17 / 22
第九話 再出発①
しおりを挟む
「ワタちゃーん?」
家の玄関を開けると、そこにはレンが立っていた。
今日は大学に行って、恵人くんにこの間のことを謝る。それから悠真と別れたことも告げる。そう決意を固めて、彼と一緒に家を出た。
大学に到着するとハルとショーちゃんもいた。二人とも深くは追及せず、「久しぶり」「やっと来たか」と迎えてくれた。
面と向かっては言えないけれど、僕は本当にいい仲間を持ったと思う。
「ワタちゃん、そこ、恵人がいる」
午前の授業を終えて昼休みに入り、教室を出たところで恵人くんの後ろ姿を見つけた。
三人に背中を押され、僕は彼のもとへ向かう。
「恵人くんっ!」
背後から呼びかけると、彼は驚いてこちらを振り向いた。
「渉く、」
「恵人くん、ごめんなさい!」
僕はその場で深く頭を下げた。
「本当にほんっとーにごめんなさい!」
突如大声で謝罪を始めた僕のことを、すれ違う学生たちが好奇の目で見て去っていく。
恵人くんは「そ、外出ようか」と苦笑いしながら僕を外に連れ出した。
二人並んで敷地内のベンチに座ると、僕は再度頭を下げる。
「今回の騒動についてすべての経緯をお話しします」
「そんな謝罪動画みたいな」
「恵人くんに僕の女装を見てほしかったんです。それで恵人くんのことを家に呼びました」
「うん」
「でも恵人くんより先に悠真が来ました。それで抗えなくてヤってしまいました」
「無理やりされたの?」
「違う、僕の意志で……」
なんだかものすごく情けない。どうして僕はこうなんだろう。恵人くん、絶対呆れているな。
「……見たかったな」
「……え?」
「……渉くんの女装姿」
思わぬ言葉に、バッと彼の顔を見上げる。
「見た……かった? 本当に?」
「うん。でもしょうがないよな。俺より彼氏の古川さんが優先されるのは当然のことだし」
「あ……えっと」
「むしろ俺なんか呼んじゃダメだよ。俺はチャンネル内限定の『彼氏役』だし。プライベートでは本物の彼氏を優先しなきゃ」
なんだか恵人くんの様子がいつもと違うような。
いつも優しい恵人くんが、今日はすこし苛立っているみたい。いや、怒っているのは僕が悪いのだから当たり前のことなんだけど。
「あ……その……悠真とは別れたよ」
「別れた?」
恵人くんは驚いて目を見開いた。
「う、うん。『もう俺に一切気持ちないだろ』って。怒らせちゃった」
「…………」
「今になって思えば僕、どういうことが『好き』なのかわかってなかったなって。悠真には、悪いことしちゃった」
「……わかるものなのかな。どういうことが『好き』なのかって」
ぽつり、恵人くんが呟く。
「……どうなんだろう。もっとたくさん恋愛すればわかるのかも」
「もう次の予定があるの?」
「ううん、ないけど」
「好きな人は?」
「えっ、わ、わかんない」
「じゃあ、保留にしといて」
え? と彼の顔を見上げると、真剣な双眸がこちらを見つめていた。
「……次の彼氏、まだ作らないで」
「あっ、えっ」
「……ごめん、変なこと言った」
そういって彼は下を向く。
「あっ、つ、作らないよ、そんなすぐには。そもそも僕恋愛向いてないのかもしれないし。やっぱり恋人じゃなくてセフレが気楽でいいな~とか……ハハ……」
「セフレも作らないで……ほしい……」
「あっ、は、はい! 了解!」
わけもわからずビシッと敬礼をしてしまった。
心臓がドクドクとうるさい。
……恵人くん、どうしちゃったんだろう。
恵人くんは僕に彼氏もセフレも作らないでほしいらしい。
それってつまり? ……つまり?
「というわけで、僕は今後誰かに誘われてもセックスしないことにしたから。把握よろしく、ショーちゃん」
「なんで俺?」
夕方、授業終わりに行き会ったショーちゃんに宣言する。
「俺そもそもワタちゃん誘ったことないでしょ。つか女の子にしか興味ないし」
「酔って押し倒されたことならある」
「ごめんごめん、悪かったって。……で、どういう風の吹き回し?」
「恵人くんに言われたの。僕に彼氏やセフレを作らないでほしいらしい」
「うわっ、すげぇ独占欲」
「……だよね? これ独占欲だよね? ……どうしよ、僕すごく嬉しい」
カーッと顔が熱くなって、思わず両手で覆った。
「だからショーちゃん、僕に触れちゃダメだからね! 僕は今恵人くんに独占欲向けられてるんだから!」
「ハイハイ。つか、好きなんじゃん?」
「……え?」
ぽかんとした顔でショーちゃんを見上げる。
「……好き?」
「うん」
「誰が誰を?」
「恵人がワタちゃんを」
「…………」
「マジかよ。結構わかりやすかったと思うんだけど」
好き、とは。
「ショーちゃん、『好き』って何だと思う?」
「知らん」
「知らないんじゃん」
僕は今、その気持ちがよくわからなくなってしまった。
僕は悠真のことが好きだと思っていた。
悠真も僕のことを好きでいてくれているのだと思っていた。
お互い、どこまでが本当だったのだろう。
そもそも本当の好きってなんなのだろう。
「つか、そんな恋愛初心者でよくカップル配信者演じられてたな」
「…………」
「もう一回、再出発してみれば? これからは完全なニセモノカップルってわけでもないんだろ。……まぁでも」
彼はフッと口角を上げた。
「別に今までもニセモノには見えてなかったよ。視聴者もちゃんと騙せてるし」
「言い方……」
「俺の目にも視聴者の目にもちゃんとお似合いに映ってたってこと」
ショーちゃんはこのあと女の子と遊ぶ予定が入っているらしく、彼とは大学の正門で別れた。
僕は思わず顔を覆う。
……お似合い。
どうしよう、そんなことを言われたら恵人くんと顔を合わせるのが恥ずかしい。次の動画の企画、何をすればいいんだろう。どうやって台本を作ろう。
今まで僕は、どうやって恵人くんとカップルを演じていたんだっけ。
家の玄関を開けると、そこにはレンが立っていた。
今日は大学に行って、恵人くんにこの間のことを謝る。それから悠真と別れたことも告げる。そう決意を固めて、彼と一緒に家を出た。
大学に到着するとハルとショーちゃんもいた。二人とも深くは追及せず、「久しぶり」「やっと来たか」と迎えてくれた。
面と向かっては言えないけれど、僕は本当にいい仲間を持ったと思う。
「ワタちゃん、そこ、恵人がいる」
午前の授業を終えて昼休みに入り、教室を出たところで恵人くんの後ろ姿を見つけた。
三人に背中を押され、僕は彼のもとへ向かう。
「恵人くんっ!」
背後から呼びかけると、彼は驚いてこちらを振り向いた。
「渉く、」
「恵人くん、ごめんなさい!」
僕はその場で深く頭を下げた。
「本当にほんっとーにごめんなさい!」
突如大声で謝罪を始めた僕のことを、すれ違う学生たちが好奇の目で見て去っていく。
恵人くんは「そ、外出ようか」と苦笑いしながら僕を外に連れ出した。
二人並んで敷地内のベンチに座ると、僕は再度頭を下げる。
「今回の騒動についてすべての経緯をお話しします」
「そんな謝罪動画みたいな」
「恵人くんに僕の女装を見てほしかったんです。それで恵人くんのことを家に呼びました」
「うん」
「でも恵人くんより先に悠真が来ました。それで抗えなくてヤってしまいました」
「無理やりされたの?」
「違う、僕の意志で……」
なんだかものすごく情けない。どうして僕はこうなんだろう。恵人くん、絶対呆れているな。
「……見たかったな」
「……え?」
「……渉くんの女装姿」
思わぬ言葉に、バッと彼の顔を見上げる。
「見た……かった? 本当に?」
「うん。でもしょうがないよな。俺より彼氏の古川さんが優先されるのは当然のことだし」
「あ……えっと」
「むしろ俺なんか呼んじゃダメだよ。俺はチャンネル内限定の『彼氏役』だし。プライベートでは本物の彼氏を優先しなきゃ」
なんだか恵人くんの様子がいつもと違うような。
いつも優しい恵人くんが、今日はすこし苛立っているみたい。いや、怒っているのは僕が悪いのだから当たり前のことなんだけど。
「あ……その……悠真とは別れたよ」
「別れた?」
恵人くんは驚いて目を見開いた。
「う、うん。『もう俺に一切気持ちないだろ』って。怒らせちゃった」
「…………」
「今になって思えば僕、どういうことが『好き』なのかわかってなかったなって。悠真には、悪いことしちゃった」
「……わかるものなのかな。どういうことが『好き』なのかって」
ぽつり、恵人くんが呟く。
「……どうなんだろう。もっとたくさん恋愛すればわかるのかも」
「もう次の予定があるの?」
「ううん、ないけど」
「好きな人は?」
「えっ、わ、わかんない」
「じゃあ、保留にしといて」
え? と彼の顔を見上げると、真剣な双眸がこちらを見つめていた。
「……次の彼氏、まだ作らないで」
「あっ、えっ」
「……ごめん、変なこと言った」
そういって彼は下を向く。
「あっ、つ、作らないよ、そんなすぐには。そもそも僕恋愛向いてないのかもしれないし。やっぱり恋人じゃなくてセフレが気楽でいいな~とか……ハハ……」
「セフレも作らないで……ほしい……」
「あっ、は、はい! 了解!」
わけもわからずビシッと敬礼をしてしまった。
心臓がドクドクとうるさい。
……恵人くん、どうしちゃったんだろう。
恵人くんは僕に彼氏もセフレも作らないでほしいらしい。
それってつまり? ……つまり?
「というわけで、僕は今後誰かに誘われてもセックスしないことにしたから。把握よろしく、ショーちゃん」
「なんで俺?」
夕方、授業終わりに行き会ったショーちゃんに宣言する。
「俺そもそもワタちゃん誘ったことないでしょ。つか女の子にしか興味ないし」
「酔って押し倒されたことならある」
「ごめんごめん、悪かったって。……で、どういう風の吹き回し?」
「恵人くんに言われたの。僕に彼氏やセフレを作らないでほしいらしい」
「うわっ、すげぇ独占欲」
「……だよね? これ独占欲だよね? ……どうしよ、僕すごく嬉しい」
カーッと顔が熱くなって、思わず両手で覆った。
「だからショーちゃん、僕に触れちゃダメだからね! 僕は今恵人くんに独占欲向けられてるんだから!」
「ハイハイ。つか、好きなんじゃん?」
「……え?」
ぽかんとした顔でショーちゃんを見上げる。
「……好き?」
「うん」
「誰が誰を?」
「恵人がワタちゃんを」
「…………」
「マジかよ。結構わかりやすかったと思うんだけど」
好き、とは。
「ショーちゃん、『好き』って何だと思う?」
「知らん」
「知らないんじゃん」
僕は今、その気持ちがよくわからなくなってしまった。
僕は悠真のことが好きだと思っていた。
悠真も僕のことを好きでいてくれているのだと思っていた。
お互い、どこまでが本当だったのだろう。
そもそも本当の好きってなんなのだろう。
「つか、そんな恋愛初心者でよくカップル配信者演じられてたな」
「…………」
「もう一回、再出発してみれば? これからは完全なニセモノカップルってわけでもないんだろ。……まぁでも」
彼はフッと口角を上げた。
「別に今までもニセモノには見えてなかったよ。視聴者もちゃんと騙せてるし」
「言い方……」
「俺の目にも視聴者の目にもちゃんとお似合いに映ってたってこと」
ショーちゃんはこのあと女の子と遊ぶ予定が入っているらしく、彼とは大学の正門で別れた。
僕は思わず顔を覆う。
……お似合い。
どうしよう、そんなことを言われたら恵人くんと顔を合わせるのが恥ずかしい。次の動画の企画、何をすればいいんだろう。どうやって台本を作ろう。
今まで僕は、どうやって恵人くんとカップルを演じていたんだっけ。
10
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説

寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開



BL短編まとめ(甘い話多め)
白井由貴
BL
BLの短編詰め合わせです。
主に10000文字前後のお話が多いです。
性的描写がないものもあればがっつりあるものもあります。
性的描写のある話につきましては、各話「あらすじ」をご覧ください。
(※性的描写のないものは各話上部に書いています)
もしかすると続きを書くお話もあるかもしれません。
その場合、あまりにも長くなってしまいそうな時は別作品として分離する可能性がありますので、その点ご留意いただければと思います。
【不定期更新】
※性的描写を含む話には「※」がついています。
※投稿日時が前後する場合もあります。
※一部の話のみムーンライトノベルズ様にも掲載しています。
■追記
R6.02.22 話が多くなってきたので、タイトル別にしました。タイトル横に「※」があるものは性的描写が含まれるお話です。(性的描写が含まれる話にもこれまで通り「※」がつきます)
誤字脱字がありましたらご報告頂けると助かります。
ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話
あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ハンター ライト(17)
???? アル(20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後半のキャラ崩壊は許してください;;
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる