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第十話 料理対決①
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次の渉くんとの動画の撮影のため、キッチンスタジオを予約したところで我に返った。――料理が壊滅的な男二人で、よりによって料理対決?
二人での話し合いの末、どういう経緯でこの企画が通ってしまったのか、俺は記憶が定かじゃない。
ただひとつだけ確かなことがある。あのときは俺も渉くんも、正気じゃなかった。
渉くんが古川悠真と別れたと聞いて、彼への気持ちを制御することができなくなった。
ほかに付き合っている人がいないなら、もう俺でいいじゃないか。そう悶々とする日々を送り、ついに先週末、徹夜明けのぼんやりした思考にまかせて彼のことを抱き寄せ、キスをした。
そのあとは半ばパニック状態で企画について話し合って、別れた。
この結果生まれた企画が、正気とは思えない料理対決、というわけである。
――渉くんは、必ず俺とのキスに応えてくれる。
一度目はナイトルーティン動画の撮影の後。そして先週末の二度目。
俺だから、じゃない。渉くんは誰とでもキスができる。
衝動的に彼氏もセフレも作らないでほしいと言ってしまったけれど、今にもほかの人と関係を持ってしまうんじゃないかと考えると、気が狂ってしまいそうだった。
彼を自分のもとへつなぎとめておきたい。俺としかキスをしてほしくない。
俺はこんなにも嫉妬深い性質だっただろうか。そして身勝手だ。ほんとうの恋人になってほしいと、その一言すら言えていないのに。
「恵人くん!」
大学構内を歩いていると、向こうから渉くんが駆けてきた。しかしこちらへ向かって手を振ろうとしたとき、よそ見をしながら歩いてきた大柄な学生にぶつかられてしまう。
彼の小さな身体が横方向によろけるのを、俺はとっさに支えた。
至近距離で目が合い、慌てて彼から離れる。
「あっ、ご、ごめんね」
渉くんも慌てて俺のそばから飛びのいた。
あれだけスキンシップの激しかった渉くんは、あの日以来、俺に触れてこなくなった。
気を取り直して二人で学食に向かう。週替わりで出ていたハンバーグ定食を受け取って窓際の席に座ると、すこし遅れて、ナポリタンを受け取った渉くんがやってきて俺の向かいの席に座った。
「いただきます」
同時に手を合わせて食べ始める。渉くんはくるくるとパスタをフォークに巻き付けながら、ちらりと俺の顔を見て「えへへ」と照れたように笑った。
彼がパスタを器用に巻き付ける様子を無意識にじっと目で追っていた俺は、慌てて視線を逸らす。
「恵人くん」
彼がもぐもぐしながら言った。
「次の企画のこと考えてたんだけど」
「う、うん」
「料理対決なら、手元を映してくれるカメラマンがいた方がいいよね。ほら、料理番組みたいに」
「……そうかな?」
渉くん、そこまで本格的にやるつもりなのだろうか。
「俺としては、お互いがお互いのこと撮ればいいって思ったんだけど。いつものロケ企画とかもそうだし」
「つまり順番に作るってことだよね。それじゃネタバレになるんじゃない?」
「それでいいんじゃ……?」
「そもそも『対決』って誰がジャッジするんだろう」
「お互いがお互いのをジャッジするんだよ」
「それ、自分のに票入れたら終わりじゃん」
「……いやいやいや、自分のに票入れないでしょ。お互いのをそれとなく褒めて仲良しアピールで終わればいいんだよ」
「そんなヌルいカップル配信者じゃあるまいし……」
渉くんは渋い顔をしている。いや、俺たちはヌルいカップル配信者を演じているんですけれども。
「恵人くん、誰か友達にアテがいたりしない?」
「俺友達いないよ」
「予想外に悲しいこと言わないでよ。……でもまぁ、僕もいないかな」
「グループメンバーは?」
「そうだね。彼らに頼んでみようか――」
渉くんが言い終わらぬうちに、俺のスマホの通知が鳴って通話の着信を伝える。「ちょっと出ていい?」と確認をとって通話に出た。
相手は手短に用件を告げ、俺の返事も待たずにさっさと切ってしまった。
「むぅ、言ってるそばから友達からの電話じゃん。恵人くんの裏切り者」
「違う。弟」
「弟? ……あっ! 雅人くんだ!」
俺は頷いた。雅人は俺と四つ違いの弟で、今は高校二年生。
彼が推しているアイドルグループのライブが都内であるらしく、俺のワンルームを無料宿にさせてくれという要件の電話だった。
「雅人くん、もう高二かぁ。僕が恵人くんの実家にお邪魔してた頃はまだ小学生だったのにね。可愛かったなぁ」
「もう微塵も可愛くないから期待しない方がいいよ」
「またまたそんなこと言って~。ところでいつこっち来るの? 僕も会いたい」
「今週末だって」
俺たちは同時に「あっ」と声を上げた。
「キッチンスタジオ予約したの今週末だったよね」
「じゃあ雅人に任せるか。カメラマンとか諸々。宿代として」
「賛成賛成!」
渉くんが声を上げる。
二人での話し合いの末、どういう経緯でこの企画が通ってしまったのか、俺は記憶が定かじゃない。
ただひとつだけ確かなことがある。あのときは俺も渉くんも、正気じゃなかった。
渉くんが古川悠真と別れたと聞いて、彼への気持ちを制御することができなくなった。
ほかに付き合っている人がいないなら、もう俺でいいじゃないか。そう悶々とする日々を送り、ついに先週末、徹夜明けのぼんやりした思考にまかせて彼のことを抱き寄せ、キスをした。
そのあとは半ばパニック状態で企画について話し合って、別れた。
この結果生まれた企画が、正気とは思えない料理対決、というわけである。
――渉くんは、必ず俺とのキスに応えてくれる。
一度目はナイトルーティン動画の撮影の後。そして先週末の二度目。
俺だから、じゃない。渉くんは誰とでもキスができる。
衝動的に彼氏もセフレも作らないでほしいと言ってしまったけれど、今にもほかの人と関係を持ってしまうんじゃないかと考えると、気が狂ってしまいそうだった。
彼を自分のもとへつなぎとめておきたい。俺としかキスをしてほしくない。
俺はこんなにも嫉妬深い性質だっただろうか。そして身勝手だ。ほんとうの恋人になってほしいと、その一言すら言えていないのに。
「恵人くん!」
大学構内を歩いていると、向こうから渉くんが駆けてきた。しかしこちらへ向かって手を振ろうとしたとき、よそ見をしながら歩いてきた大柄な学生にぶつかられてしまう。
彼の小さな身体が横方向によろけるのを、俺はとっさに支えた。
至近距離で目が合い、慌てて彼から離れる。
「あっ、ご、ごめんね」
渉くんも慌てて俺のそばから飛びのいた。
あれだけスキンシップの激しかった渉くんは、あの日以来、俺に触れてこなくなった。
気を取り直して二人で学食に向かう。週替わりで出ていたハンバーグ定食を受け取って窓際の席に座ると、すこし遅れて、ナポリタンを受け取った渉くんがやってきて俺の向かいの席に座った。
「いただきます」
同時に手を合わせて食べ始める。渉くんはくるくるとパスタをフォークに巻き付けながら、ちらりと俺の顔を見て「えへへ」と照れたように笑った。
彼がパスタを器用に巻き付ける様子を無意識にじっと目で追っていた俺は、慌てて視線を逸らす。
「恵人くん」
彼がもぐもぐしながら言った。
「次の企画のこと考えてたんだけど」
「う、うん」
「料理対決なら、手元を映してくれるカメラマンがいた方がいいよね。ほら、料理番組みたいに」
「……そうかな?」
渉くん、そこまで本格的にやるつもりなのだろうか。
「俺としては、お互いがお互いのこと撮ればいいって思ったんだけど。いつものロケ企画とかもそうだし」
「つまり順番に作るってことだよね。それじゃネタバレになるんじゃない?」
「それでいいんじゃ……?」
「そもそも『対決』って誰がジャッジするんだろう」
「お互いがお互いのをジャッジするんだよ」
「それ、自分のに票入れたら終わりじゃん」
「……いやいやいや、自分のに票入れないでしょ。お互いのをそれとなく褒めて仲良しアピールで終わればいいんだよ」
「そんなヌルいカップル配信者じゃあるまいし……」
渉くんは渋い顔をしている。いや、俺たちはヌルいカップル配信者を演じているんですけれども。
「恵人くん、誰か友達にアテがいたりしない?」
「俺友達いないよ」
「予想外に悲しいこと言わないでよ。……でもまぁ、僕もいないかな」
「グループメンバーは?」
「そうだね。彼らに頼んでみようか――」
渉くんが言い終わらぬうちに、俺のスマホの通知が鳴って通話の着信を伝える。「ちょっと出ていい?」と確認をとって通話に出た。
相手は手短に用件を告げ、俺の返事も待たずにさっさと切ってしまった。
「むぅ、言ってるそばから友達からの電話じゃん。恵人くんの裏切り者」
「違う。弟」
「弟? ……あっ! 雅人くんだ!」
俺は頷いた。雅人は俺と四つ違いの弟で、今は高校二年生。
彼が推しているアイドルグループのライブが都内であるらしく、俺のワンルームを無料宿にさせてくれという要件の電話だった。
「雅人くん、もう高二かぁ。僕が恵人くんの実家にお邪魔してた頃はまだ小学生だったのにね。可愛かったなぁ」
「もう微塵も可愛くないから期待しない方がいいよ」
「またまたそんなこと言って~。ところでいつこっち来るの? 僕も会いたい」
「今週末だって」
俺たちは同時に「あっ」と声を上げた。
「キッチンスタジオ予約したの今週末だったよね」
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渉くんが声を上げる。
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