【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子

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第十四話

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 レイモンドは聖騎士団の隊舎に入り、団長の執務室へと急いだ。すれ違う騎士と挨拶を交わしたが普段通りだった。

「どうしたんだ、レイモンド」
「団長に用事がある。通してくれ」

 執務室の前で護衛にあたっていた騎士に声を掛けると、聖女の宮とは違い直ぐに中へ通された。
 一体、私が何をしたというんだ。

「レイモンド・クロークス。聖女様の命を受けて団長の元に参上致しました」

 室内に入ったレイモンドは左胸に右拳を当て、大きな椅子に腰掛けている団長に頭を下げた。
 団長は聖女と変わらない年齢だと聞いていたが、顔に刻まれた皺が年齢以上のものを感じさせている。
 彼には見習いの時から相当鍛えられた。

「……来たか、レイモンド」

 まるで、来ないでほしかった、と言わんばかりの口ぶりだった。団長自ら呼んだんじゃないのか。
 レイモンドは団長の前に立って、後ろで手を組んだ。

「まずはお前に渡す物がある」

 団長は厳しい表情で、手にしていた書類を机の上に置いてレイモンドに差し出した。
 それは見慣れない書類だった。
 ざっと目を通すと、蒼い瞳が驚愕と動揺に揺れた。

「どういうことですか、これは…」

 口の中から瞬く間に水分がなくなった。なぜ、こんなものがここに。それも全てが済んだ形で置かれている。

「それは私の台詞だ。お前が結婚していた事など、私は知らされていない。もちろん報告する必要もないが…」

 やけに棘のある言い方だった。
 強面の団長が実は愛妻家で、妻のことを大切にしている話は騎士団だけではなく、国民の間でも有名だ。
 その団長の指先には、レイモンドが結婚していた事実と、そして白い結婚によって離縁されたという証明書であった。
 最後の欄には国王陛下の署名がされている。貴族同士の離縁には陛下の許可が必要だからだ。

「もし、お前に何かあった時、私はお前の家族に報告する義務がある。その時になって妻がいたなど…。いや、もう遅い話だがな」
「報告を怠っていたことは謝罪します。ですが、なぜこの書類が団長から渡されるのでしょうか?」

 自分の元へ直接届けられず、上司である団長に預けられたのか。
 離縁された事には驚いたが、自分の所にこの書類が届いていたら、納得して終わるだけだった。
 内々に済んで、結婚していた事実さえなかったことになっていた筈だ。

「なぜ、か。私も話を聞かされて半信半疑だったが、お前が結婚した相手は聖女候補だったそうだ」
「…まさか。それはあり得ません。彼女には魔力がないはずです」
「本人に確かめたのか?」
「ーーーー」

 逆に問われて、レイモンドは口を噤んだ。
 本人に訊ねたことは一度もない。そもそも、会話らしい会話をした事があっただろうか。
 彼女との縁談は父親が持ち込んできたものだ。顔も知らない相手を妻にあてがわれたのだ。爵位を譲られるのと同時に。

「お前は屋敷にも殆ど帰っていなかったそうだな。聖女様の護衛も他の者達の分までやっていたと聞く。それほど妻のいる屋敷には帰りたくなかったのか?」

 聖女の護衛を引き受けてまで、妻に会いたくなかったのか。そう訊ねられてレイモンドは「違いますっ、そのような事は絶対にありません!」と強く否定した。
 妻を避ける為に、忠誠を誓った聖女を理由にするなど絶対にない。レイモンドは睨み付けるようにして団長を見た。一歩間違えれば規律違反と思われる行動だ。
 だが、団長は「お前の聖女様に対する忠誠だけは間違うまい」と、溜め息をついただけだった。
 だからこそ、次に発しなければいけない言葉に、団長自身が苦しんだのだ。知っているからこそ。

「しかし、今回の事で聖女様はかなり怒っておられる。妻である女性を蔑ろにして、三年以上も放っておいたのだ。加えてその女性が聖女候補だった。だが、お前の離縁と彼女の実家が原因で候補者の名乗りは辞退されたと言う。聖女様と共にある聖騎士として見過ごせない行為だ。お前には聖女様の護衛から外れてもらう」
「そ、それは…っ」
「異議は認めん!」

 声を荒げる団長に、取り付く島もなかった。
 聖女を守っている聖騎士が聖女候補を無下にしていたなど、決して漏れてはいけない醜聞だ。
 聖騎士を辞めさせられないだけ運が良かった。今までの功績が認められたのだろう。しかし、ようやく手に入れた立場から外されるなど、騎士の称号を剥奪されるのと同じ意味だ。
 何のために聖騎士となったのか。
 レイモンドはきつく奥歯を噛み締めた。

「それから一ヶ月の自宅謹慎と、二ヶ月の減俸処分とする。陛下からはまた追って処罰が下るだろう。謹慎中に自分の犯した罪としっかり向き合え」
「ーー畏まりました」

 それが精一杯の返事だった。
 再び左胸に拳をあて、退出の挨拶をしたレイモンドは隊舎を後にした。
 そこからどうやって屋敷まで辿り着いたのか。

 やっと手にした宝物が指の間から零れ落ちていく、そんな感覚を味わっていた。
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