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 夜中は熱が上がって寝苦しかったけれど、由貴くんが氷枕を変えてくれたり身体を拭いてくれたり、つきっきりで看病してくれたおかげで、翌朝にはもう微熱程度になっていた。
 頭痛や身体のだるさもずいぶん楽になっている。

 ベッドの下に敷いた来客用の布団では、由貴くんがすやすやと寝息をたてて眠っていた。
 ごめんね。お疲れさま。ありがとう。
 心の中でお礼を言いながら、今何時だろうと枕元のスマホに手を伸ばした時だった。
 コツン、と指先に何かが触れる。

「ん?」

 起き上がってみると、そこには水色のリボンでラッピングされた真っ白な箱が置いてある。

「んん!?」

 思わず声を上げると、ゴソ、と布団が動いて由貴くんがこちらを向いた。

「あっ、ご、ごめん、起こしちゃって」
「秋人、調子はどう?」
「すごく楽になってる。由貴くんのおかげだよ」
「そ、良かった」
「あの、由貴くん、これ……」

 僕はそっと箱を持ち上げた。

「枕元に…………」
「サンタさんじゃない?」
「サンタさん!?」

 その単語、久々に聞いたな。
 僕のサンタさんは小六を最後にぴったり来なくなったのだ。
 そっとリボンを外して箱を開ける。
 すると中から出てきたのは、クリーム色の暖かそうな大判マフラーだった。

「わあああ!」

 僕は小さな子供のようにはしゃいで、中からマフラーを取り出し首に巻き付けて見せる。

「どう? 由貴くん」
「似合ってるよ」
「嬉しい。めちゃくちゃ嬉しい。ありがとう由貴く──」
「だからサンタさんだって」

 くそぅ、お礼を言わせてくれないじゃないか。粋なことをしてくれる。

 ん? あれ、そういえば僕、由貴くんにプレゼントを渡せていない。
 昨晩渡そうと思っていたんだけど、あまりに高熱でそれどころではなかったのだ。
 あと、そうだ、ケーキも買ってたんだ。消費期限、今日までだから食べなきゃ。でもさすがにまだ僕は食べられない気がする。

「由貴くん」
「ん?」
「冷蔵庫にケーキある。よかったら今日中に食べてほしい」
「まじ?」
「二人分あるんだけど僕はまだ無理そう」
「えっ、じゃあ俺が二つ食う」

 由貴くんが本気で嬉しそうにしているので、僕は思わず吹き出してしまった。

「ふっ、ふふ、僕が食べられなくなってラッキーみたいなのやめてよ」
「残念だったな。食べたかったら早く治せ。次は俺が買ってくるから」
「うん、そうする」

 プレゼント。プレゼント渡さなきゃ。
 うぅ、緊張する。
 結局、どうしても存在が頭から離れてくれなかったメンズ用のシルバーネックレスにしたのだ。控えめで上品なのにキラキラで由貴くんみたいなやつ。絶対、絶対似合うんだよなぁ。
 だけど由貴くんはアクセサリーを全く身につけないので、これはもう、完全に賭け。
 昨日持っていくつもりだった鞄の中から小さな箱を取り出して、由貴くんの前に差し出した。

「由貴くん、これっ」
「え?」
「遅くなっちゃったけど、お誕生日おめでとう!」

 由貴くんは小さな箱と僕の顔を見比べる。

「俺に?」
「うん」
「まじ? 開けていい?」

 僕は大きく頷く。
 由貴くんが包装を開けるのをドキドキしながら見守った。

「ネックレスだ……」

 由貴くんは驚いたように目を丸くしてそれに見入っている。

「すげぇ、かっこいい。これを俺に?」
「うん。絶対似合うと思ったんだよ。その、使わなかったら使わなかったでいいんだけど……」
「待って、今すぐつけるから。あっ、秋人につけてもらおうかな」
「分かった。貸して」
「あっ、ちょっと待て、こんな寝起きのボサボサの髪じゃダメだ。身支度整えてくるから」
「あはは、そのままでいいよ」
「待て待て、ちょっと待ってろ。あ、洗面所借りる」

 そう言うと由貴くんはダッと廊下を駆けていった。
 なっ、何あれ可愛すぎるんですけど。思わず顔がにやけてしまう。
 しかし数分後に完璧に身支度を整えてやってきた由貴くんを見て、あまりのかっこよさに再び真顔になった。

 由貴くんに鏡の前に立ってもらって、後ろからネックレスをつけた。
 彼の真っ白なうなじには、まだうっすらと噛み痕が残っている。この痕、消えてほしくないなぁ。いや、せっかく綺麗な肌をしてるんだから、早く消えてしまった方がいいのかな。ううむ、複雑。

「……できたよ」

 僕の声に、由貴くんが顔を上げる。
 彼はそっとネックレスに触れると、僕の方を振り向いた。

「どう?」
「似合ってるよ。めちゃくちゃかっこいい」
「ホント? 嬉しい。ありがと秋人。大事にする」

 彼はにこりと笑う。
 本当に、本当にかっこいいな。
 思わずぽーっと彼の姿に見惚れてしまう。

「……秋人?」

 白い頬に手を伸ばす。
 吸い寄せられるようにその赤い唇に口付けをしかけて、すんでのところで動きを止めた。

「……あ、か、風邪、うつしちゃったらダメだね」

 カッと頬が赤くなった。誤魔化すようにへらりと笑って彼から離れる。

「……いいよ」
「へ?」
「うつんないよ、風邪。俺もう十年は体調崩してねぇから」

 それは強すぎない!?

「ね、秋人からキスしてよ」

 がっちりと腕を掴まれていて逃げられない。逃がしてくれない。
 僕は諦めて彼に向き直ると、そっと彼の肩を抱き寄せてキスをした。

「……へへ」

 何だか妙にこそばゆくて視線を逸らす。

「ふっ、何で今更照れてんの?」
「いや、照れるでしょ。由貴くん、自分がどれだけかっこいいか、わかってないんだ」
「わかってるよ」
「わかってるんかい」
「どんな俺でもかっこいい、俺のこと世界一かっこいいと思う、って秋人が言ったんだろ。忘れたとは言わせねぇから」

 由貴くんがふっと微笑む。

「オメガにしては可愛げがないとか散々言われたし、かと言ってアルファに擬態すれば心が追いつかなくて息苦しかった。そんな中で秋人の言葉だけが本物だった」
「……由貴くん」
「秋人にとっての『世界一かっこいい成瀬由貴』でありたいって思うよ。それだけで十分。もうきっと、迷わなくて済むから」
「……うん」

 僕ももう迷わないよ。由貴くんの支えになりたいって、笑顔を守りたいって、それだけを考えてたら、ちょっとは強くなれたような気がしなくもない。
 相変わらず僕は間抜けで情けないけれど、それすら由貴くんが笑い飛ばしてくれるなら、もう十分だ。
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