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第十二話
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北の国境近くは魔物が住む森に近く、一年に一度は聖女と聖騎士が瘴気の浄化と魔物の討伐にやって来ていた。
「やはり前回の遠征より魔物の数が増えているな」
討伐にあたっていた同僚の一人が、魔物化した狼を真っ二つに斬り捨てながら言った。余力はまだ十分あるのに、その表情は冴えない。
年齢と共に聖女の力が衰えている…。誰も口にすることはなかったが、少しずつ聞こえ始めていた噂だ。
「だったら何だ。その分、私達が倒せばいいだけのことだ」
それを一掃するように、レイモンド・クロークスは軽々と剣を振り上げて襲いかかってくる魔物を刻んで見せた。
黒い髪を靡かせ、鋭い蒼の瞳で魔物を捉えて逃がさない。今代の聖女に最も忠誠を誓った男だった。
今代の聖女が引退など、あり得るはずがなかった…。
聖女と出会った時、レイモンドは絶望の中にいた。まだ見習い騎士だった彼は訓練中に剣を握る手を負傷してしまった。
利き手とあって、手当ては済んだものの、二度と剣を持てなくなるかもしれないと医者に言われた。
元々伯爵家の嫡子として育てられ、いずれ爵位を譲られる身だ。騎士になる必要はなかった。両親からは怪我を心配されて随分反対されたものだ。
ただ、幼い頃に見た聖女と聖騎士団の凱旋する姿に強い憧れを持っていた。いつか、あの時に見た聖騎士になりたいと思っていた。
なのに、たかが訓練で夢が閉ざされてしまうなんて。レイモンドはしばらく動けずにいた。
そこへ、何の前触れもなく聖女、ユリティアが現れた。定期的に病院を巡って患者に治癒魔法を施しているとは聞いていた。
二回りほど年の離れた女性なのに、聖女は小さい頃に見たまま変わらず美しかった。
ユリティアは怪我をしたレイモンドの手を握り締め、小さく唱えて治癒を掛けた。
「これでまた騎士に戻れるわね」
目の前にいたユリティアは、柔らかく微笑んでレイモンドを労った。ユリティアには何気ない作業だっただろう。
けれど、将来を見失いかけていたレイモンドにとって人生を変えられた瞬間でもあった。
この人に剣を捧げたい、守りたい、と。
それからレイモンドは周りが見えなくなるぐらいがむしゃらに鍛え、剣に打ち込み、数年後には聖騎士団の騎士となった。
幼い頃に抱いた夢を叶えたのだ。
遠征先の任務を終えて、聖女率いる一同は王都へ戻ってきた。
町では大歓声と拍手が彼らを出迎えた。聖女の護衛騎士である瞬間を、これほど誇りに思うことはない。
レイモンドもまた、誰よりも聖女を尊敬し、敬愛していた。
これからもずっと彼女の後ろでその背中を守っていく。そう、信じて疑わなかった。
ーーそれなのに、なぜだ。
必死に築き上げてきた人生は、国王陛下の署名まで入った離縁証明書の書類、たった一枚で脆く崩れようとしていた…。
「やはり前回の遠征より魔物の数が増えているな」
討伐にあたっていた同僚の一人が、魔物化した狼を真っ二つに斬り捨てながら言った。余力はまだ十分あるのに、その表情は冴えない。
年齢と共に聖女の力が衰えている…。誰も口にすることはなかったが、少しずつ聞こえ始めていた噂だ。
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それを一掃するように、レイモンド・クロークスは軽々と剣を振り上げて襲いかかってくる魔物を刻んで見せた。
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ただ、幼い頃に見た聖女と聖騎士団の凱旋する姿に強い憧れを持っていた。いつか、あの時に見た聖騎士になりたいと思っていた。
なのに、たかが訓練で夢が閉ざされてしまうなんて。レイモンドはしばらく動けずにいた。
そこへ、何の前触れもなく聖女、ユリティアが現れた。定期的に病院を巡って患者に治癒魔法を施しているとは聞いていた。
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ユリティアは怪我をしたレイモンドの手を握り締め、小さく唱えて治癒を掛けた。
「これでまた騎士に戻れるわね」
目の前にいたユリティアは、柔らかく微笑んでレイモンドを労った。ユリティアには何気ない作業だっただろう。
けれど、将来を見失いかけていたレイモンドにとって人生を変えられた瞬間でもあった。
この人に剣を捧げたい、守りたい、と。
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レイモンドもまた、誰よりも聖女を尊敬し、敬愛していた。
これからもずっと彼女の後ろでその背中を守っていく。そう、信じて疑わなかった。
ーーそれなのに、なぜだ。
必死に築き上げてきた人生は、国王陛下の署名まで入った離縁証明書の書類、たった一枚で脆く崩れようとしていた…。
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