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第十三話
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遠征から戻ってすぐの事だ。王都からそう遠くない西の山で魔物が増殖していると知らせが入った。
本来なら、遠征後の聖女と騎士には十日間の休暇が与えられるのだが、事は急を要した。
冒険者ギルドで派遣した冒険者が何人も負傷しているという。数日の内に準備をして王都の神殿へ向かった。
「それで怪我人は?」
聖女が急いで神殿の病棟へ急ぐと、一人の若い神官が追ってきた。
「聖女様、お待ちしておりました! 怪我人はすでに治療を受けて回復しております」
「まぁ、そうなの?」
若い神官に説明を受けて、ユリティアは目を丸くした。魔物から受けた傷は普通の傷と違って簡単には治らない。完治させるためには多くの魔力が必要となる。
しかし、病棟には言われた通り誰も残っていなかった。
「ええ、とても優秀な治癒師が見つかりまして」
どこか含みを持たせた神官は聖女に向かって微笑むと、懐から一通の手紙を出した。
「あとこちら、教会から預かった手紙になります」
「教会から…。分かったわ、受け取ります。それから西の山ですが、偵察隊が戻ってきたらすぐに会議を始めます。レイモンドは討伐隊の編成をお願いします。いつでも出発できる準備を」
「畏まりました」
任務を受けたレイモンドは直ちに部隊の編成を行った。西の山までは最低でも往復に二日はかかる。偵察隊が戻ってくるのは明後日の早朝か、昼間になるはずだ。それまで待機となった。
翌日、聖女の護衛に就くと「今日は客人を呼んでいるの」と言われた。こんな状況下で不思議に思ったが、偵察隊が戻ってくるまでやることはない。
昨晩の内に聖女自ら伝令の早馬を城に送っていた。城からの返事は今朝方戻ってきている。討伐についての報告だろう。準備は怠っていない。レイモンドは素直に頷き、聖女の後ろに控えた。
しばし待っていると部屋の扉が叩かれた。騎士の一人が近づいて扉を開けた。
中に入ってきたのは神官と、神官に連れられてやって来た平民の女性だった。
歳は二十歳前後。肩で切り揃えられたハニーブラウンの髪に、橙色の瞳か不安そうに揺れていた。聖女を前にして平然としていられる方が難しい。
すると、ユリティアは彼女が護衛騎士に怯えているのだ、と言った。怯えられてこその護衛だというのに、ユリティアは客人と二人で話がしたいと言い出した。
さすがに許可できないと返したが、最終的にはユリティアに押しきられた。確かに、神殿という場所で聖女が狙われることはないだろう。
レイモンドを含めた三人の護衛騎士は、渋々部屋の外へ出て行った。
廊下に出てすぐ、他の二人が閉めた扉をを眺めながら口を開いた。
「なぁ。もしかしたら彼女、次の聖女候補かもしれないな」
「ああ、なんでも魔物に喰われた足を綺麗に生やしてたって聞いたぜ」
次代の聖女…。
静かな廊下で同僚達の声が嫌でも入ってくる。
聖女の力だって無限ではない。
いつかは考えなければいけないことだ。それでも、認めたくない自分がいた。
ユリティアと彼女の話し合いは長く続いた。本当に大丈夫だろうか、と不安になった時、扉が開いた。
二人は意気投合した様子で、聖女に気後れしていた彼女も笑顔でユリティアに頭を下げた。
そこへ騎士の一人が彼女の見送りを申し出た。次の聖女候補なら、今のうちに顔を売っておいて損はない。
ところが、彼女は心配いらないと丁重に断ってきた。身分を弁えているのか、不思議な女性だった。
ただ、彼女を受け入れる気にはならなかった。次の聖女などまだ考えたくもない。
レイモンドは出ていく彼女に目もくれず、通り過ぎた。
瞬間、小さな呟きが聞こえた。
さようなら、と。
一瞬足を止めたレイモンドは、しかし振り返らなかった。彼女の遠ざかっていく足音が聞こえたからだ。
ただの挨拶だったのか。
気にはなったが、邪念を払うように首を振り、再び聖女の護衛に就いた。
偵察隊が戻ってきたのはその日の真夜中だった。
すぐに会議が行われ、万全の体制で討伐隊と聖女が西の山に向かった。魔物は冒険者のおかげで最小限の数に留められていた。
本隊が到着し、聖騎士は作戦通り魔物を駆逐し、聖女は浄化で毒気を消滅させ、死体となった魔物はその場で焼き払われた。
討伐が無事に終わった後は安堵した。ユリティアの浄化や治癒は全く衰えていない。
レイモンドは魔物の完全消滅を確認し、ユリティアの元へ戻った。しかし、そこにユリティアの姿はなかった。
どこへ行ったのか訊ねると、すでに他の護衛を連れて王都に戻ったと教えられた。
ーーどうしたのだろうか。
ユリティアが護衛のレイモンドを忘れて行くはずがない。何か急用でも思い出したのか。妙な胸騒ぎを覚えた。
レイモンドは急いで馬に乗り、王都へ走り出した。置いて行かれた事など今まで一度もなかった。
城に着いたレイモンドは、聖女の住む宮に向かった。城内はいつもと変わらず聖騎士のレイモンドを通した。
ところが、聖女の宮に入ろうとした時、出入口に立っていた兵士が立ち塞がった。
「申し訳ありません。クロークス様を中へお通しすることはできません」
「なっ…どういうことだ…っ」
「はぁ、私共も理由までは…。ですが、クロークス様が訪れたら聖騎士団団長の所へ行くようにと言付けを頂戴しております」
「団長に…?」
聖女がそう命令したのか。
兵士に問い詰めたところで詳しくは知らないだろう。レイモンドは拳を握り締め、踵を返して聖騎士団団長の所へ向かった。
本来なら、遠征後の聖女と騎士には十日間の休暇が与えられるのだが、事は急を要した。
冒険者ギルドで派遣した冒険者が何人も負傷しているという。数日の内に準備をして王都の神殿へ向かった。
「それで怪我人は?」
聖女が急いで神殿の病棟へ急ぐと、一人の若い神官が追ってきた。
「聖女様、お待ちしておりました! 怪我人はすでに治療を受けて回復しております」
「まぁ、そうなの?」
若い神官に説明を受けて、ユリティアは目を丸くした。魔物から受けた傷は普通の傷と違って簡単には治らない。完治させるためには多くの魔力が必要となる。
しかし、病棟には言われた通り誰も残っていなかった。
「ええ、とても優秀な治癒師が見つかりまして」
どこか含みを持たせた神官は聖女に向かって微笑むと、懐から一通の手紙を出した。
「あとこちら、教会から預かった手紙になります」
「教会から…。分かったわ、受け取ります。それから西の山ですが、偵察隊が戻ってきたらすぐに会議を始めます。レイモンドは討伐隊の編成をお願いします。いつでも出発できる準備を」
「畏まりました」
任務を受けたレイモンドは直ちに部隊の編成を行った。西の山までは最低でも往復に二日はかかる。偵察隊が戻ってくるのは明後日の早朝か、昼間になるはずだ。それまで待機となった。
翌日、聖女の護衛に就くと「今日は客人を呼んでいるの」と言われた。こんな状況下で不思議に思ったが、偵察隊が戻ってくるまでやることはない。
昨晩の内に聖女自ら伝令の早馬を城に送っていた。城からの返事は今朝方戻ってきている。討伐についての報告だろう。準備は怠っていない。レイモンドは素直に頷き、聖女の後ろに控えた。
しばし待っていると部屋の扉が叩かれた。騎士の一人が近づいて扉を開けた。
中に入ってきたのは神官と、神官に連れられてやって来た平民の女性だった。
歳は二十歳前後。肩で切り揃えられたハニーブラウンの髪に、橙色の瞳か不安そうに揺れていた。聖女を前にして平然としていられる方が難しい。
すると、ユリティアは彼女が護衛騎士に怯えているのだ、と言った。怯えられてこその護衛だというのに、ユリティアは客人と二人で話がしたいと言い出した。
さすがに許可できないと返したが、最終的にはユリティアに押しきられた。確かに、神殿という場所で聖女が狙われることはないだろう。
レイモンドを含めた三人の護衛騎士は、渋々部屋の外へ出て行った。
廊下に出てすぐ、他の二人が閉めた扉をを眺めながら口を開いた。
「なぁ。もしかしたら彼女、次の聖女候補かもしれないな」
「ああ、なんでも魔物に喰われた足を綺麗に生やしてたって聞いたぜ」
次代の聖女…。
静かな廊下で同僚達の声が嫌でも入ってくる。
聖女の力だって無限ではない。
いつかは考えなければいけないことだ。それでも、認めたくない自分がいた。
ユリティアと彼女の話し合いは長く続いた。本当に大丈夫だろうか、と不安になった時、扉が開いた。
二人は意気投合した様子で、聖女に気後れしていた彼女も笑顔でユリティアに頭を下げた。
そこへ騎士の一人が彼女の見送りを申し出た。次の聖女候補なら、今のうちに顔を売っておいて損はない。
ところが、彼女は心配いらないと丁重に断ってきた。身分を弁えているのか、不思議な女性だった。
ただ、彼女を受け入れる気にはならなかった。次の聖女などまだ考えたくもない。
レイモンドは出ていく彼女に目もくれず、通り過ぎた。
瞬間、小さな呟きが聞こえた。
さようなら、と。
一瞬足を止めたレイモンドは、しかし振り返らなかった。彼女の遠ざかっていく足音が聞こえたからだ。
ただの挨拶だったのか。
気にはなったが、邪念を払うように首を振り、再び聖女の護衛に就いた。
偵察隊が戻ってきたのはその日の真夜中だった。
すぐに会議が行われ、万全の体制で討伐隊と聖女が西の山に向かった。魔物は冒険者のおかげで最小限の数に留められていた。
本隊が到着し、聖騎士は作戦通り魔物を駆逐し、聖女は浄化で毒気を消滅させ、死体となった魔物はその場で焼き払われた。
討伐が無事に終わった後は安堵した。ユリティアの浄化や治癒は全く衰えていない。
レイモンドは魔物の完全消滅を確認し、ユリティアの元へ戻った。しかし、そこにユリティアの姿はなかった。
どこへ行ったのか訊ねると、すでに他の護衛を連れて王都に戻ったと教えられた。
ーーどうしたのだろうか。
ユリティアが護衛のレイモンドを忘れて行くはずがない。何か急用でも思い出したのか。妙な胸騒ぎを覚えた。
レイモンドは急いで馬に乗り、王都へ走り出した。置いて行かれた事など今まで一度もなかった。
城に着いたレイモンドは、聖女の住む宮に向かった。城内はいつもと変わらず聖騎士のレイモンドを通した。
ところが、聖女の宮に入ろうとした時、出入口に立っていた兵士が立ち塞がった。
「申し訳ありません。クロークス様を中へお通しすることはできません」
「なっ…どういうことだ…っ」
「はぁ、私共も理由までは…。ですが、クロークス様が訪れたら聖騎士団団長の所へ行くようにと言付けを頂戴しております」
「団長に…?」
聖女がそう命令したのか。
兵士に問い詰めたところで詳しくは知らないだろう。レイモンドは拳を握り締め、踵を返して聖騎士団団長の所へ向かった。
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