国の主要な職に携わる者は、皆家族を人質に取られております。王に歯向かえば妻や子が、言葉にするのも恐ろしい目に合わされるのです……」
「そうか……。ならば我がケル・タス様に代って誅を下す。異存はないな?」
「ははあ! もちろんでございます! これでこの国もよくなりましょう!」
 お前の王を殺すぞと言っているのにこの潔さ、こちらの王は本当に人徳がないらしい。僕たちは謁見の間までたどり着き、その扉を開く。中はこれまで以上に豪華な造りになっており、明るく照らされた室内の光に目が痛いぐらいだ。縦に長いこの部屋の奥には宝石をふんだんに飾った玉座があり、そこに男が一人座っていた。
「な・・・なんだ貴様は! おい! 騎士団長リマワス! 何故この神聖な王の間にこのような者を連れてきた!?」
 でっぷりと太り、ゆるんだ顔の肉には油がテラテラと浮いている。この醜い王にはまだ僕の羽が見えていないようで、敵国の兵士が自国の騎士団長に連れられてここまで来た事にひどく驚いている。
「王よ! あなたが捕えられたケル・タス様はまさしく神そのものでありました! この御方はケル・タス様の忠実なしもべでいらっしゃいます天使様でございます」
「……はあ? 気でも狂ったのか!? 衛兵ー!! 衛兵ー!!」
 確かに何も知らない者からすれば騎士団長の言葉は到底理解しがたいものだろう。王は何度も護衛を呼ぶが、彼らが現れる気配はない。
「衛兵! 衛兵……! 衛兵!!!」
 異常事態に気づいたのか王の顔からは脂汗がドロドロと流れ始めた。オウムのように同じ言葉を繰り返すその姿は国を導く立場には到底似つかわしくないものに見える。
 僕に人を虐めて遊ぶ趣味はない。さっさと終わりにしよう。王に生やした羽をこれでもかといわんばかりに見せつけ、僕は両手を獣に変える。
「すみません」
 この場に似つかわしくない言葉がまた出てしまった。やはり職業病という物は恐ろしい。
 僕は王を十字に切りつけた。

 
 
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