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番外編ー見習い騎士の誓いー
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「あの馬車だ、追え!」
裏切り者の騎士から情報を聞き出し、報告を受けたキャスナー伯爵と彼の護衛にあたっていた騎士、そして衛兵たちが加わって誘拐犯の足取りを追った。
ラウレッタを攫った犯人は祭りの騒ぎに乗じ、町の外れに用意した馬車に乗ってキャスナー領から抜け出す段取りだったようだ。
他の領地に入られてしまうと、犯人を捕らえるのが難しくなる。
深い絆で結ばれた二つの領地に、他の領主たちが恨みや妬みを抱く者は多く、間に割って入ろうとする輩も少なくなかった。そのため他の領地とはあまり良好な関係とは言えない。
今回の犯人も、他の領主が裏で糸を引いているのは間違いないだろう。
「馬車を囲め! 我が領地から一歩も出すな!」
馬上からキャスナー伯爵の鋭い指示が飛び、騎士たちも必死で馬を走らせた。
犯人は追ってくる伯爵たちに気づいて馬車を加速させたが、精鋭揃いの騎士から逃げられるはずもなく。馬車はあっという間に取り囲まれ、停車せずにはいられなかったようだ。
逃げ場を失った犯人は馬車の扉を開けて出てきた。
自身の護衛と共に、後から追いかけてきたジークレイは、馬車から出てきた男に目を見張った。
「……ラウレッタ!」
誘拐犯の男はラウレッタを片手に抱え、短いナイフを持っていた。
その刃先は取り囲む騎士にではなく、ラウレッタの細い首元に向けられている。そこにいた誰もが息を呑み、男に激しい怒りを覚えた。
「道を開けろ! こいつがどうなってもいいのか!?」
目を血走らせた男はラウレッタを人質に取り、怒鳴りながら要求してきた。脇に抱えられたラウレッタは真っ青な顔をして震えていた。
泣き出さずに大人しくしている姿が、余計に痛々しく感じる。子供であっても貴族の娘だ。誘拐されても、犯人の前で泣きじゃくるような恥は晒さない。
──本当は怖くて堪らないだろう。
すぐにでも救ってやりたかったが、下手に近づいてラウレッタを危険に晒すわけにはいかない。
一人だけならまだしも馬車の中から別の男も現れ、犯人は全員で三人になった。ラウレッタを人質に取った男、馬車を走らせてきた御者の男、そしてジークレイを攫おうとした男だ。
「──分かった。要求を呑もう」
馬に乗ったまま犯人を見下ろしたキャスナー伯爵は、降参するように両手を上げた。
取り囲んでいた騎士たちは伯爵の指示通り、犯人から距離を取った。
少女を盾にする犯人に怒りはあるものの、伯爵含め騎士たちは冷静だった。
彼らは常日頃からこういった訓練を行っている。騎士団が普段護衛にあたっているのは王族だ。万が一にも失敗は赦されない。
伯爵や騎士たちが道を開けると、犯人たちの逃げ道が作られた。彼らは再び馬車に乗って切り抜ける素振りを見せた。
その光景を見ていたジークレイは、助けに行けない歯痒さに苛立っていた。
今ここで犯人を逃がしたら、二度と会えなくなるじゃないのか。
──そんな不安が過る。
刹那、犯人が馬車に乗り込む中、ラウレッタと視線が合った。
「……ジーク!」
目が合った瞬間、ラウレッタは灰色の瞳を輝かせ、震える唇でジークレイの名を呼んでいた。
それまで人形のように動かなかったラウレッタが、叫ぶようにして声を発したことで男に一瞬の隙が生まれた。
その時、両手を下げたキャスナー伯爵の後方から、一人の騎士が飛び出して矢を放った。放たれた矢は、ラウレッタを抱えた男目掛け一直線に飛んでいった。
「──ぐ、あっ!」
矢は男の右肩に突き刺さり、抱えられていたラウレッタは地面に転がった。
「今だ! 全員捕らえろっ!」
馬上から鋭い声で命じたキャスナー伯爵は、自らも馬から降りて剣を抜き、犯人たちに斬りかかった。
騎士たちがその場を制圧するのに時間はかからなかった。犯人は抵抗も虚しく、全員が取り押さえられた。
ジークレイは捕縛されていく犯人を横に、解放されたラウレッタの元へ急いだ。
「ラウレッタ!」
助け出されたラウレッタは、騎士の一人に抱えられていた。
ジークレイが傍に駆け寄ると、ラウレッタは騎士の腕から下りてジークレイに両手を伸ばしてきた。
「ジーク、ジークレイ!」
「無事で良かった、ラウレッタ!」
顔色は悪いものの、祭りの時と変わらない婚約者の姿にジークレイは安堵し、その体を両手いっぱいに抱き締めた。
ハニーピンクの髪からラウレッタの香りがして、ようやく生きた心地がした。
抱き潰してしまわないように腕の力を緩めたが、ラウレッタはジークレイの服にしがみついて離れなかった。
「……ジーク、わた、わたし、とても、怖くて……っ!」
「うん、よく頑張ったな」
「あなたが、ぜったい……来てくれるって……っ」
「当たり前だろ? と言っても、父上の力を借りなきゃ助けられなかったけど」
今になって泣きじゃくるラウレッタを抱き締め、彼女の頭を撫でた。
小さい体でよく耐えられたと思う。
傍にいたのに守ってやれなかったのが悔しい。
「帰ろう、ラウ」
ジークレイは服を掴むラウレッタの手を取り、安心させるように笑って見せた。まだ震えていたラウレッタは、ジークレイの笑顔にようやく表情を緩めた。
だが、背後が突然騒がしくなって二人は振り返った。
……それから後の出来事は、時間がゆっくり流れていくような感覚に陥った。
ラウレッタを人質に取っていた男が縄で縛られる一瞬の隙をつき、騎士の剣を奪ってジークレイたちのところに突進してきた。
男の目はとても正気ではなかった。
キャスナー伯爵が息子の名を叫び、数人の騎士が剣を抜いて男を止めようとしていた。隣にいたラウレッタはジークレイの手を握り締めてきた。
男は負傷した右肩で剣を振り上げ、ラウレッタを狙ってきた。男にはラウレッタしか見えていなかったのだ。
ジークレイは繋がっていたラウレッタの手を引き寄せ、地面に押し倒した。
「うおおおおっ!」
鬼気迫る様子で剣を振り下ろした男に、再び矢が放たれた。
まさに、一瞬の出来事だった。
ラウレッタに覆い被さるようにして伏せていたジークレイの横に、男が倒れてきた。男の背中には十本近くの矢が容赦なく突き刺さっていた。
その中の一本が心臓まで達し、男は絶命していた。
ジークレイは上体を起こして覆いかぶさってしまったラウレッタを見下ろした。
「はは、今度は守れたみたいだ……」
「……ジーク」
「将来の奥さんを傷物にさせられるかよ」
ジークレイの体でも覆い隠せるほど小さなラウレッタ。
触れ合ったのは繋いだ手だけ。
愛称で呼んでもらえたのも、つい先ほどだ。
結婚だってまだこれからなのに、あんな男に奪われてたまるか。
ジークレイは傷一つないラウレッタを見つめ、満足そうに唇を持ち上げた。
しかし、愛らしい頬にポタ、ポタ……と、赤い雫が落ちた。
「ジーク? ……ジーク!?」
騎士を目指す自分と違って、貴族令嬢であるラウレッタに鮮血は似合わない。
ジークレイはラウレッタの頬についた血を拭ってやろうとしたが、どういうわけか視界が定まらなかった。
それに右の肩が燃えるように熱い。上体を起こしているのも難しくなった。
「ジーク、ジークっ!」
灰色の瞳からまた涙が溢れ出す。
──泣くな、と。
もう泣く必要はないと言ってやりたかったが、視界が暗転し、ジークレイの意識はそこで途切れた。ラウレッタの泣き叫ぶ声も届くことはなかった。
裏切り者の騎士から情報を聞き出し、報告を受けたキャスナー伯爵と彼の護衛にあたっていた騎士、そして衛兵たちが加わって誘拐犯の足取りを追った。
ラウレッタを攫った犯人は祭りの騒ぎに乗じ、町の外れに用意した馬車に乗ってキャスナー領から抜け出す段取りだったようだ。
他の領地に入られてしまうと、犯人を捕らえるのが難しくなる。
深い絆で結ばれた二つの領地に、他の領主たちが恨みや妬みを抱く者は多く、間に割って入ろうとする輩も少なくなかった。そのため他の領地とはあまり良好な関係とは言えない。
今回の犯人も、他の領主が裏で糸を引いているのは間違いないだろう。
「馬車を囲め! 我が領地から一歩も出すな!」
馬上からキャスナー伯爵の鋭い指示が飛び、騎士たちも必死で馬を走らせた。
犯人は追ってくる伯爵たちに気づいて馬車を加速させたが、精鋭揃いの騎士から逃げられるはずもなく。馬車はあっという間に取り囲まれ、停車せずにはいられなかったようだ。
逃げ場を失った犯人は馬車の扉を開けて出てきた。
自身の護衛と共に、後から追いかけてきたジークレイは、馬車から出てきた男に目を見張った。
「……ラウレッタ!」
誘拐犯の男はラウレッタを片手に抱え、短いナイフを持っていた。
その刃先は取り囲む騎士にではなく、ラウレッタの細い首元に向けられている。そこにいた誰もが息を呑み、男に激しい怒りを覚えた。
「道を開けろ! こいつがどうなってもいいのか!?」
目を血走らせた男はラウレッタを人質に取り、怒鳴りながら要求してきた。脇に抱えられたラウレッタは真っ青な顔をして震えていた。
泣き出さずに大人しくしている姿が、余計に痛々しく感じる。子供であっても貴族の娘だ。誘拐されても、犯人の前で泣きじゃくるような恥は晒さない。
──本当は怖くて堪らないだろう。
すぐにでも救ってやりたかったが、下手に近づいてラウレッタを危険に晒すわけにはいかない。
一人だけならまだしも馬車の中から別の男も現れ、犯人は全員で三人になった。ラウレッタを人質に取った男、馬車を走らせてきた御者の男、そしてジークレイを攫おうとした男だ。
「──分かった。要求を呑もう」
馬に乗ったまま犯人を見下ろしたキャスナー伯爵は、降参するように両手を上げた。
取り囲んでいた騎士たちは伯爵の指示通り、犯人から距離を取った。
少女を盾にする犯人に怒りはあるものの、伯爵含め騎士たちは冷静だった。
彼らは常日頃からこういった訓練を行っている。騎士団が普段護衛にあたっているのは王族だ。万が一にも失敗は赦されない。
伯爵や騎士たちが道を開けると、犯人たちの逃げ道が作られた。彼らは再び馬車に乗って切り抜ける素振りを見せた。
その光景を見ていたジークレイは、助けに行けない歯痒さに苛立っていた。
今ここで犯人を逃がしたら、二度と会えなくなるじゃないのか。
──そんな不安が過る。
刹那、犯人が馬車に乗り込む中、ラウレッタと視線が合った。
「……ジーク!」
目が合った瞬間、ラウレッタは灰色の瞳を輝かせ、震える唇でジークレイの名を呼んでいた。
それまで人形のように動かなかったラウレッタが、叫ぶようにして声を発したことで男に一瞬の隙が生まれた。
その時、両手を下げたキャスナー伯爵の後方から、一人の騎士が飛び出して矢を放った。放たれた矢は、ラウレッタを抱えた男目掛け一直線に飛んでいった。
「──ぐ、あっ!」
矢は男の右肩に突き刺さり、抱えられていたラウレッタは地面に転がった。
「今だ! 全員捕らえろっ!」
馬上から鋭い声で命じたキャスナー伯爵は、自らも馬から降りて剣を抜き、犯人たちに斬りかかった。
騎士たちがその場を制圧するのに時間はかからなかった。犯人は抵抗も虚しく、全員が取り押さえられた。
ジークレイは捕縛されていく犯人を横に、解放されたラウレッタの元へ急いだ。
「ラウレッタ!」
助け出されたラウレッタは、騎士の一人に抱えられていた。
ジークレイが傍に駆け寄ると、ラウレッタは騎士の腕から下りてジークレイに両手を伸ばしてきた。
「ジーク、ジークレイ!」
「無事で良かった、ラウレッタ!」
顔色は悪いものの、祭りの時と変わらない婚約者の姿にジークレイは安堵し、その体を両手いっぱいに抱き締めた。
ハニーピンクの髪からラウレッタの香りがして、ようやく生きた心地がした。
抱き潰してしまわないように腕の力を緩めたが、ラウレッタはジークレイの服にしがみついて離れなかった。
「……ジーク、わた、わたし、とても、怖くて……っ!」
「うん、よく頑張ったな」
「あなたが、ぜったい……来てくれるって……っ」
「当たり前だろ? と言っても、父上の力を借りなきゃ助けられなかったけど」
今になって泣きじゃくるラウレッタを抱き締め、彼女の頭を撫でた。
小さい体でよく耐えられたと思う。
傍にいたのに守ってやれなかったのが悔しい。
「帰ろう、ラウ」
ジークレイは服を掴むラウレッタの手を取り、安心させるように笑って見せた。まだ震えていたラウレッタは、ジークレイの笑顔にようやく表情を緩めた。
だが、背後が突然騒がしくなって二人は振り返った。
……それから後の出来事は、時間がゆっくり流れていくような感覚に陥った。
ラウレッタを人質に取っていた男が縄で縛られる一瞬の隙をつき、騎士の剣を奪ってジークレイたちのところに突進してきた。
男の目はとても正気ではなかった。
キャスナー伯爵が息子の名を叫び、数人の騎士が剣を抜いて男を止めようとしていた。隣にいたラウレッタはジークレイの手を握り締めてきた。
男は負傷した右肩で剣を振り上げ、ラウレッタを狙ってきた。男にはラウレッタしか見えていなかったのだ。
ジークレイは繋がっていたラウレッタの手を引き寄せ、地面に押し倒した。
「うおおおおっ!」
鬼気迫る様子で剣を振り下ろした男に、再び矢が放たれた。
まさに、一瞬の出来事だった。
ラウレッタに覆い被さるようにして伏せていたジークレイの横に、男が倒れてきた。男の背中には十本近くの矢が容赦なく突き刺さっていた。
その中の一本が心臓まで達し、男は絶命していた。
ジークレイは上体を起こして覆いかぶさってしまったラウレッタを見下ろした。
「はは、今度は守れたみたいだ……」
「……ジーク」
「将来の奥さんを傷物にさせられるかよ」
ジークレイの体でも覆い隠せるほど小さなラウレッタ。
触れ合ったのは繋いだ手だけ。
愛称で呼んでもらえたのも、つい先ほどだ。
結婚だってまだこれからなのに、あんな男に奪われてたまるか。
ジークレイは傷一つないラウレッタを見つめ、満足そうに唇を持ち上げた。
しかし、愛らしい頬にポタ、ポタ……と、赤い雫が落ちた。
「ジーク? ……ジーク!?」
騎士を目指す自分と違って、貴族令嬢であるラウレッタに鮮血は似合わない。
ジークレイはラウレッタの頬についた血を拭ってやろうとしたが、どういうわけか視界が定まらなかった。
それに右の肩が燃えるように熱い。上体を起こしているのも難しくなった。
「ジーク、ジークっ!」
灰色の瞳からまた涙が溢れ出す。
──泣くな、と。
もう泣く必要はないと言ってやりたかったが、視界が暗転し、ジークレイの意識はそこで途切れた。ラウレッタの泣き叫ぶ声も届くことはなかった。
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