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第九話 再出発➁

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「おはよう、恵人くん」
「おはよう渉くん」

 あれから二度目の週末。
 僕は次の動画の打ち合わせのために、朝から恵人くんの家にお邪魔していた。
 前回の投稿からかなり時間が空いてしまっているため、いい加減早く次の企画を練らなければいけないのだけど、正直僕は今、まったくもって動画どころではない。

 恵人くんのワンルームの部屋にはもう幾度となくお邪魔しているけれど、こんなにも落ち着かないのは初めてだ。

 ……ショーちゃんがあんなこと言うから。
 恵人くん、僕のこと好きなの? ……本当に?

 確かめてみようか。またそれとなく恵人くんのこと誘って……。
 って、身体で試そうとするのは僕の悪い癖だってレンが言ってたな。
 それじゃあどうしたらいいんだろう。

「渉くん、ごめん、ちょっとだけ動画の編集させて」
「うん、全然いいよ」

 部屋の机にはノートPCが投げ出されている。
 彼はよろよろとその前に腰かけた。

「恵人くん、徹夜してた? クマすごいよ」
「最近実況動画の投稿頻度上げたんだよ。視聴者も増えたし。でも編集が追いついてない」
「大変だねぇ。一ファンとしては嬉しいけど。僕との動画も編集任せちゃってごめんね。僕も編集ソフト勉強しようかな」
「いいよ。俺にできるの編集ぐらいだし。渉くんもいろいろ忙しいだろうし」

 確かにグループの方のチャンネルもAyumiさんとのコラボによって一気に知名度が上がり、投稿頻度を増やしたおかげで忙しくなってはいる。
 けれど悠真と別れてから、僕はどうも時間を持て余してしまう。
 特に夜。今まではほとんど毎日悠真と会っていたから、人恋しくて仕方ない。
 それを埋められるなら、仕事でもなんでも増やしたいところだけれど。

「恵人くん、編集終わったら僕のことは気にせず寝ていいからね。僕次の企画練っておくから」
「ありがとう」

 僕はPCを操作する彼の横に腰掛けた。
 カチカチとマウス音だけが静かな部屋に響きわたる。

 彼の横顔を盗み見た。
 真剣な顔。恵人くんは本当に動画の投稿が好きみたいだ。何か真剣に打ち込めることがあるのは本当に羨ましい。

 僕がハルから活動に誘われたとき、二つ返事で頷いたのは恵人くんの影響によるところも大きい。
 だからこうやって二人で活動しているのは、いまだに少し不思議な気分だ。



「渉くん」

 ぼーっと恵人くんの横顔を見つめていたところ、急に彼がこちらを振り向いた。
 僕はびくりと肩を揺らす。

「は、はいっ! 何?」
「この間、変なこと言ってごめん」
「えっ」

 それ、また掘り返すの。僕は真っ赤になって顔の前で両手を振った。

「いや、別にっ」
「渉くんが落ち込んでるのに俺、勝手なことばっかり言った」

 衝撃が大きすぎて悲しみは吹き飛んだけど。
 だって恵人くんの口から出た言葉とは思えなくて。

「あの……嬉しかった、よ」
「そう?」
「う、うん」
「実を言うと俺、めちゃくちゃ古川さんに嫉妬してた」
「……え?」

 ……恵人くん?
 何を言っているの? 何を言おうとしているの。

 言葉の続きを待ったけれど、それきり彼は黙り込んでしまった。

「し、嫉妬かぁ」
「…………」
「あはははっ! 恵人くん、僕のこと大好きじゃーん!」

 半ば投げやりに、大げさな笑顔で恵人くんの腕に抱き着けば、顔を真っ赤に染めた彼と至近距離で目が合った。

 ……やばい、やばい。どうするの、これ。
 ドクドクと心臓がうるさい。

 そっと彼の腕から離れようとすれば、次の瞬間、強い力で抱き寄せられた。

「あっ」
「……渉くん」

 そのまま背中に腕を回される。
 僕は彼の胸にすっぽり収まって、早打ちする心臓の鼓動を聞いていた。

「……恵人くん」

 ――ふと脳内に、高校生の頃、恵人くんが僕を眠りに落ちるまで優しく抱きしめてくれたときの記憶が蘇った。
 後にも先にも、あんなに幸福だった夜を僕は知らない。
 決して思いが通じ合わない相手であっても、あの記憶だけで一生を歩んでいけそうなほどの、幸福。

 それがこうやって上書きされてしまったら。僕はもっと欲張りになってしまいそうで、怖い。

 ゆっくりと身体を離して、至近距離で見つめ合う。
 そしてどちらからともなく唇を重ねた。


〈Next▹side 恵人〉
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