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番外編ー見習い騎士の誓いー
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キャスナー領──キャスナー伯爵家の中庭では、婦人たちによる優雅なお茶会が開かれていた。
「お聞きになって? エリオット王子殿下の婚約者がオグノア公爵家のご息女に決まったそうよ」
「ええ、王都にいる夫より知らせが。オグノア公爵家は王家の血も引いている名門中の名門。殿下の婚約者として申し分ありませんわね」
「公爵家に殿下と同じ年のご息女が生まれて良かったわ。もしいらっしゃらなかったら、わたしくの娘も婚約者候補として名を連ねているところでしたわ」
「どちらにしても、早々に婚約を交わしておいて正解でしたわね」
キャスナー家の血筋であるコンラル伯爵夫人は、キャスナー伯爵の従妹にあたり、キャスナー伯爵夫人とも旧知の仲だ。
二人が揃うと両者の親族や、友人が彼女たちのお茶会に招待され、話に花を咲かせるのだった。
その頃、屋敷の敷地にある訓練所では、十歳にも満たない男の子が木剣を握り締め、指南役から剣術の手解きを受けていた。
キャスナー伯爵家の長男、ジークレイだ。
彼は小さな体で木剣を自由自在に操り、教えられた通りにこなしてみせた。
まるで踊っているような剣捌きに、思わず魅入ってしまう。
指南役から「見事です」と誉められたジークレイは満足そうに胸を張り、屈託のない笑顔を溢した。
訓練が一時休憩に入ると、ジークレイは訓練所の観覧席に走っていった。
「ラウレッタ!」
片手を大きく上げて駆けて行った先には、小さな女の子が座っていた。彼女の後ろには侍女や使用人が控えている。
「どうだった? おれの剣術!」
「わたしに聞かれても分からないわ」
「すごい! とか、かっこいい! とかあるだろ?」
ジークレイが興奮気味に訊ねても、女の子は涼しげな表情のまま首を傾げた。
コンラル伯爵家の長女、ラウレッタ。ジークレイの婚約者である。
彼女に良い格好を見せようとしたジークレイは、しかし当てが外れて肩から脱力した。
婚約を結んでから四年──彼らは未だ、婚約者という意味を理解していなかった。
ただ、ラウレッタに殴られて泣き出してしまったことは皆の語り草となっており、どこへ行ってもその話を聞かされた。
ジークレイの父親であるキャスナー伯爵は、息子の手綱をしっかり握ってくれそうなラウレッタに惚れ、将来尻に敷かれたくなかったらもっと仲良くするんだぞ、と脅してきた。
以来、ジークレイはラウレッタと仲良くする方法を模索している。
「明日からキャスナー領でお祭りがあるんだけど、ラウレッタも行くよな!?」
「そのつもりでお母様と泊まりにきたんだもの」
「そうか! ならさぁ、いっしょに見て回ろうぜっ」
ジークレイは鼻先がぶつかりそうなほど顔を近づけてきた。
驚きのあまり目を大きく見開くと、ジークレイは悪戯な笑みを浮かべ、ラウレッタは慌てて顔を背けた。
「……わかったわ」
「よし、決まりな!」
──コンヤクシャ、というのは良く分からない。
けれど、これからもずっと二人で支え合いながら生きていくことよ、と教えられた時、妙にくすぐったかったのを覚えている。
ジークレイとラウレッタ、どちらも七歳の時であった。
ボルビアン国では農産物の収穫時期になると、各領地で収穫祭が行われていた。
毎年の収穫を祝うのと同時に、豪雪によって長く閉ざされる冬季を無事に越すために祷りを捧げるのだ。
規模は各領地で異なるが、キャスナー領地の収穫祭は国でも一、二位を争うほど大きかった。
それは、キャスナー領で生まれ育ち、結婚や仕事で領地を離れていた者たちが、この時期になると必ず帰ってくるほど有名なお祭りだった。
収穫祭は一週間に渡って行われ、日持ちする作物や薪が安く手に入るのも魅力の一つだ。
祭りの間は貴族や平民の身分に関係なく、多くの者たちが楽しく過ごしていた。
「ラウ、良いこと? 貴女の髪は目立つのだから、外にいる間はしっかりフードを被っておくのよ」
「はい、お母様」
町娘が着るようなワンピースに、茶色のフード付きマントを羽織ったラウレッタは、母親に向かって大きく頷いた。
その様子を横で見ていたジークレイは、自分の赤い前髪を摘まんだ。先程までフード付きマントを嫌がっていたが、母親の言うことを聞くラウレッタを見て、考えを改めたようだ。
「大丈夫だとは思うけれど、子供たちのことお願いね」
「畏まりました、奥様」
祭りで賑やかになっている町に、コンラル家の侍女と、キャスナー家の騎士が二人、ジークレイとラウレッタの護衛として同行することになった。
「ラウって呼ばれてんのか」
「……お母様とお父様がそう呼ぶの」
「いいなぁ、おれもそう呼んでいいか? おれのこともジークでいいからさ」
「……考えとくわ」
二人は話しながら、屋敷の前に止められた馬車に乗り込んだ。ジークレイもラウレッタも、キャスナー領地の収穫祭は初めてではない。
ただ例年と違って、二人だけで参加するのは今回が初めてだ。
いつもより口数の少ないラウレッタに、ジークレイもまた落ち着かなくなる。その様子に、同行した侍女が必死で笑いを噛み殺していることに気づきもせず。
二人を乗せた馬車は、収穫祭で賑やかになった町に向かって走り出した。
「お聞きになって? エリオット王子殿下の婚約者がオグノア公爵家のご息女に決まったそうよ」
「ええ、王都にいる夫より知らせが。オグノア公爵家は王家の血も引いている名門中の名門。殿下の婚約者として申し分ありませんわね」
「公爵家に殿下と同じ年のご息女が生まれて良かったわ。もしいらっしゃらなかったら、わたしくの娘も婚約者候補として名を連ねているところでしたわ」
「どちらにしても、早々に婚約を交わしておいて正解でしたわね」
キャスナー家の血筋であるコンラル伯爵夫人は、キャスナー伯爵の従妹にあたり、キャスナー伯爵夫人とも旧知の仲だ。
二人が揃うと両者の親族や、友人が彼女たちのお茶会に招待され、話に花を咲かせるのだった。
その頃、屋敷の敷地にある訓練所では、十歳にも満たない男の子が木剣を握り締め、指南役から剣術の手解きを受けていた。
キャスナー伯爵家の長男、ジークレイだ。
彼は小さな体で木剣を自由自在に操り、教えられた通りにこなしてみせた。
まるで踊っているような剣捌きに、思わず魅入ってしまう。
指南役から「見事です」と誉められたジークレイは満足そうに胸を張り、屈託のない笑顔を溢した。
訓練が一時休憩に入ると、ジークレイは訓練所の観覧席に走っていった。
「ラウレッタ!」
片手を大きく上げて駆けて行った先には、小さな女の子が座っていた。彼女の後ろには侍女や使用人が控えている。
「どうだった? おれの剣術!」
「わたしに聞かれても分からないわ」
「すごい! とか、かっこいい! とかあるだろ?」
ジークレイが興奮気味に訊ねても、女の子は涼しげな表情のまま首を傾げた。
コンラル伯爵家の長女、ラウレッタ。ジークレイの婚約者である。
彼女に良い格好を見せようとしたジークレイは、しかし当てが外れて肩から脱力した。
婚約を結んでから四年──彼らは未だ、婚約者という意味を理解していなかった。
ただ、ラウレッタに殴られて泣き出してしまったことは皆の語り草となっており、どこへ行ってもその話を聞かされた。
ジークレイの父親であるキャスナー伯爵は、息子の手綱をしっかり握ってくれそうなラウレッタに惚れ、将来尻に敷かれたくなかったらもっと仲良くするんだぞ、と脅してきた。
以来、ジークレイはラウレッタと仲良くする方法を模索している。
「明日からキャスナー領でお祭りがあるんだけど、ラウレッタも行くよな!?」
「そのつもりでお母様と泊まりにきたんだもの」
「そうか! ならさぁ、いっしょに見て回ろうぜっ」
ジークレイは鼻先がぶつかりそうなほど顔を近づけてきた。
驚きのあまり目を大きく見開くと、ジークレイは悪戯な笑みを浮かべ、ラウレッタは慌てて顔を背けた。
「……わかったわ」
「よし、決まりな!」
──コンヤクシャ、というのは良く分からない。
けれど、これからもずっと二人で支え合いながら生きていくことよ、と教えられた時、妙にくすぐったかったのを覚えている。
ジークレイとラウレッタ、どちらも七歳の時であった。
ボルビアン国では農産物の収穫時期になると、各領地で収穫祭が行われていた。
毎年の収穫を祝うのと同時に、豪雪によって長く閉ざされる冬季を無事に越すために祷りを捧げるのだ。
規模は各領地で異なるが、キャスナー領地の収穫祭は国でも一、二位を争うほど大きかった。
それは、キャスナー領で生まれ育ち、結婚や仕事で領地を離れていた者たちが、この時期になると必ず帰ってくるほど有名なお祭りだった。
収穫祭は一週間に渡って行われ、日持ちする作物や薪が安く手に入るのも魅力の一つだ。
祭りの間は貴族や平民の身分に関係なく、多くの者たちが楽しく過ごしていた。
「ラウ、良いこと? 貴女の髪は目立つのだから、外にいる間はしっかりフードを被っておくのよ」
「はい、お母様」
町娘が着るようなワンピースに、茶色のフード付きマントを羽織ったラウレッタは、母親に向かって大きく頷いた。
その様子を横で見ていたジークレイは、自分の赤い前髪を摘まんだ。先程までフード付きマントを嫌がっていたが、母親の言うことを聞くラウレッタを見て、考えを改めたようだ。
「大丈夫だとは思うけれど、子供たちのことお願いね」
「畏まりました、奥様」
祭りで賑やかになっている町に、コンラル家の侍女と、キャスナー家の騎士が二人、ジークレイとラウレッタの護衛として同行することになった。
「ラウって呼ばれてんのか」
「……お母様とお父様がそう呼ぶの」
「いいなぁ、おれもそう呼んでいいか? おれのこともジークでいいからさ」
「……考えとくわ」
二人は話しながら、屋敷の前に止められた馬車に乗り込んだ。ジークレイもラウレッタも、キャスナー領地の収穫祭は初めてではない。
ただ例年と違って、二人だけで参加するのは今回が初めてだ。
いつもより口数の少ないラウレッタに、ジークレイもまた落ち着かなくなる。その様子に、同行した侍女が必死で笑いを噛み殺していることに気づきもせず。
二人を乗せた馬車は、収穫祭で賑やかになった町に向かって走り出した。
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