13 / 13
暗雲
しおりを挟む目的地の森に着いて、まず目に張り込んだのは鬱蒼と生い茂る木々だった。
背の高い木々は日光を遮り、夜と見紛うほどの暗さを孕んでいた。
生暖かい空気に不気味な風景、揺れる茂みの音は不安を助長するには十分だった。
俺とジョゼはターゲットである魔猪を探し、暗く淀んだ森を奥へ奥へと突き進む。
どうやらワイルドボアは日中活動せず、水辺近くの藪や窪地に身を潜めているそうだ。
「お、おい、ジョゼ。本当にここなのか? 幽霊でも出てきそうなんだけど……」
「怖いんですか幽霊?」
「まさか……そんな訳ないだろ。ジョゼが怖がるかなって思っただけだ」
「でも……あなたの背中にずっと憑いてますよ……」
「おいおい、冗談は辞め――うわあああっ!?」
ジョゼの冗談を否定する為に、背後へと目をやった。
そこには、青白く燃える人魂の様な物が浮かんでいる。
音も熱さも感じさせない、気配すらない人魂は、ただフワフワと漂うだけ。
「やっぱり怖いんじゃないですか……安心してください。この子は私が操っているので害はありませんよ」
「操るってどうやって? ネクロマンサーとか呪術師みたいなもんか?」
「似たようなものですね。私、闇魔術が使えるんですよ。中でも魂魄や死霊の分野なら自信あるんです」
彼女はそう言うと、誇らしげに胸を張る。
かなり巨乳なので、ローブがはち切れんばかりに揺れている。
毒気のない彼女の行いに、目のやり場を失う。
「魔術で使役してるって事か……流石にかわいそうだと思うんだが……」
「もちろん死者の魂はちゃんと慰めてます。成仏できる子は送ってあげる。でもこの子達みたいに、成仏する事もできず、自分が何だったかすら忘れてしまった子も中にはいるの。ネームレスって言われてるんですけどね」
「ネーム……レス……」
「本来は害なんて無いんです。ただ、魔素を大量に取り込んだり魔物に取り付いてしまうと、とたんに凶暴になってしまって……魂が擦り切れるまで、見境の無く暴れ始めちゃうんです。そんなの放っておけないでしょ? 誰かが付いていてあげないと……」
「そんな危険な霊、ジョゼは操ってて大丈夫なのか!? お前が取り付かれるんじゃ……」
まさか彼女の使う魔術がそんな危険な物なんて思ってもいなかった。
術者に影響が無い様には到底思えないのだが……
「ショウ君は優しいですね。でも大丈夫ですよ。私はちょっと特殊ですから……それに、普段はこの人魂灯に入ってもらってるから影響ないの」
彼女は腰に掛けているランタンの様な物を指差した。
人魂灯と呼ばれたそれは、青白い光を薄っすらと発しながら揺れている。
すると突然、背後に居たはずの人魂はジョゼの元へと飛んで行き、赤く発光し何かを訴えるように周りをクルクルと旋回しだした。
「どうしたんだ。様子が変だけど」
「……ショウ君、構えて。斥候に出してた子が獲物を見つけたみたい」
ジョゼは素早くローブの内側から、30センチほどの木の棒を取り出し薮奥に向かって構える。
恐らく彼女の杖なのだろう。以前スカーレットベアを退治した際に、ニーナが似たような物を使っていた。
しかし、彼女の杖はニーナの物と比べると一回りも二回りも小さいように見えた。
そうこうしている間に、どこからともなく地響きのような音が辺りに響く。
音は次第に大きくなり、やがて音だけで無く振動までもが当たり一面に響き始めた。
ガサガサ、ドスンドスンと、轟音を引きつれ藪の奥から顔を表したのは、多数のネームレスと見上げるほど巨大な猪だった。
ネームレス達は逃げるように、ジョゼの人魂灯に飛び込んでいった。
想像していた猪の数倍大きな姿をしているではないか。あまりの大きさに血の気が引いていくのをを感じる。
それもつかの間、山の主が如き姿態を震わせ、勢いそのままに突っ込んでくる。
進路上にいた俺達は、咄嗟に左右に飛び避け、反撃しようとワイルドボアの方へと向き直る。
しかし、ワイルドボアは有ろう事か岩肌へと突っ込み、巨大な音とともに倒れ動かなくなってしまう。
「何なんだよ一体……こいつ馬鹿なのか」
「ショウ君、何したの? これが流れ人の能力って奴ですか……」
「ちげーよ! 俺の能力はチー……いや、なんでもない忘れてくれ」
「フフッ、冗談です。能力の事はニーナに聞いてるから隠さなくても大丈夫ですよ。大事な友人の隠し事を言いふらしたりしませんってば」
「ニーナの奴……」
ニーナは言いふらしてるじゃねーか。そんなことを愚痴りたくもなったが、今はそれどころではない。
件の猪をどうにかしなくてはいけない。
こんなデカブツどうやってギルドに持って帰るのか。
討伐する事ばかり考えて、その後の事は全く考えていなかった。
「とりあえず俺の事は置いておくとして、そこで伸びてるデカブツどうする? 魔術でパッと持って帰れないか?」
「無理ですね。ここから村まで距離ありますから。売却できないのは残念だけど元々討伐が目当てですし、始末したら体の一部か血液だけ報告用に持っていきましょうか」
「血液? 体の一部を持って帰るのは分かるけど、なんで血なんて持って帰るのさ。呪術にでも使うのか?」
「使いませんよ! 全く……ギルドで魔紋の説明されませんでした? 血液さえ持って帰れば個体の識別から、生死の判定までやってくれるで、かさ張らない血液を持って帰るのが楽ですよ」
確か、魔力の模様が魔紋だったか。魔術に明るくない俺には指紋みたいな認識しかない。
ここはジョゼの言う通り血液を持って帰る事にしよう。
持って帰りたいのは山々だが、仕方ない。
夜間は魔獣や賊が徘徊しだすそうなので、欲張って帰りが遅くなるのだけは避けたい。
「ただ……少し気になるんですよね。さっきのワイルドボアの様子」
「そうか? こっちに向かって一直線に突撃してただけの様に見えたけど」
「う~ん……何かから必死に逃げてきたような感じがするんですよね。ワイルドボアから敵意を感じなかったというか、何と言うか……」
ジョゼは何やら首を傾げ、倒れたワイルドボアの方へと視線を向けている。
ハンターとして何か引っかかる事でもあるのだろうか。
兎も角、ワイルドボアが死んでいるのか気絶しているだけなのか、確認するのが先決だ。
「とりあえずワイルドボアを確認しよう。気絶してるだけかも知れ――」
突如ワイルドボアが走り抜けてきた藪から、ぼろ布を身に纏った女性が姿を現した。
薄汚れた長い金色の髪からは異常に尖った耳が姿を見せている。
局部を隠すだけがやっとの服に両手には木製の手錠。
明らかな異常性を孕んでいる。特殊なプレイを森の奥地でやっていたのであれば別だが。
全身をドロだらけに汚した彼女は、息も絶え絶えに俺達の元へと向かってくる。
「お願いします助けてください! どうか……どうか、お助けください! 死にたくない!」
「ちょ、ちょっと待て。あんた誰だ! 落ち着けって!」
青ざめた彼女はいきなり地面にひざを折ると、懇願するようにすがり付いてきた。
全身はひどく振るえ、歯をガチガチ言わせている。ひどいパニック状態だ。
頻りに、助けて、お願いしますを繰り返すばかり。
この様子では、落ち着くまで話を聞くのは無理そうだ。
困り果てた俺はジョゼに助け舟を求め、フッと視線を向けた。
すると――
「何者ですか貴方達! 今すぐ武器を下げなさい!」
それまでのジョゼからは想像出来ない声色と口調で何かに向かって叫んでいた。
ジョゼの手には杖と分銅鎖の様な物が握られており、藪の方を睨み付けている。
彼女の目線を追った先には二人の男が立っていた。
錆びた胸当てに汚れた毛皮の衣服を身に着け、腰に剣を挿している。
粗野な格好ではあるものの、それ自体は珍しくなく、彼らを警戒するほどの物ではない。ただ一点を除けば……
彼らはこちらに敵意を剥き出しにしているのだ。
その手には弓が握られており、いつでも射抜けるよう弦はすでに引き絞られている。
何かを要求するでもなく、ただ無言のままこちらに狙いを定めていた。
0
お気に入りに追加
7
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
転生したら(公社)魔法協会附属鍼灸院の院長になった
MC sinq-c
ファンタジー
ツンデレ魔法少女会長、童顔男の娘の超絶魔法使い、エレメントギアを駆使する前髪パッツン巨乳のいる
異世界に転生した杉山武光。
そこは魔法とエレメントが存在するイセコスという異世界だった。
「ようこそ、イセコスへ。異世界の人よ、キミの物語を聞かせて欲しいな」
エレメントアーミーの俊英(前髪パッツン巨乳でもある)ピリス・アイスクラ―に助けられ、ピリスの紹介で魔法協会へと流れで入会。
ツンデレ魔法少女会長カヤ・シドウにこき使われ、癒し系男の娘のアカネ・ミソノに癒されながら、居候として家事手伝いをし窮地の魔法協会を救うべく奔走する。
魔法研修セミナーの企画、魔法協会入会促進のビラ配り、魔術賠償責任保険、公益社団法人成り、そしてイセコスにおける不治の病【ケイラス病】を鍼治療で改善。
イセコスでは考えもつかない日本で学んだノウハウを駆使して、魔法協会の知名度を上げていく杉山。
魔法協会、エレメントアーミー、冒険者ギルド、カイロン商会、異世界における【異能力職】の組織争いの中、魔法協会の過去の栄光を取り戻すため、副会長杉山武光の奮闘は続く――
※近況ノートにcrypkoでデザインしたキャラ画像ありますのでイメージの補足にお使いください
異世界転生~チート魔法でスローライフ
リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
ヒョーイザムライ
喜多ばぐじ・逆境を笑いに変える道楽作家
ファンタジー
「ひ弱な中学生に、侍が憑依した!」 中学生と侍の絆と因縁の物語。
かつて剣道少年だった中学2年生の男の子・勇は、女手一つで育てられていた。
スーパー・ブラッド・ウルフムーンのある日、彼は山中で事件に巻き込まれ、命の危機に陥る。
死を覚悟した時、勇は偶然、石碑の札を破り捨てた。封印されていた一条兼定の家来が勇に憑依したのだ。
憑依した侍は、瞬く間に敵を屠り、窮地を脱する。
その後、勇と侍の奇妙な共同生活が始まる。
幼馴染の美人・雪の父は市長だった。
条例廃止を求めて、市長に圧力をかける暴力団・長元組。勇と侍は、彼らと対峙していくことになる。
正義とは何か。過去とは何か。 発見と成長の物語。
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
異世界、肺だけ生活
魔万寿
ファンタジー
ある夏の日、
手術で摘出された肺だけが異世界転生!?
見えない。
話せない。
動けない。
何も出来ない。
そんな肺と、
生まれたての女神が繰り広げる異世界生活は
チュートリアルから!?
チュートリアルを過去最短記録でクリアし、
本番環境でも最短で魔王に挑むことに……
パズルのように切り離された大地に、
それぞれ魔王が降臨していることを知る。
本番環境から数々の出会いを経て、
現実世界の俺とも協力し、
女の子も、異世界も救うことができるのか……
第1ピース目で肺は夢を叶えられるのか……
現実世界では植物人間の女の子……
時と血の呪縛に苦しむ女の子……
家族が魔王に操られている女の子……
あなたの肺なら誰を助けますか……
白の魔女の世界救済譚
月乃彰
ファンタジー
※当作品は「小説家になろう」と「カクヨム」にも投稿されています。
白の魔女、エスト。彼女はその六百年間、『欲望』を叶えるべく過ごしていた。
しかしある日、700年前、大陸の中央部の国々を滅ぼしたとされる黒の魔女が復活した報せを聞き、エストは自らの『欲望』のため、黒の魔女を打倒することを決意した。
そしてそんな時、ウェレール王国は異世界人の召喚を行おうとしていた。黒の魔女であれば、他者の支配など簡単ということを知らずに──。
日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊
北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。
神に同情された転生者物語
チャチャ
ファンタジー
ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。
すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情された異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。
悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる