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第四話 昔の話①
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「多和田渉です。辛い食べ物が好きです。でも甘いものも好きです。よろしくお願いします」
今から五年近く前のこと。
高校一年生の春、俺と渉くんは同じクラスになった。自己紹介をする彼の後ろ姿を眺めながら、小さくてかわいい感じの人だな、と思っていた。
当時の彼は声変わりもまだしていなくて、女の子みたいに柔らかい声色が印象的だった。
「渉くん、かわいいーっ」
クラスのみんなもそう思っていたようで、特に女子には大人気だった。自分たちより小さい渉くんの頭をわしゃわしゃと撫で回したり、お菓子を分け合っていたり。
そんな折、スポーツテストの待ち時間を一人でぼうっと過ごしていた俺のもとへ、渉くんが話しかけに来てくれたのだった。
「佐原恵人くん、だったよね。ゲームが好きなんだっけ」
同性同士なのに少し遠慮がちなしぐさ、俺よりずっと低いところにある視線、それから上目遣い。俺はなんだか妙にドキドキしてしまって落ち着かなかった。
「う、うん」
「どんなゲームやるの?」
このころからホラゲが一番好きだったが、ただでさえ友達がいないのにもっと暗いやつだと思われたくなくて、俺は当時はやっていた対戦型アクションゲームの最新作を答えた。
「いいなぁ。僕もほしいんだけどなかなか買えなくて」
「じゃあ……一緒にやる?」
しまった、と思った。そんなのは「ウチくる?」と同義だ。
初めて喋って二言目に家に呼ぶなんて、完全に距離感を見誤ってしまった。
けれど渉くんはパァと顔を輝かせ、飛び跳ねんばかりの勢いで喜んでくれた。
その週末には二人で遊ぶことになった。
渉くんの家は母子家庭で、しかも三人きょうだいなのであまりお金に余裕がなかったらしい。彼はアルバイトをしていたが、稼いだバイト代もほとんどすべて生活費にあてているのだと言った。
「恵人くん、手加減してるでしょ!」
ゲームを始めて数回目の対戦で、彼は俺をキッと睨みつけた。
成績は五分五分だったが、確かに俺はめちゃくちゃ手加減をしていた。
「ご、ごめん」
「次は本気でやってね!」
言われた通りに本気を出せば、すぐに決着がついてしまった。気を悪くしただろうかとチラリと隣を見ると、彼は、びっくりするほどキラキラと目を輝かせている。
「すごい! 強いね恵人くん!」
「え」
「さっきの技、どうやったの? 僕も習得したい!」
その後俺たちは急速に仲良くなっていって、ほとんど毎週のペースで、渉くんは俺の家に遊びに来るようになった。
学校でも基本的にいつも一緒にいた。昼休みは一緒に昼食を食べたし、放課後は一緒に下校した。
彼と過ごすのはとても楽しかったし、俺は彼のことが友達として心底好きだった。彼は努力家で、明るくて、こんな俺と一緒にいるときもいつもにこにこと笑ってくれていたのだ。
だから気が付かなかった。
その年の夏ごろから、彼がひどい嫌がらせを受けていたことに。
ある日の放課後。その日俺は委員会の仕事があって、渉くんは俺の仕事が終わるまで教室で待ってくれていた。
さっさと仕事を終わらせ教室へ戻ろうとする。すると、中からクラスメイトの男子の声が聞こえてきた。
そっと覗けば、そこにはやはり数人の男子が立っていて、自分の席に座る渉くんのことを取り囲んでいる。
「お前、本当、女みたい」
ニヤニヤと嘲りを含んだ下品な笑みだった。その笑みが渉くんに向いているのを理解した瞬間、俺は怒りで頭が沸騰しそうになった。
「渉クンって女抱けんの?」
「いや、フツーに無理でしょ。てか本当についてる?」
「ふはっ、確かめてみようぜ」
彼らは数人がかりで渉くんの身体を抑え込む。「やめて!」と悲痛な制止の声も無視され、ついに彼らは渉くんの制服を脱がしにかかった。
「やめろ!」
その瞬間、俺は扉を壊さんばかりの勢いで開け放ち、教室の中へと飛び込んだ。
怒りで頭がおかしくなってしまいそうだった。静かに座って好き勝手言わせていた渉くんの様子を見るに、これが初めてではなさそうだ。近くにいながら気が付けなかった自分自身にも心底腹が立った。
「え? 佐原?」
突然のことに驚いた男子生徒たちの隙をついて、俺は渉くんの身体を抱き起こす。
「恵人くん……」
震える彼の手を引いて、すぐさま教室から連れ出した。
走って、走って、俺の家までやってくる。
出迎えてくれた母さんにジュースを頼んで、俺はひとまず渉くんを落ち着かせようと自分の部屋に連れて行った。
「渉くん、大丈……」
言いかけたときだった。
俺の身体に、渉くんがぎゅうとしがみついてくる。
「ごめん、ごめんね恵人くん」
「……なんで謝るの」
震える彼の背中に片手を回し、もう片方の手で後頭部を撫でた。
彼はとろんとした瞳で俺のことを見つめると、さらに身体をすり寄せてくる。
今から五年近く前のこと。
高校一年生の春、俺と渉くんは同じクラスになった。自己紹介をする彼の後ろ姿を眺めながら、小さくてかわいい感じの人だな、と思っていた。
当時の彼は声変わりもまだしていなくて、女の子みたいに柔らかい声色が印象的だった。
「渉くん、かわいいーっ」
クラスのみんなもそう思っていたようで、特に女子には大人気だった。自分たちより小さい渉くんの頭をわしゃわしゃと撫で回したり、お菓子を分け合っていたり。
そんな折、スポーツテストの待ち時間を一人でぼうっと過ごしていた俺のもとへ、渉くんが話しかけに来てくれたのだった。
「佐原恵人くん、だったよね。ゲームが好きなんだっけ」
同性同士なのに少し遠慮がちなしぐさ、俺よりずっと低いところにある視線、それから上目遣い。俺はなんだか妙にドキドキしてしまって落ち着かなかった。
「う、うん」
「どんなゲームやるの?」
このころからホラゲが一番好きだったが、ただでさえ友達がいないのにもっと暗いやつだと思われたくなくて、俺は当時はやっていた対戦型アクションゲームの最新作を答えた。
「いいなぁ。僕もほしいんだけどなかなか買えなくて」
「じゃあ……一緒にやる?」
しまった、と思った。そんなのは「ウチくる?」と同義だ。
初めて喋って二言目に家に呼ぶなんて、完全に距離感を見誤ってしまった。
けれど渉くんはパァと顔を輝かせ、飛び跳ねんばかりの勢いで喜んでくれた。
その週末には二人で遊ぶことになった。
渉くんの家は母子家庭で、しかも三人きょうだいなのであまりお金に余裕がなかったらしい。彼はアルバイトをしていたが、稼いだバイト代もほとんどすべて生活費にあてているのだと言った。
「恵人くん、手加減してるでしょ!」
ゲームを始めて数回目の対戦で、彼は俺をキッと睨みつけた。
成績は五分五分だったが、確かに俺はめちゃくちゃ手加減をしていた。
「ご、ごめん」
「次は本気でやってね!」
言われた通りに本気を出せば、すぐに決着がついてしまった。気を悪くしただろうかとチラリと隣を見ると、彼は、びっくりするほどキラキラと目を輝かせている。
「すごい! 強いね恵人くん!」
「え」
「さっきの技、どうやったの? 僕も習得したい!」
その後俺たちは急速に仲良くなっていって、ほとんど毎週のペースで、渉くんは俺の家に遊びに来るようになった。
学校でも基本的にいつも一緒にいた。昼休みは一緒に昼食を食べたし、放課後は一緒に下校した。
彼と過ごすのはとても楽しかったし、俺は彼のことが友達として心底好きだった。彼は努力家で、明るくて、こんな俺と一緒にいるときもいつもにこにこと笑ってくれていたのだ。
だから気が付かなかった。
その年の夏ごろから、彼がひどい嫌がらせを受けていたことに。
ある日の放課後。その日俺は委員会の仕事があって、渉くんは俺の仕事が終わるまで教室で待ってくれていた。
さっさと仕事を終わらせ教室へ戻ろうとする。すると、中からクラスメイトの男子の声が聞こえてきた。
そっと覗けば、そこにはやはり数人の男子が立っていて、自分の席に座る渉くんのことを取り囲んでいる。
「お前、本当、女みたい」
ニヤニヤと嘲りを含んだ下品な笑みだった。その笑みが渉くんに向いているのを理解した瞬間、俺は怒りで頭が沸騰しそうになった。
「渉クンって女抱けんの?」
「いや、フツーに無理でしょ。てか本当についてる?」
「ふはっ、確かめてみようぜ」
彼らは数人がかりで渉くんの身体を抑え込む。「やめて!」と悲痛な制止の声も無視され、ついに彼らは渉くんの制服を脱がしにかかった。
「やめろ!」
その瞬間、俺は扉を壊さんばかりの勢いで開け放ち、教室の中へと飛び込んだ。
怒りで頭がおかしくなってしまいそうだった。静かに座って好き勝手言わせていた渉くんの様子を見るに、これが初めてではなさそうだ。近くにいながら気が付けなかった自分自身にも心底腹が立った。
「え? 佐原?」
突然のことに驚いた男子生徒たちの隙をついて、俺は渉くんの身体を抱き起こす。
「恵人くん……」
震える彼の手を引いて、すぐさま教室から連れ出した。
走って、走って、俺の家までやってくる。
出迎えてくれた母さんにジュースを頼んで、俺はひとまず渉くんを落ち着かせようと自分の部屋に連れて行った。
「渉くん、大丈……」
言いかけたときだった。
俺の身体に、渉くんがぎゅうとしがみついてくる。
「ごめん、ごめんね恵人くん」
「……なんで謝るの」
震える彼の背中に片手を回し、もう片方の手で後頭部を撫でた。
彼はとろんとした瞳で俺のことを見つめると、さらに身体をすり寄せてくる。
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