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第十七話
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神殿のお使いで薬屋に配達を済ませた後、店を出た所で一人の男に声を掛けられた。
「あの、失礼ですが…」
平民にしては随分、紳士的な男性だと思った。マリアーナは警戒しながらも振り返った。
「はい、なんでしょう?」
そこにはフードを被った男が立っていた。
「貴方が、その…探している人に似ていたもので」
「はぁ…私が似ていて…」
新手の勧誘か何かだろうか。疑いそうになった時、男性はフードを外して素顔を晒した。
見覚えのある黒髪に、冷たく光る蒼い瞳。マリアーナは目を見開いて息を呑んだ。なぜこんな場所にいるのだろう。それは元夫だった。
彼の横を通り過ぎていった女性は、美丈夫な彼に目を奪われている。確かに、見た目だけは申し分ない。
女性の視線を感じて幾分か冷静になったマリアーナは、なんとか平然を装った。嫌な汗が背中を流れる。
なんでも彼は人を探していると言う。
自分と、探し相手を間違ったことを考えれば必然的に答えは出てきた。
なぜ、今頃になって。
白い結婚の申請が通ってから一月が経っている。離縁は覆らないはずだ。文句でも言いに来たのだろうか。色々な憶測が頭を過った。
しかし、彼はまだマリアーナに気づいてなかった。それどころ探し相手の姿も録に覚えていなかった
ーーそうだろう。貴方はまともに私の顔を見たことがないのだから。
「探している人の特徴が分からなかったら見つけようがないかと…」
つい嫌味を込めて返すと、元夫は申し訳なさそうに綺麗な顔を歪めた。
すると、そこに顔見知りの冒険者が現れた。決して、待ち伏せされていたとは思いたくない。ええ、決して。
「うちの奥さんに何か用か?」
誰がいつ、貴方の妻になったのか。この場を穏便に済ませる演技にしてはやけに馴れ馴れしい。
「…ちょっと、私たち結婚してないわ」
思わず否定してしまうと、冒険者はニィと笑って「これからそうなる」と口にした。
勝手に決めないでほしい。それでも腕を掴まれ、大きな体に引き寄せられると頬が熱くなった。貴族令嬢はこういう強引さに慣れていないのだ。
元夫は人違いだったと弁解し、マリアーナは冒険者を連れてそそくさと退散した。
後ろを確認すれば、元夫はこちらを見送っていたが直ぐに反対側へと歩き出した。
バレなかったようだ。ホッと安堵すると、マリアーナは立ち止まって冒険者を睨み付けた。
「もう! こんな所で喧嘩でもする気だったの、ジュード!」
マリアーナが腰に手をやって怒ると、冒険者ーージュードは、まだ元夫の背中を睨んでいた。
「だってアイツ絶対マリに気があった」
「あるわけないでしょ!?」
あったら離縁なんかしてないわよ、と言いかけて呑み込んだ。
ここで、さっきの彼と結婚していて、それが白い結婚だと伝えれば、今度こそ町の中心で決闘が始まってしまう。
冒険者のジュードが聖騎士の元夫に勝てるとは思えない。
マリアーナは深い溜め息をついて、ジュードの肩を二度叩いた。
「本当に人違いだったのよ、何もされていないわ」
「…そうか、悪かった」
分かってくれて何よりだ。呆れるマリアーナに、ジュードは反省した様子で肩を竦めた。
ジュードは西の山で魔物化した狼と戦い、足を失って神殿に運び込まれてきた例の冒険者だ。マリアーナが治癒魔法を施したところ、負傷した足以外にも全ての傷が完治してしまった。
最初は大袈裟に感謝されていたが、その後もジュードは何かと世話を焼くようになった。
ジュード曰く、子供より危なげに見えるらしい。売れない壺でも買わされそうだ、と言われた時は、さすがに有り得ないと突っぱねた。
ただ、不躾で遠慮のないジュードに感化され、今では好き勝手言える友人になっていた。
「でも、ありがとう。絡まれていると思って助けてくれたのよね。だから、貴方の奥さん扱いしたことは許すわ」
「いやぁそこは…」
「あ、そうだわ! 冒険者ギルドに寄らないと」
何が言いたげなジュードの言葉を遮り、マリアーナは手を叩いた。彼には悪いけれど、今は何にも縛られたくない。
マリアーナが「一緒に行く?」と笑顔で訊ねると、ジュードは観念したように肩を竦め、隣をついてきた。
屋敷を飛び出してから暫く経った後。
とある伯爵家は没落したとか、とある伯爵家は爵位を返上したとか、とある侯爵家は様々な噂が立って社交界で居場所を無くしたとか、とある治癒師は迎えにきたかつての恋人と一緒になったとか、とある聖女は聖女候補探しに躍起になってるとか。
それぞれの場所で物語は進んでいたが、平民として暮らし始めたマリアーナの耳には入ってこなかった。
ようやく自分の意思で、自分の足で、この世界を歩き始めたのだ。
どんな最後を迎えるかは分からないが、この人生もまた幸せだったと思えるように、マリアーナは今日もありきたりな一歩を踏み出した。
【END】
+++++++++++++++++++++++++++++++++
最後まで読んでくださりありがとうございました。
アルファの方はこれで完結とさせていただきます。
お読みいただく上で色々混乱させてしまい、すみませんでした。
小説家になろうの方で連載版を掲載していきます。
連載版「聖女候補を断ったら、元夫と冒険することになりました。」
合わせてお楽しみいただけたらと思います。宜しくお願いします。
「あの、失礼ですが…」
平民にしては随分、紳士的な男性だと思った。マリアーナは警戒しながらも振り返った。
「はい、なんでしょう?」
そこにはフードを被った男が立っていた。
「貴方が、その…探している人に似ていたもので」
「はぁ…私が似ていて…」
新手の勧誘か何かだろうか。疑いそうになった時、男性はフードを外して素顔を晒した。
見覚えのある黒髪に、冷たく光る蒼い瞳。マリアーナは目を見開いて息を呑んだ。なぜこんな場所にいるのだろう。それは元夫だった。
彼の横を通り過ぎていった女性は、美丈夫な彼に目を奪われている。確かに、見た目だけは申し分ない。
女性の視線を感じて幾分か冷静になったマリアーナは、なんとか平然を装った。嫌な汗が背中を流れる。
なんでも彼は人を探していると言う。
自分と、探し相手を間違ったことを考えれば必然的に答えは出てきた。
なぜ、今頃になって。
白い結婚の申請が通ってから一月が経っている。離縁は覆らないはずだ。文句でも言いに来たのだろうか。色々な憶測が頭を過った。
しかし、彼はまだマリアーナに気づいてなかった。それどころ探し相手の姿も録に覚えていなかった
ーーそうだろう。貴方はまともに私の顔を見たことがないのだから。
「探している人の特徴が分からなかったら見つけようがないかと…」
つい嫌味を込めて返すと、元夫は申し訳なさそうに綺麗な顔を歪めた。
すると、そこに顔見知りの冒険者が現れた。決して、待ち伏せされていたとは思いたくない。ええ、決して。
「うちの奥さんに何か用か?」
誰がいつ、貴方の妻になったのか。この場を穏便に済ませる演技にしてはやけに馴れ馴れしい。
「…ちょっと、私たち結婚してないわ」
思わず否定してしまうと、冒険者はニィと笑って「これからそうなる」と口にした。
勝手に決めないでほしい。それでも腕を掴まれ、大きな体に引き寄せられると頬が熱くなった。貴族令嬢はこういう強引さに慣れていないのだ。
元夫は人違いだったと弁解し、マリアーナは冒険者を連れてそそくさと退散した。
後ろを確認すれば、元夫はこちらを見送っていたが直ぐに反対側へと歩き出した。
バレなかったようだ。ホッと安堵すると、マリアーナは立ち止まって冒険者を睨み付けた。
「もう! こんな所で喧嘩でもする気だったの、ジュード!」
マリアーナが腰に手をやって怒ると、冒険者ーージュードは、まだ元夫の背中を睨んでいた。
「だってアイツ絶対マリに気があった」
「あるわけないでしょ!?」
あったら離縁なんかしてないわよ、と言いかけて呑み込んだ。
ここで、さっきの彼と結婚していて、それが白い結婚だと伝えれば、今度こそ町の中心で決闘が始まってしまう。
冒険者のジュードが聖騎士の元夫に勝てるとは思えない。
マリアーナは深い溜め息をついて、ジュードの肩を二度叩いた。
「本当に人違いだったのよ、何もされていないわ」
「…そうか、悪かった」
分かってくれて何よりだ。呆れるマリアーナに、ジュードは反省した様子で肩を竦めた。
ジュードは西の山で魔物化した狼と戦い、足を失って神殿に運び込まれてきた例の冒険者だ。マリアーナが治癒魔法を施したところ、負傷した足以外にも全ての傷が完治してしまった。
最初は大袈裟に感謝されていたが、その後もジュードは何かと世話を焼くようになった。
ジュード曰く、子供より危なげに見えるらしい。売れない壺でも買わされそうだ、と言われた時は、さすがに有り得ないと突っぱねた。
ただ、不躾で遠慮のないジュードに感化され、今では好き勝手言える友人になっていた。
「でも、ありがとう。絡まれていると思って助けてくれたのよね。だから、貴方の奥さん扱いしたことは許すわ」
「いやぁそこは…」
「あ、そうだわ! 冒険者ギルドに寄らないと」
何が言いたげなジュードの言葉を遮り、マリアーナは手を叩いた。彼には悪いけれど、今は何にも縛られたくない。
マリアーナが「一緒に行く?」と笑顔で訊ねると、ジュードは観念したように肩を竦め、隣をついてきた。
屋敷を飛び出してから暫く経った後。
とある伯爵家は没落したとか、とある伯爵家は爵位を返上したとか、とある侯爵家は様々な噂が立って社交界で居場所を無くしたとか、とある治癒師は迎えにきたかつての恋人と一緒になったとか、とある聖女は聖女候補探しに躍起になってるとか。
それぞれの場所で物語は進んでいたが、平民として暮らし始めたマリアーナの耳には入ってこなかった。
ようやく自分の意思で、自分の足で、この世界を歩き始めたのだ。
どんな最後を迎えるかは分からないが、この人生もまた幸せだったと思えるように、マリアーナは今日もありきたりな一歩を踏み出した。
【END】
+++++++++++++++++++++++++++++++++
最後まで読んでくださりありがとうございました。
アルファの方はこれで完結とさせていただきます。
お読みいただく上で色々混乱させてしまい、すみませんでした。
小説家になろうの方で連載版を掲載していきます。
連載版「聖女候補を断ったら、元夫と冒険することになりました。」
合わせてお楽しみいただけたらと思います。宜しくお願いします。
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