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原因
しおりを挟む泣きじゃくるモニカをダンテに任せ、俺とニーナ、ペトロスの3人で仕留めた熊の処理に取り掛かった。
どうやら仕留めた熊はスカーレットベアという魔物だったらしい。
魔物とは、この世界にもともと存在していた動植物が、何らかの影響で瘴気を身に宿し、突然変異したもの。
別のパターンとしては、異界や魔界といった場所から戦力として、愛玩用として呼び出された個体が逃げ出し、繁殖し住み着いた場合があるのだとか。
流石に、このままにしておく訳にもいかず、かといって解体することもできなかったので、荷車でギルドまで運ぶことにした。
ギルドでは魔物や動物の買取も行っており手数料さえ払えば解体までやってくれる。
解体した出来た素材は武器や防具、医薬品に加工され冒険者向けに販売されているそうだ。
ただ、このスカーレットベアがあまりにも巨体だった為、持ち上げる手段がない。
積みこんだとしても馬が引くにはいささか重過ぎるだろうと判断し、ギルドに頼み風属性の魔術師を二人呼んでもらった。
―――――――――
――――――
――……
急いでギルドから魔術師を連れて来たソフィーは、酷く慌てふためいていた。
どうも俺とニーナが魔物に襲われたと聞いていたらしく、無事だと分かると安心したように顔を綻ばせた。
それもつかの間、彼女は早速魔術師に指示を出し移送の準備に取り掛かりながら考え事をしていた。
「まさかスカーレットベアが村に出没するなんて……大聖石ならつい最近、神官さまに祝福していただいたところなのに……どうして……」
「あの~、ソフィーさん。村にこういった魔物が現れるのって異常なことなんですか?」
ソフィーには身分証を作った際にお世話になり、それ以降もギルドで仕事のことなど相談に乗ってもらっていた。
今回は世話になるだけでなく心配までかけてしまった。いずれ、お詫びでもしないといけないな。
「うん……かなり異常。大抵の村や街には、主神ナヴィア様の祝福を受けた聖石が安置されているから……普通は近寄ったりしないはずなの。何かから逃げて迷い込んだか、あるいは――」
人里に熊が迷い込んだなんて話は、日本でもちょくちょく耳にする事だ。
住処を追われたのか餌に困ったのかは分からないが、迷い込んだと考えるのが自然だろう。
襲われた俺たちも迷い込んだ熊も、ただ運が悪かっただけの話。
準備が整い魔術師は杖を振るう。すると、400キロはあろう巨体を軽々と空中に浮かすではないか。
魔術の凄さに驚いている俺を知ってか知らずか、術師は鼻歌交じりで運んでいってしまった。
ソフィーが何かを口ごもっていると残っていたもう一人の女魔術師が声をかけてきた。
「ソフィーさん。私は先にギルドの方に戻ってますね。やることもなさそうですし」
「あ、待って! 私も戻るわ。ショウには悪いんだけど、また後日ギルドに買取金取りに来てもらえるかな?」
了解したことを告げるとソフィーはニーナと軽く一言、二言、会話を交わし急いで帰ってしまった。
常日頃愚痴を溢しているように彼女は多忙を極めている。
それでもわざわざソフィー自身が来てくれたのは、ニーナや俺を心配してくれたからなのだろう。
* * * * *
死体の処理が終わり三人は工房に向かった。
ニーナも興味があるらしくついて来た。
チーズを食べている最中にモニカの悲鳴が飛び込んできたため、工房にはまだ手付かずのカッテージチーズがそのままの状態で置かれていた。
「ワシの推測では、このチーズが原因じゃろうな。どれ、一口頂くとするかの」
独り言のように呟くとおもむろにチーズを口に入れる。
やはりな、などと一人で納得するペトロスを訝しみニーナと顔を見合わせてしまう。
「ニーナもこのチーズを食べたじゃろ? 何か感じたことはないか?」
「えっ! う~ん……身体が火照るような……そんな感じがした……かな?」
ニーナは口に指を当てて思い返す仕草をとりながら答えた。
俺も同じように身体に熱を感じていた。
それは釜の近くにいた事、出来たてのチーズを食べた事によるものだと思っていた。
「ふむ……ニーナよ、スカーレットベアがどういう特性を持つ魔物かお前には教えたはずじゃ。覚えておるか?」
「えーと、確か……体毛を自分の油で固めてるんだっけ。体毛は鋼より硬くてミスリル並みに魔術を弾く性質を持っている……だったかな」
「そうじゃ……本来お前の放った初級魔術や、小僧の剣戟程度では傷ひとつ付くはずがないんじゃよ。にもかかわらずスカーレットベアはズタズタに引き裂かれた」
「何かがお主達の力を底上げしておるとしか考えられん。じゃが……こいつを食ってハッキリした」
そう言い放つとカッテージチーズを指差しながらこちらを向いた。
「小僧……お主、作ったチーズに特殊な能力を付与できる異能を授かったようじゃな……」
「ええっ~……パッとしねぇ! 地味すぎる…………どうせならもっと炎とか雷操ったり、手軽に最強! って感じの能力が欲しかった…………」
前世において、人生に最も大きな影響を与えた事に関する異能を授かる。そう聞いた時から、チーズに関する能力なんじゃないかと薄々は予想はしていた。
セレナの手伝いでバターやクリームを作っていた時にはそのような能力は発現しなかった。
乳製品ではなく、チーズのみの限定的な能力なのかもしれない。こんな使い勝手悪そうな能力が神様特典かよ……
なぜだか、そうだと判明すると少しショックだった。
心のどこかに、勇者や英雄のような人々を守り、導くような異能を授かるのでは、なんて淡い期待があった。
俺の人生、他にもっと無かったのかよ…………
「いやいや、めちゃくちゃ貴重だよその能力! ショウは知らないだろうけど、この世界じゃ治癒魔術と付与魔術は最上級習得難度なんだよ。付与魔術に近い能力っぽいし、やったじゃん!」
「なんだ? その、付与魔術って」
「付与魔術ってのは武器や防具、護符なんかに特殊な効果を授けることができる魔術じゃよ。例えば、切った相手を炎上させる剣や、所有者を投擲物から守る矢避けの護符が想像しやすいんじゃないかの」
俺の落胆とは裏腹にニーナは語気を強め興奮していた。価値観の違いだろうか。
要はゲームで言うところのバッファーやサポートに位置する能力なのだろう。
俺としてはアタッカーやメイジのようなポジションが好きだし、ド派手な能力を望んでいた。
異世界でも裏方まがいの事はしたくない。目立ちたいし、賞賛されたい、チヤホヤされたい!
「でもさ、これ付与魔術の下位互換じゃないか? チーズ限定なら汎用性無いし同じこと付与魔術師にも出来そうな気がするんだけど……」
「そんなことないよ。付与魔術師はそもそも数が少ないし術の完成まで何日も掛かるの。一度に手がけるられる数も限られてるし、ショウみたいに手軽に量産できるなんて事ないんだよ」
要は汎用性にかける分量産できる付与魔術って感じだろうか。
俺の能力が判明してからというものペトロスは渋い顔を崩さなかった。
「ともかく、その力は隠した方が身の為じゃな…………」
「食べるだけで手軽に身体能力や魔術の性能が向上するんだ。そんな事が耳に入れば善悪問わず、お前の事を欲しがる組織は山ほど現れるじゃろうて」
いくら何でも考えすぎに思える。
珍しいとはいえ、高々凄いチーズが作れるだけの一介の凡人に過ぎない俺にそこまでの利用価値が有るとは思えない。
むしろ取り立てて重用してくれればチーズを広めつつ賞賛されるんじゃないのか?
「願ったり叶ったりじゃないか! ガンガン能力を宣伝していけば、興味を持った人にダンテさん達のチーズを食べてもらえるかもしれない。帝国から引き抜かれれば、成り上がれる可能性もある! 華は無いけど、貴重な能力なら利用していかないと!」
幸い、イグニア帝国は門戸を広げ有力な人員を傘下に置いているとニーナが以前話していた。
俺が帝国にスカウトされれば、軍隊の携帯食にチーズが採用されるかもしれない。
そうなれば市場や他国でもチーズが見直されるのではないだろうか?
どうせならこの力、最大限利用しない手はないだろう。
「馬鹿な考えは捨てなさい。帝国はお主が思っているほど綺麗な組織じゃない……」
「騎士団内部の派閥争いや文官達の権力闘争、他にも死人が出るような問題がゴロゴロ転がっておる。借り物の力だけで成り上がるつもりなら、相当な処世術がないと味方に殺されて仕舞いじゃぞ」
「味方に殺されるって……騎士団ってのはそんなにギスギスしてるのか!? 王の為、国の為を、一番に考える廉潔白な武人が騎士ってもんじゃないのかよ!……保身の為の謀殺なんて……俺の知ってる騎士像と全然違うじゃないか……」
「そういう事抜きにしてもイグニアはヴァーナ王国と停戦中だからね……いつ何が起きるか分からないよ? 傘下に加わったりしたら、突然戦争再開して、兵士として招集されるかもしれないし……」
謀殺に戦争。少しこの世界の事を楽観的に考えすぎていたかもしれない。
正直、殺すのも殺されるのもごめんだ。やっぱり俺には騎士団なんて向いてないのかもな……
それに身内同士の足の引っ張り合いはもう懲り懲りだ。前世で嫌というほど味わった。
「まあ、騎士団に限らず流れ人を快く思わない人間も少なくないしの。特に帝国は才ある人間を取り立てておるゆえ、余計に自分の椅子を守る為、奪う為に排他的なんじゃよ」
「世界は違えど組織のあり方なんてのはどこも同じなんですね……じゃあ、俺はいったいどうすれば……? 俺からこの能力取ったらただの凡人ですよ」
授かった能力を使わずに生きていくには俺は非力すぎる。
特筆できる武力や知力、経済力も無い俺がどうやって世界にチーズを広めれるというのか。
ただ生きていくだけで精一杯なこの俺に……
「一切使うなとは言っておらんじゃろ。要はバレなければいいんじゃ」
「黙っておればそれなりの戦士として見られるんじゃから、傭兵やるなり、ハンターやるなり好きに金稼ぎすればいい。能力使うだけがチーズを広める手段って訳でもあるまい」
「う~ん、能力使えば簡単にチーズを広められると思ったんだけどな……地道に広めていくしかないか。何か良い案でも有ればなぁ」
大衆の文化の根付いていないチーズをどうすれば広めれるか?
無い頭を捻ってもいい案は思い浮かばない。
おいしいチーズを作るだけで食べてもらえるほど甘くも無いだろう。
いくら味が良くたって、口に入れてもらえなければ意味が無い。
手に取り口に入れてもらうことこそが食品販売の一番のハードルだ。
「悩んでも仕方ないよ。こういう時は鍛錬で体動かすに限る! 自分の身を守る為にも、鍛えておいて損は無いと思うよ」
「少し短絡的じゃが、今はそれがいいかもしれんな。せめて能力の制御くらいは出来ないと、作ったチーズ売ることもできんじゃろうしな」
ニーナの言う通り身体を動かしていれば普段と違う考えが思いつくかもしれない。
能力に頼りきりってのも格好が悪い。地の部分を鍛えておくに越した事は無いだろう。
提案を受け入れたその次の日から、ニーナとペトロスによる修行という名の地獄が始まったのだった。
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