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ジョゼ
しおりを挟む受けたクエストは、ミモレ村から伸びる街道を北に10キロ程行った地点にある森が目的地だ。
その道中、配達仕事で顔なじみになった行商人と、俺達は偶然村の入り口で鉢合わせた。
世間話程度にクエスト内容を話すと、彼は快く馬車に乗せてくれた。
どうやら行商で北に向かうつもりだったらしく、途中まで護衛を引き受ける交換条件で乗せて貰えた。
護衛と言っても、すでに彼は3名護衛を雇っている。
彼なりの優しさなのだろう。護衛の名目があれば馬車に乗せても角が立たない。
目的地付近に到着すると、行商人と護衛にはお礼と道中の無事を祈り、道を分かれた。
この周辺には賊なども出没するらしく、注意喚起の看板が立っている。
「目撃地点はもう少し先ですね。この辺りは賊も出るようですし、気を引き締めていきましょうか」
そういうとジョゼは今までフードで隠していた顔を晒した。
ミディアムヘアーの銀髪がキラキラと風に靡いていた。
瞳は空のように青く、皮膚の色素はとても薄い、それでいて血色の良さを思わせる艶のある肌。
端的に表現すると、とてもかわいらしい容姿をしていた。
正直、見蕩れてしまっていた。
「ショウ君? どうかしましたか」
「いや、すまない。なんでもないんだ……少しジョゼに見蕩れていた……」
「や、止めてくださいよ……でも……ありがとう。お世辞でも嬉しいです……」
照れた様に顔を背ける。そんな仕草までかわいらしい。
そんな彼女を見ていると、ますます疑問に思う。
何故彼女は全身を隠しているのか?
照れ屋だから? 人見知りだから?
「お世辞なんかじゃないさ。折角カワイイのにどうしてそんな格好してるんだ?」
まるで容姿を隠すような全身真っ黒のローブにフード。
色素が薄いし、肌が弱いのだろうか。
この容姿なら言い寄られることも少なくないだろうし、厄介避けの意味もあるかもしれない。
色々と考えを巡らせていると、ジョゼは重そうに口を開いた。
「……軽蔑するかもしれませんが…………私……墓守なんです……」
「……うん? どこに軽蔑する要素があるんだ?」
「えっ、墓守ですよ! ……気持ち悪くないんですか? 不気味だし、気味悪いし……死人……扱ってますし……」
彼女は俺の返答が意外だったのか、目を見開きこちらを見つめた。しかし、次第に彼女の目線は地面へと向かった。
墓守って事はお墓の管理人みたいなものなのだろう。
至って普通の仕事じゃないか。
「いや全然。どんな仕事だろうと、働く人を貶したりなんてしないよ。むしろ、掛け持ちでギルドの仕事までしてるなんて立派じゃないか」
なぜ彼女が、墓守という仕事に引け目を感じているのかは分からない。
もしかするとこの世界では、墓守という職業自体が差別されているのかもしれない。
職業に貴賎なし。必死に働く人を馬鹿にするのは反吐が出る。俺には理解できない。
「そんな風に言ってくれる人は初めてです……ショウ君はニーナが言ってた通りの人ですね……」
「おいおいニーナの奴、変なこと吹き込んだりしてないだろうな」
「フフッ、大丈夫ですよ。優しくて心の広い人だって言ってただけですから」
「本当かよ!? あいつの事だから奇人変人みたく伝えてたんじゃないのか?」
ジョゼはクスクス笑いながらはぐらかす。
ニーナの奴、ジョゼに何吹き込んだんだ……
―――――――――
――――――
――……
街道から外れ、10分程歩いたが目的地の森までは少し距離が有る。
俺は暇つぶしがてらジョゼの身の上話をしてもらっていた。
「私、生まれて直ぐに孤児院に預けられたみたいなんですよ。色々あって……今は墓守をやっているジェイスおじさんのお世話になってるんですけどね。少しでも恩返し出来ればいいなって思って墓守のお仕事手伝ってるの」
「墓守やってるのはおじさんの影響だったのか。さっきは墓守だから軽蔑されるとか言ってたけど、この世界は……差別とか酷いのか? ギルドではそんな様子感じた事ないんだが……」
かなりデリケートな内容だとは思ったが、どうしても気になったので聞いてしまった。
魔族だの、亜人だの、迫害を受けたりしている種族がいると、ニーナは言っていたがギルドではそんな片鱗は見てとれなかった。
獣人もエルフもドワーフも、冒険者ギルドでは異種族でパーティーを組んだり、ドンちゃん騒ぎに興じていたりと、至って普通なのだ。
「冒険者ギルドは特別だよ。自由を愛する人たちの家みたいな場所だから……種族は違えど、同じ冒険者なら家族も同じって考えの人が多いの。私は冒険者である前に墓守だから……死穢の考えが根強いイグニアでは受け入れられないのも無理ないかな……」
「死穢……ってなんの事なんだ? 聞いたことない言葉だが……」
「死は伝染するって考えの事かな。死体には穢れが宿っていて、触れたものを汚染し、やがて死が体を蝕むと信じられているの。墓守は職業柄死体と触れ合うでしょ? ………だから墓守も穢れているって訳……」
理解できない。死が感染するだって?
だから彼女は俺と距離を空けているのか?
初めて対面した時の握手を無視したのも、ギルドで袖を掴んできたのもそのせいなのか………
馬鹿馬鹿しい。感染症が流行してる訳じゃあるまいし、死者に触れただけで死んでたまるか。
どうやら公衆衛生の考えはこちらには持ち込まれていないようだ。
「馬鹿げてる! 死なんて概念的な物がうつったりする訳ないだろ。死には絶対原因があるんだ。仮に使者に触れて死んだなら、何かしらの感染症に罹った可能性が高い。ジョゼは穢れてなんかないのは俺が保証する」
「ホント変わってるね……ニーナの言ってた通り……でも、ありがと。ニーナ以外にそんな事言ってくれた人始めて……」
ニーナが含みを持たせていたのはきっとこの事だったのだろう。
この世界の価値観や考え方に囚われない俺だからこそ、彼女を紹介し、友人になって欲しいと頼んだ。
まるで病原菌のような扱い。俺には彼女の受けた苦悩や痛みは推し量れないだろう。
だが、俺にだって彼女を理解できる部分はある。友人のいない辛さだけなら痛いほど分かる……
「……ジョゼ、ニーナとは友達なんだよな? だったら俺とも友達になってくれ!」
「へ? ちょ、ちょっと急にどうしたの? 気持ちは嬉しいけど……ショウ君にも迷惑かけちゃう……私なんかと一緒にいたら、貴方まで変な目で見られてしまう……それだけは嫌なの……」
「もしかして……それを気にして全身隠していたのか!?」
彼女は小さく頷いた。
そんな事にまで気にかけさせてしまっていた。
俺に奇異の目が及ばないように、自分が何者か知られないように。
わざわざ気を遣い、俺の我侭に付き合ってくれている。
そんな彼女の思いにだけは答えたい。答えないといけない。
「だったら尚の事、引き下がれないな。ジョゼには俺と友人になってもらう。改めてよろしくな」
俺は改めて手を差し出した。
初対面の際は無視された握手。
ジョゼは穢れてなんていない、握手を通してそう伝える為にも俺は握手を求めた。
「あっ、…………こちらこそ改めてよろしくね!」
少し戸惑いながらも、彼女はおずおずと手を出す。
汲み取ってくれたかは分からない。
しかし彼女は満面の笑みで、細く小さな手で、握手を返した。
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